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東亰PRISON  作者: 天野地人
監獄都市収監編
20/752

第19話 牙を剝く狂気

 一方、深雪自身も爆発の衝撃で容赦なく吹き飛ばされた。

 手足のいたるところに火傷を負ったが、その甲斐あって、手首に巻きつけてあった金属製ワイヤーにうまく亀裂が入れることができた。


 拘束を解くことが出来たのとほぼ同時に、数メートル離れたところに叩きつけられ、打撲で更なる激痛が走る。


 ただ幸いなことに、致命傷は免れたようだった。


 体力を振り絞って何とか起きあがると、工場の出口を目指して一気に走り始めた。

「あ~あ、逃げられちゃったじゃん」

「おいおいおい、どうするんだよ⁉」


 高山はどこか悠長に深雪が走り去るのを見送った。一方の大石は、泡を食ってその後を追いかけようと走り出す。

 そこで一向に動こうとしない高山に気付き、不審げに振り返った。


「何やってんだよ。元手が無きゃすぐに野垂れ死にするっつったの、お前だろ‼」

「僕が追うよ。イッシ―はケンタとタクミの面倒を見てて」

 さらりと涼しい顔で言ってのける高山に、大石は更に眉根を寄せて顔をしかめ、詰め寄った。


「おい……まさか一人でか? 大丈夫かよ、あいつもゴーストなんだぞ」

「ぞろぞろ追いかけていったら、捕まえられるってものでもないでしょ。僕に任せてよ。それに……好きなんだよね~、ああいう奴、いたぶるの……!」 


 高山は目を細め、ニタリと笑った。

 そこにあるのは、混ざり気のない純粋な喜びだった。仲間の失態に対する苛立ちも、酒井や小西の口答えに対する怒りすらも、すでにきれいさっぱりと無く、あるのはただこれから起こることに対する期待と興奮のみだった。

 それはプレゼントの開封を心待ちにし、期待に胸を膨らませる子供が抱くものと、全く同一のものだ。


 そしてそれは純真無垢であるが故に、歪んだ異常性を孕んでいるのだった。


 大石はその常軌を逸した笑みを目にし、ぎょっと息を呑んだ。仲間が不意に覗かせた狂気に、為す術がなかったのだ。

 まさか――わざと深雪を逃がしたのではないか。あまりの衝撃に、大石はその可能性すら疑ったほどだ。


 それに構わず、高山は嬉々として走り始める。まるで、他のことは一切視界に入っていないかのように、一直線に深雪の後を追うその姿は、異様極まりなかった。

 残りの三人は呆気にとられ、ただそれを見送るしかなかった。


 大石は、背中が恐怖で泡立つのを押し隠しつつ、残る二人に向かって口を開く。

「ったく……おい、俺たちも追うぞ」

「マジで……?」

「いいじゃねーか、ナオキに任せておけばよ」


 小西と酒井は先ほどの高山の対応を根に持っているのか、不満を隠しもせず、そうぼやく。大石は渋い顔をしてそれをたしなめた。

「バカ、あいつの言ったことが本当なら、ここもヤバいだろ。ナオキの奴は、態度は確かにふざけてるけど勘が鋭い。あいつがヤバいってんなら、ヤバいんだろ」

「そりゃあ……そうかもしんねーけど……」

「とにかく、早く行くぞ。急がねーとあいつら見失っちまう」


 大石が尻を叩くようにして二人を動かす。小西と酒井は互いに顔を見合わせ、溜め息をついた。


 大石の言ったことは確かに事実だ。

 高山は子供じみた幼稚な性格をしているくせに案外慎重で、変なところで勘が鋭く、これまで何度も危機を救われた。高山と大石に付いて来なければ、自分たちはとっくにこの《東京》で奪われる側、敗者になっていただろう。

