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東亰PRISON  作者: 天野地人
《Ciel(シエル)》編
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第27話 乙葉マリア②

「別に深雪っちの過去だけじゃないわよ、知ってるのは。事務所の人間の素性調査もあたしの仕事の一つだからね。だけどまあ、情報屋のプライドにかけて情報漏洩とかは無いから、そこは安心して」 


「それ……ホント? 信じていいんだよね?」

「当たり前だヨー、何言ってるの深雪っち」

「目が泳いでるよ!」

「えー、そんなの深雪っちの気のせいだヨー」


 マリアのことだから、仮に情報漏洩は無かったとしても、何かしらの悪事に利用することは十分にありそうだ。

「まあ……なに言ったって無駄だろうから、それはいいけど」


 本当に彼女が、深雪や六道の過去について詳しく知っているなら、それより尋ねてみたいことがあった。深雪自身、ずっと疑問に思ってきたことだ。


「六道のアニムスは《タナトス》だったよな? アニムスを無効化させる能力……どうしてあの能力を《ウロボロス》の時に使わなかったんだろう……? そしたら、誰も傷つかずに済んだのに」


 もちろん、あんなことになってしまったのが、六道のせいだなどと言うつもりは無い。責任はあくまで深雪にある。ただ六道の性格なら、あの晩、カラオケボックスで深雪が他の《ウロボロス》のメンバーに囲まれていた時に、《タナトス》で全員のアニムスを無効化したのではないかと思うのだ。そうすれば、多少の暴力沙汰が起こっても、あれほどの死者が出ることは無かった。

 するとマリアは、涼しい顔で答える。


「そりゃあ、あれでしょ。その時に所長のアニムスが発現していたとは限らないでしょ」

「でも、あの時は既にゴーストだったんだろ? だからこそ、《ウロボロス》にいたんだろうし」


 ただ、深雪はその事実を覚えていない。そもそも、《ウロボロス》に東雲六道という人物がいたという事すら、知らなかった。顔も覚えていないし、二十年前のあの日、六道がその場に居合わせていたという事も、《監獄都市》にぶち込まれるまで知らなかったのだ。


「っていうか、深雪っち……所長の事、本当に覚えてないの?」

 マリアは訝しげに尋ねてくる。どうやら、そんな事まで既に知っているらしい。

「……覚えてない。《ウロボロス》も後期は新規メンバーの加入が一気に増えて、(ヘッド)すらもメンバーの顔や名前を把握できてない状況だったから……」


「テキトーね、信じらんない! そもそも、その杜撰さが破滅した原因の一端じゃないの!?」

 そう言って驚き呆れるマリアに、深雪は苦笑を返すしかない。マリアが言った事は、まさしくその通りだからだ。でも、二十年前だからこその事情もある。


「あの頃は今と全然違ったから……アニムスを測定する機械も無かったし、自分がゴーストであるかどうかは完全に自己申告だった。実際には、自分がゴーストであることに気づいてない奴も、結構いたと思う。でも、例え自覚症状があっても行く場所なんて無かったから、多くのゴーストがそれを隠して生活していたんだ。……俺みたいに、ヘマをやって周囲にばれちゃった奴を除いては、ね。


 そのうち《ウロボロス》とか、他にも似たようなチームがたくさん出てきて、みんなその時初めて自分がゴーストだってカミングアウトできたんじゃないかな? だから、ウチだけじゃない……どこも一気に加入メンバーが増えたんだ」


 チームメンバーの加入だけではなく、新しいチーム自体も、劇的な速さと規模で増え始めた時期だった。その分、トラブルや衝突の数も爆発的に増加した。《ウロボロス》や《ネビロス》の対立だけではない。似たようないざこざは、あちこちに広がっていた。

 ――おまけに。


「メンバーが増えれば、当然、考え方の違う奴も大勢出てくる。《ウロボロス》の中では、俺や(ヘッド)は穏健派だったけど、攻撃的な思考の奴も中にはいた。それでも最初はそいつら少数派だったんだけど、他チームとの小競り合いが増えるにつれ、その武闘派の奴に賛同する者が増え始めたんだ。やられる前にやれ、力でぶちのめせって。

 そして……結果的に、俺たちはそいつを抑え込むことができなかった……!」


「ふうーん……要するに、あまりにも人が増えすぎちゃって、組織がコントロール不能に陥っちゃったってワケ? そんでもって武闘派に乗っ取られちゃった、と。何なのそれ、アホらし」