 高山のことは気に食わないが、当面は生き延びるためにも言うことを聞く他ない。


 小西と酒井は尚も不服そうだったが、嫌々ながらも大石に従った。





 一方、工場の敷地の外では、流星ら東雲探偵事務所の面々が、ぐるりと工場の周りを囲むように待機していた。

 一帯には中小経営の工場が密集している。目の前の元金属加工工場もその一つだ。

 工場自体の面積はさほど広いわけではないが、周囲に似たような廃工場が多くあるため、厄介な地形となっていた。


 おまけに放棄されて二十年近く経つため、あちこちが腐食し崩れかけており、打ち捨てられた資材や廃棄物が山積みになって、行く手や視界を遮っている。

 そこら中で錆びた鉄材と古くなった油の放つ臭いが混じり合い、強烈な異臭となって立ち込めている。


 流星は三十八口径ハンドガンの安全装置を解除し、スライドを引いた。そして相手に存在を気づかれぬよう、慎重に物陰の間を縫うようにして移動する。


 四方に散っていった奈落やオリヴィエ、神狼も同様にし、工場を囲む輪を少しずつ縮めていく。


 時折、腕輪型端末からマリアのナビが入り、今のところ順調に進んでいることを教えてくれる。その様は狼の群れが獲物を追うのに似ていた。

 

 その時、不意に工場の向こう側から乾いた破裂音が響く。

 流星はすぐさま腕に嵌めたウェアラブル端末に向かって通信を入れる。


「こちら赤神。工場の方で動きがあった」

「もう?」

 ウサギのマスコットの姿はない。マリアの音声のみで返事が来る。 

「爆発音だ。おそらく、深雪だろう」

 

 目標の中には爆発系のアニムスを所持している者はいなかった。深雪の《ランドマイン》による爆発だと考えるのが妥当だろう。

 すると、マリアに引き続いて神狼の声が聞こえてきた。


「爆発、こっちからも見えた」

「思ったより早いわね。神狼があいつらの跡をつけて、場所を突き止めてくれなかったら、ヤバかったかも……」

「六道から連絡は? 《リスト》の方にはまだ登録できないのですか?」

 今度は、オリヴィエが割って入る。やはり電波越しだ。


「残念ながら、まだみたい。報告はしてるんだけど……今は簡単に動くわけにはいかないわね」

 マリアは半分唸りながらそう答えた。

 

 《死刑執行対象者リスト》――正式名称、《警視庁指定ゴースト第一級特別指名手配書》に犯罪者ゴーストを登録するか否か。それを決定するのは警視庁だ。

 だが、それで終わりというわけではない。

 警視庁が提出したその決定を今度は法務省が審議する。そして法務省内で様々な部署が手続きをし、実際に《リスト》を発行して初めて効力を為す。


 法律上、国はゴーストを裁かないということになってはいるが、そうは言っても完全に野放しにするわけにもいかない。ジレンマの結果生まれた、苦肉の策というわけだ。


 その過程は煩雑で《リスト》の申請から登録まで優に二週間はかかる。

 だが、それでは非常事態に対応しきれない。

 例えば今回のように、人質がいる場合などだ。

 

 だから六道は警視庁やその他の手続きを無視し、法務省のお偉方に直談判しているのだ。


 だが、それでもまだ時間がかかるのだろう。法務省もまた、警視庁と同様に《死刑執行人(リーパー)》を嫌悪している。その程度たるや、虫けら同然の扱いだといっていい。

 法の番人である彼らにしてみれば、《死刑執行人(リーパー)》なるものは論外の存在であるのだろう。


「――それで、いつまでチンタラしているつもりだ? どのみち『死刑執行』するんだろう。今動かずに、いつ動くんだ」

 奈落が鼻を鳴らし、皮肉交じりにそう言った。マリアは唇を尖らせて反論する。

「無茶言わないでよ。《リスト入り》していない状態で執行したりしたら、あたし達が逆に危険分子とみなされて《リスト入り》する可能性もあるのよ。

 実際、そうやって命を落とした《死刑執行人(リーパー)》もけっこういるし」


 マリアの言うことにも一理はある。

 実際、《リスト入り》したゴーストを狩る過程で、《死刑執行人(リーパー)》自身が命の危険に晒されることも多い。

 だからと言って秩序(ルール)を無視すれば、《死刑執行人(リーパー)》自身が《リスト登録》され、別の《死刑執行人(リーパー)》に狩られる事となるのだ。


 六道のことだから、仮にそうなってもリスト登録を抹消するように根回しをして回るだろう。だがそれで登録を免れたとしても、事実は消えない。

 事務所の信用を大きく落とす事になる。


 しかし、今回は事件が事件だった。工場内の四人だけで殺した人数はざっと三十人近くになる。囚人護送船が東京港に入港してからのわずか二日でこの数字は、いかな凶悪なゴーストであるといえど、異常であると言わざるを得ない。


「いや……すでに何人も死んでる。奴らがやった事に間違いはないんだ。絶対に逃がすわけにはいかない……動くぞ」

「ちょっと、本気⁉」

 流星の決断に、マリアは異議を唱えようとする。しかし流星は「いや、」とそれを押し止めた。


「ああいう手合いは、放っておくといくらでも殺し続ける。そんな例を嫌と言うほど見て来ただろ。リスクは承知の上だ」

「そりゃそうだけど……」


「分かってる。ギリギリまで時間は稼ぐ。深雪のこともあるしな。……全員、まだ手を出すなよ。距離を取れ。相手にこちらの存在を気づかせるな。マリア、バックアップを頼む」

「もう、分かったわよ! ……慎重にね」


「ああ、あと特に奈落と神狼! 深雪は絶対に殺すなよ。あいつは『仲間』だ。分かってるな?」

 流星は『仲間』という部分を殊更に強調する。

 すると不自然な間の後に返事が戻ってきた。


「ちっ……ツマンネエ。」

 神狼は常にはない、妙に流暢な日本語でボソッと呟く。


「悪いが、こっちも『ぶっ飛んだ脳筋』なもんでな。……死なせたくなきゃ、そっちで面倒を見ろ。俺には関係ない」

 一方の奈落も、やたらとふてぶてしい返答だ。おまけに小一時間前、マリアに言われたことをしぶとく根に持っているらしい。

 マリアが小声で「む……ムカつく……!」と毒づいた。


「仲間割れしている場合ですか、まったく……」

 黙って他の面々の会話を聞いていたオリヴィエは、ひっそりと溜め息をつく。流星もその点では全く同意見だ。

 ただ残念なことにそう言うオリヴィエも、あまり協調性を重視しているようには見えなかったが。


(毎度のことながら、よくこれで《死刑執行人(リーパー)》なんてやってられるよなー……、俺)


 この自分勝手で気まぐれで、おまけに鋼鉄のごとく我が強い、そんなてんでバラバラな集団を何とかしてまとめ上げねばならないのだ。

 流星は頭を抱えたい心境だった。


 するとその時、シロが流星に追いついてきた。足音を忍ばせて近づいてくると、ぴたりと後ろで止まる。

そして心配そうに流星を見上げると、小声で訊ねてきた。 


「……ユキ、大丈夫? 本当に助けられる?」

「当たり前だろ、心配するな。……もうちっとだけ我慢な」

 流星は笑顔を作り、やはり小声で答える。


「あの人たち、悪いゴーストだ。ユキに酷い事して、海ちゃんを悲しませて……許さない……!」


 シロは工場内部を見つめ、両手を握りしめた。その瞳には激しい怒りで燃え上がっており、イヌ科を思わせる頭部の耳は大限にピンと張って、産毛の先まで逆立っている。

 今にも飛び出さんばかりの勢いだった。よほど工場の中にいる連中が許せないのだろう。


 流星はちょうど自分の胸の辺りにあるシロの頭を、くしゃっと撫でた。

「落ち着けって。まずは深雪の居場所を特定するのが先だ。あくまで相手にこちら側の存在を悟られずに、な。できるか?」

 

 シロは音に敏感だ。猟犬のように、遠くの物音を察知することができる。ここからでは工場内部の様子は分からないが、彼女ならうまく侵入し、深雪を探せるだろう。


「……! うん、できるよ!」

 シロは流星を見上げて力強く頷く。

 その直後、一度大きくしゃがみ込むと、膝のばねを最大限に駆使し、工場の敷地内へと身を躍らせた。そして、廃材や建物の影を伝って移動していく。


 思いのほか冷静なその動きに、流星は内心でほっとする。

 怒りは判断を鈍らせる――それが流星の持論だ。特に《死刑執行人(リーパー)》には冷静さが必要とされると思っている。

 ゴーストへの対応は、一歩過つと惨事になりかねない。生半可な正義感や使命感だけでは《死刑執行人(リーパー)》は務まらない。

 