「部外者にはそう思われても仕方ないかもな。俺たちですら、当時何が起こっているのか、完全に把握できていなかった。何もかも急激に変化して、それに対する予測も備えも、何も無かったから……。もう少し時間があれば、覚悟も決まったかもしれないし、どうにか対処できたかもしれない。でも俺たちには、そんな時間すら許されていなかったんだ」


 あの頃は、日々、目まぐるしく変化する環境に、対応していくだけで精一杯だった。《監獄都市》のゴーストと違って、チーム運営の経験が殆ど無かったのも原因だろうし、深雪たちが所詮、子どもの集まりで、大局から判断できる者がいなかったというのも原因の一つかもしれない。

 けれど、その時は一生懸命だった。


 深雪の言わんとするところを察したのか、マリアは語調を少し緩める。

「……。ま、大変だったのは何となく分かるけどね。って言っても、今は今で大変なわけなんだけど」

「うん……そうだね。ごめん。全部、俺たちのせいだ」


 深雪が《ウロボロス》であのような事件を起こしたから、《監獄都市》が誕生し、ゴーストの隔離政策が始まったのだと聞いた。それを考えたら、今、不本意にこの街に放り込まれているゴーストたちには、本当に申し訳ないと思う。どれだけ謝っても謝りきれない。

 項垂れる深雪だったが、マリアはそれを見て半眼になるのだった。


「深雪っちのさあ、そういう変に自意識過剰なとこ、ほんとキモイんだけど」

「え……?」

「別に世界は深雪っちを中心に回ってるわけじゃない。まあ……《ウロボロス》の事件はきっかけくらいにはなったかもしれないけど、でも遅かれ早かれこうなっていたのよ。ゴーストは人間とは違う。異質なものを受け入れるより、取り除いて隔離した方が、みんな楽だからね」


 つまりマリアは、この隔離政策は深雪が原因ではないと言いたいのだろうか。本当のところはどうだったのか分からない。まったく関係が無いという事はないだろう。マリアの言う通り、きっかけになったのは間違いない。

 でも、深雪のせいではないというマリアの言葉は、少しだけ嬉しく感じられるのだった。


「……そっか。ありがと。マリアでも人に気を使う事があるんだな」

「どーいう意味よ? っていうか、別に気を使ってるわけじゃないし、ほんとの事だし!」

 マリアは顔をくしゃくしゃにして、悪態をつく。美人が台無しだ。

(うわあ、本体もゴブリンみたいだ)

 深雪はそう思ったが、黙っておいた。マリアのそういうところも、慣れればどことなく愛嬌がある。


 話が少々、脱線してしまったが、マリアはすぐに真顔に戻って口を開いた。

「まあ、それはともかく……今の時点ではっきり言えるのは一つだけ」


 マリアは挑むようにして、深雪を真正面から見つめる。

「このまま所長から逃げ続けていたら、深雪っちの望みは何も叶わないし、手に入るものも何もない。帯刀火矛威を自分の手で助けたいなら、自分の一番見たくないことも直視して向き合わなきゃいけないってこと」

「マリア……」


「ま、あたしは帯刀火矛威なんて別にどうなったっていいし? 深雪っちにも極力、邪魔して欲しくないから、このままの態勢がベストだけどね~」

 膝の上で両手を組む深雪に対し、マリアはそう言っておどけてみせる。


 彼女の言う通りだ。深雪は全て自分の都合のいいように対処しようとし、そこにこだわり過ぎていた。己の過去に触れず、誰にも都合の悪い事を説明せず、力尽くで我を通そうとしていた。それでは、誰も納得しないし、深雪の話を聞こうとも思うまい。

 現状を変えたかったら、自分がまず変わる他ないのだ。


 深雪は慎重に、マリアへと質問をぶつける。

「もし……もし六道の了解を取り付けたら、マリアは俺に協力してくれるか?」

「さあ? それは深雪っち次第」

「……!」


「……言っとくけど、あたしだけじゃないから。流星や奈落、オリヴィエ、神狼も……少なくとも、都合の悪い事から逃げ続けているただのヘタレの言う事に、従うつもりはないって事は確かでしょうね」

 マリアの返答は一貫している。火矛威を探しに行きたければ、せめて筋を通せという事だろう。


(まずは、六道を説得することができなきゃ、先には進まないということか)


 六道をどう説得し、或いは交渉するか。マリアはアドバイスらしきものをくれたが、その交渉術でいうところの一番目と三番目――『力で脅す』と『弱みを握る』は、できるだけ選ぶべきではないと思う。今の深雪と六道の立場では、成功させる確率が極端に低い事もあるが、何より後々、禍根を残す可能性があるからだ。脅されたり強請られたりしたら、誰だって嫌な思いをするだろう。使うなら、どうしてもそうせざるを得ない時に限るべきだ。


 とすると、残るは二番目の『等価交換』しかない。


 六道が何を望んでいるか。それは、はっきりしている。この《監獄都市》の安定と秩序を維持することだ。散っていった仲間の命を無駄にしないために、六道は自分の全てを捧げている。深雪がそれに応えるためには、どうすればいいのか。 


(いや……考えるまでもない。俺に切れるカードは最初から一つだけだ)

 

 深雪は、赤い痣の刻まれた右手の上に左手を重ね合わせ、まとめてぎゅっと握りしめる。このまま逃げ続けたなら、永久に望むものは得られない。前に進むには向き合い、乗り越えていくしかない。


「……ありがとう、マリア。何か、自分がどうするべきか、分かったような気がするよ」

「あら、そ?」

 マリアはさして感慨を受けた様子もなく、さらりと答える。彼女にとっては深雪との会話など、食後の腹ごなしに過ぎないのだろう。でも、深雪にとっては有意義な時間だった。おかげで、迷いが晴れ、決意を固めることができたからだ。


「それはそうと……部屋まで送ろうか?」

 車いすで地下まで戻るのは大変だろうと思い、聞いてみた。だが、マリアはひらひらと片手を振る。

「自力で帰れるから大丈夫。さっきと違って、エネルギーチャージもできたしね」

「そっか。それじゃ、ミーティングルームでね」


 自分がすべきことは決まっている。後は行動を起こすのみだ。上手くいくかどうか、六道を説得することができるかどうかは分からない。でも、勝算はある。そう思うと、気のせいか朝起きた時より体が軽いような気がしてくるから不思議だった。


 深雪は立ち上がると、さっそく居間を後にするのだった。




✜✜✜ ✜✜✜




 殆ど飛び出すようにしてそれ深雪が居間を出て行った後、乙葉マリアは一人、部屋の中に残された。シロと海は食後の飲み物を淹れると言って台所へ立ったが、まだ居間には戻ってきていない。食器を片づけたり、湯を沸かしたりしているのだろう。


 深雪に余計なことをしてしまっただろうか。適当にイジって楽しむつもりが、ついつい不必要なことまで喋ってしまった。マリアが車椅子の上で溜息をついていると、ウサギのマスコットたちが浮かび上がる。


「あーあ。深雪っちってば、張り切っちゃって」

「いいのかナ~? 面倒くさいことになるよ、絶対」

 ウサギたちは、マリアの内心の声を読んだかのような台詞を口にする。このウサギたちはマリアの分身だ。基本的な思考パターンが同じなため、こういった事は珍しくない。


「いいのよ。辛気臭い顔で事務所うろうろされても、うっとーしーだけだし。あのままじゃ、勝手な事をしだすのは目に見えていたしね。……今、所長の負担を増やすようなことは絶対にしたくないの」


 マリアが深雪にわざわざ余計なことをした理由の、一つはそれだ。深雪に勝手なことをしてもらいたくない。《東京中華街》の時のように、六道に尻拭いをさせるようなことは、絶対に引き起こしたくなかった。深雪のためではない。あくまで六道のためだ。


 すると、それまで無邪気に振舞っていたウサギたちは、不意に剣呑な空気を放つ。


「……ねえ、そんなに邪魔ならあたしたちが始末してあげよっか」

「深雪っちくらい、いつでもいくらでも潰せるよ?」


 ウサギたちは無邪気であるが故に、悪意にも手加減というものがない。ある程度、自立思考するAIの厄介なところだ。人間と同じで、働きもするが悪さもする。ただ便利であるばかりではない。しっかり手綱を握っていなければ、逆に危害を加えられることもある。

 