 流星は再び工場の敷地内へと視線を向ける。そうしつつも、脳の奥底の芯の部分がすっと冷え、意識の端々が鮮明になっていくのを感じていた。





 耳元を鋭い風の塊が掠め、思わず肩を竦めた。


 その拍子に、生い茂る草に足を取られ、たたらを踏む。


 深雪はただひたすら寂れた工場内を逃げ回っていた。投げやりに放置された資材やコンテナの間を縫うようにし、身を隠しながら走り続ける。


 廃工場の中はもはや迷路のようになっており、方向感覚が激しく狂わされた。また時折、打ち捨てられボロボロになったワイヤーなどに足を取られ、つんのめって転びそうになる。

 さらに悪いことに、敷地内には雑草が伸び放題で足元を隠してしまい、一見しただけでは何が地面に落ちているか分からない。

 ただ一方で、それらの資材はうまい具合に障害物となって追手から深雪を守ってくれるという利点もあるのだった。


「とにかく、この状態を何とかしないと……!」

 深雪には通信機器の類が一切なく、東雲探偵事務所の面々が工場のすぐそばまで迫っていることなど知る由もなかった。

 今は一人でこの窮地を切り抜けるしかない。

 しかし、高山は背後から執拗に追ってくる。しかも高山の風を操るアニムス――本人は《ブラストウェーブ》と呼んでいたが、広範囲に影響力のある能力であるため、ちょっとやそっと離れていても攻撃が届いてしまう。


「あはははは、どぉこにいるのかな~っ、と」


 高山はおかしな節をつけ、楽しげにそう歌うと、オーケストラの指揮者よろしく優雅に腕を振った。

するとそれに合わせて鋭い風が辺りを薙ぎ、工場の廃材や鉄骨、ドラム缶などを空中に舞い上がせながら、片端から千々に切り裂いていく。

 逃げ回る深雪とは違い、高山は陶酔しながら手首を捻る事しかしていない。それはまるで、鼻歌を歌いながら紙でも裂くかのようだった。 


 深雪は高山と充分な距離を取っていた。そのため廃材の直撃は免れたが、疾風で切り刻まれたそれらの破片が容赦なく追撃してくる。体に当たってかなり痛い。掠り傷をいくつもつけられ、そのいくつかは突き刺さっていた。


 そのせいで、深雪は既にあちこち満身創痍の状態だった。ただ、細かな破片が目の中に入らぬよう、頭部を庇うので精一杯だ。


 それでも深雪は反撃する事もなく、ひたすら逃げ回る。状況はかなり不利だったが、アニムスだけは使うまいと心に決めていた。

 深雪がアニムスを使ってやり返せば、間違いなく異能力戦になるだろう。そうなってしまったら歯止めが利かなくなる。

 深雪にできることは、どうにかして高山から逃げ切り、この窮地を乗り越える事だけだ。


 ところが深雪の胸中も露知らず、高山は逃げ回る深雪を執拗に追い、楽しげに笑うのだった。


「あははははははははは! どうしたの? もっと抵抗してくれないと、つまらないよ‼」


 遠くから、そんなはしゃいだ声が聞こえてくる。楽しくて楽しくて仕様がない――そんな興奮しきった声。

 先ほどから高山はずっとこの調子だ。その様はまるで一緒に遊んでと催促する子どものようだった。

 深雪は高山のあまりにも無邪気な様子に、戦慄を覚えずにはいられなかった。


(何で、あんなふうに楽しそうにできるんだ……⁉ 絶対、まともじゃない!)


 深雪はゴースト同士で争う事が恐ろしくてならない。その先に待ち受けているものを、身を以ってよく知っているためだ。

 だからアニムスを使うことにも、どこか後ろめたさがある。


 そうでなくとも、血を見るのは嫌だ。暴力沙汰とはできるだけ無縁でいたい。

 だからこそ高山が理解できないし、嬉々として自分の能力(アニムス)を使用する事も信じられない。

 そして、深雪の恐れているものを全く恐れない高山の存在は、禍々しくさえ感じるのだった。


(とにかく、今はあいつと距離を取ることが先決だ)


 背後から斬りつける烈風を避け、複雑に置かれた廃材の迷路を潜り抜ける。



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