 マリアはウサギたちをじろりと睨みつけた。

「あんたたちは余計な事しなくていいの! それより、《関東大外殻》の南部壁周辺を映した映像は集まったの? あれじゃ決定的な証拠にはならないよ」

 すると、ウサギたちはすぐに天真爛漫さを取り戻し、わきゃわきゃと騒ぎ始めた。


「はいはい、分かってるって~!」

「ジャンヌ=ダルク隊、出撃しまーす!」

「いってら~!」


 そう言ってウサギたちが一斉に消えると、マリアは再び溜息をつく。

「本当に……どうして所長はあんな奴を選んだのかしら……?」


 マリアにとっては腹立たしいことこの上なかったが、六道の決めたことなら従うしかない。そして、その決定を現実にするためには、深雪を簡単に失うわけにはいかないのだ。


 マリアには個人的に、深雪に用もある。それを聞き出すまでは、死なれては困る。深雪が生き生きとするのは何となく癪だったが、来るべきその時の為に、多少の借りは作っておいてもいいだろう。

 

 マリアは強引にそう思う事にしたのだった。




✜✜✜ ✜✜✜



 深雪は一度、上階にある自分の部屋に戻り、身支度を整えると、再び一階に降りてくる。前日は深雪や神狼だけでなく、みな夜が遅かったらしい。今日のミーティングは昼からの予定だ。それまでに、六道と話を付けなければならない。

 一階に降りると、シロが台所から顔を覗かせて声をかけてきた。


「ユキ、コーヒー淹れたよ?」

「ありがと、後でもらうよ。六道は所長室?」

「うん」

「体調は……大丈夫なのかな?」

 念のために確認すると、シロは僅かに表情を曇らせた。


「……良くないと思う。でも、それでも仕事しちゃうのが六道だから」

「そうか……」


(だったら、せめて話は早めに終わらせないとな……)


 昨日のことを思い返してみると、一つ気付いたことがある。それは、深雪と六道は両方とも、互いにかなり感情的だったという事だ。

 火矛威のことで頭がいっぱいだった深雪はもちろん、それに応じる六道も、常より苛立ちが露わであるように見えた。それほど、体調悪化が深刻なのかもしれない。


 だとしたら、昨日のような不毛な怒鳴り合いはすべきではない。話は簡潔かつ迅速的確に。ここからが勝負だ。深雪は空中を睨み、パーカーの襟を正す。

「……よし!」

 

 深雪は意を決すと、六道の執務室のドアをノックする。「失礼します!」


「……何だ?」

 六道は昨日と変わらず、執務机を前にし、革椅子に座っていた。シロの言う通り、やはり顔色は悪い。深雪は単刀直入に本題を切り出すことにした。


「お願いがあります。俺に……俺に帯刀火矛威の捜索を担当させてください!」

「その話は、昨日終わったはずだが?」

 深雪は、自分の右手を六道に掲げて見せる。


「俺がこの右手の力で、火矛威を人間に戻します。そうすれば火矛威を死なせずに済むし、《Ciel(シエル)》の元売りに関する情報も得られる。だから、俺に火矛威を探させてください!」


「お前のもう一つの能力については、マリアから聞いて把握している。だが、それが必ずしも上手くいくとは限るまい? 失敗したり、《サイトウ》の時のように取り逃がしたらどう責任を取るつもりだ?」


「その時は……!」

 ここでどうにかして六道を納得させなければならない。深雪は奥歯を噛み締め、きっと六道を睨みつける。そして、用意しておいたその言葉を六道へと告げた。


「……その時は、俺がこの手で火矛威を殺します」

「できるのか、お前に?」

 六道は目を細め、静かにそう問いかける。確かに、深雪は《監獄都市》に来てから、《死刑執行人(リーパー)》としてゴーストを殺したことはない。正直に言うと、これからもそのつもりは全く無かった。六道もそれを見抜いているのだろう。それなのに、火矛威を殺せるのか、と。


 深雪は六道の眼光に負けまいと、その目を睨み返す。

「《監獄都市》にいる《死刑執行人(リーパー)》は俺たちだけじゃない。火矛威が《臨界危険領域者(レッドゾーン=ディザスター)》なら、いつか誰かに殺されるか、自分が厄災の中心となって大勢の人を巻き添えにするかのどちらかです。あの火矛威がそんなことを望んでいるとは思えない……そんな事になる前に、できるだけの事をしたいんです。そしてもしそれが全部駄目だったら……俺自身の手でけじめをつけます」


「言うほど簡単ではないぞ」


「分かっています。でも、もう二度と、火矛威のことを放り出してそのままにするなんてことは、したくないんです! だから……どうにもならなくなったらその時は、自分でけりをつけたい。俺は……今でも火矛威を友達だと思っているから……‼」



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