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東亰PRISON  作者: 天野地人
監獄都市収監編
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第14話 ゴースト保護法

残酷描写が含まれます。苦手な方は、ご注意ください!

 他と変わらぬ廃墟の、荒れ果てた地面(アスファルト)の上を、巨大な血の池が覆っている。


 その池の中に、転々と人体の一部らしきものが転がっていた。


 胴体、腕、腿、首、手足。どれも徹底して切り刻まれている。どれだけの人数が含まれているのか、簡単には数えきれないほどだが、ざっと頭部を数えたところ十人近くいる。

 

 いくら東京が物騒だと言っても、これほどまでの惨劇はそうそう起こらない。その大胆かつ大雑把な犯行の中には、何か挑発めいたものすら感じる。

 マリアもそれを同様に嗅ぎ取っているらしく、三等身のマスコットキャラクターが渋面を作る。


「ま~十中八九、《外》から来た者の仕業ね。東京内部の奴は今どきこんなザツな事しないでしょ。死体なんてこんなゴロゴロ転がしてたら、ソッコで《リスト入り》して《死刑執行人(リーパー)》の餌食だものね~。

 大方、おのぼりさんが上京ハイにでもなったんじゃないの?」


「この時期は、この手の阿呆が必ず湧くからな」

 奈落はまたもや、冷淡にそう言ってのけた。吐き気を催すような血の臭いが立ち込めているが、その頑丈な表情筋はピクリとも動く気配がない。


「……それにしたってはしゃぎ過ぎだっつーの。日本橋でも五人が殺されてるんだろ」

 一方の流星は口と鼻を右腕で覆いながら、遺体の状況を確かめて回る。


「そっちは、ただ今絶賛確認中よ~ん。ただ、海ちゃんが襲われた話とそっちの遺体の状況を照らし合わせると、同一犯である可能性は高いと思うわ」

「だとすると……相手は複数か」

「おまけに、他にも被害が広まってる可能性もあるわね」


「荷物が無い……狙いは金か……?」

 マリアと会話を交わしつつ呟くと、同じく死体をざっと見て回っていた奈落が突然口を開いた。


「……快楽で殺しをしている奴が、中に一人いるな」


 一見、ぶらぶらと見物しているかのようだが、その片目は鋭く地上を見下ろしている。

 気づいていたか。流石だな――流星はそう思った。


「ああ。これ絶対、ワザと急所外してるだろ」


 流星は、特徴的な遺体のそばにしゃがみ込む。

 わずかに原形を留めている腕や太腿、胴体部分の皮膚に、何度も斬りかかった様な切り傷がいくつも見られた。まるで急所をわざと外したかのようだ。

 この出血量といい、みな即死というわけではなかっただろう。無抵抗の者たちがじわじわといたぶられる様子を、ありありと想像することができる。


「はあ? これだから、田舎モンのすることは! ちったあ自重しなさいよね、バッカじゃないの⁉」

 マリアは怒気を含んだ声で吐き捨てた。

 この元ハッカーには、ゲーム感覚で仕事をする悪い癖があるものの、人並みの倫理観や正義感はきちんと備わっている。おそらく所長の六道もそこら辺を評価しているのだろう。被害者に女性や子供が多いのも、彼女を怒らせている原因かもしれない。


 一刻も早く犯人を見つけ出さなければ、被害は確実に拡大していく。


 立ち上がった流星のそばに、黒い影が倒壊したビル群の上から飛来し、ひらりと音もなく舞い降りた。偵察に出ていた神狼が戻ってきたのだ。

「戻ったか。どうだった?」

「……」

 流星は神狼の姿を見るや否や、そう声をかけるが、返答はない。


「あのな、返事くらいしろって」

「……」

「おーい、起きてるかぁ?」

 流星は半ば本気でパンパンと手を叩く。だが、相手はやはり無反応だ。


 日本人と中国人、両方の血を引く少年は、未だ日本語が堪能でないのか基本的にあまり喋らない。もっともそれは、流星たちを避けているというより、生来群れることが苦手なことが原因であるらしい。


 任務自体も単独行動が多く、それでも困らないのだが、最低限の意思相通をする努力はしてもらわねば困る。

 どうしたものかと持て余していると、少年は何の前置きもなく唐突に口を開いた。


「生存者、ナシ。犯人らしきものの姿も、近くにはない」

「そ……そうか、ご苦労さん」

「あと……」

「あと、何だ?」


「眠い。帰って寝たい」

 遠慮なく欠伸をする神狼に、流星は苦笑する。


「……それ言うなって。俺だって、本当は帰って寝たいの我慢してんだ。でも放っておいたら、どんどんややこしい事になって、ますます俺らの貴重な睡眠時間が削られるだろ」

 わざとらしく肩を竦めてみせると、神狼は不満そうな表情をしたものの、渋々頷いた。


 元殺し屋の少年は、よく眠たげに欠伸をする。彼が苦手なのは人間関係ともう一つ、昼間に活動することらしい。職業柄、夜型が染みついてしまっているのだろう。


「おーい、捜索範囲を広げるぞ! ……と、オリヴィエは?」

 姿の見えない神父に気づき、流星は辺りを見回す。すると、奈落が不機嫌そうな様子で、後方を指し示す。

 流星がそちらを見ると、視線の先でオリヴィエが地面に膝をつき、蹲っていた。その前には、十代そこそこの子どもの思しき遺体が、傷だらけで横たわっている。


「こんな幼い子が……何てひどい事を。かわいそうに……」


 オリヴィエは端正な顔を歪ませると、口惜しそうに眼を閉じる。その姿は妙に神々しく、まるで完成された一枚の宗教画のようだ。

 神父であるせいか、オリヴィエは他人の痛みに敏感で、傷ついた相手に対してまるで自分の事のように共感し、常に寄り添おうとする。特に子供の場合、その傾向は顕著だ。それはオリヴィエが孤児院を経営している事とも関係があるだろう。


 人が当たり前のように死ぬこの街では、孤児も多く存在する。オリヴィエはそういった子供たちを引き取り、孤児院で育てている。

 神父の身でありながら東雲探偵事務所の仕事を請け負っているのも、そういう関係らしい。


 他人にドライなこの街では、孤児の命など紙屑も同然だ。犯罪が起これば真っ先に巻き込まれ、命を落とす。優秀な《死刑執行人(リーパー)》が増えればそれだけ犯罪抑止となり、必然的に犠牲になる子供の数も減るという算段だ。


 オリヴィエは十字を切り、何事か祈りの言葉を唱え始めた。そういった共感能力の高さ自体は、決して悪いことではないのだが、全員がそれを理解し許容できるわけでもなかった。


「おい……まさか、いちいち葬儀を挙げさせる為に、奴を呼んだんじゃないだろうな?」

 奈落がオリヴィエを見て、うんざりしたような表情でぼやく。

「聖職者はあれが仕事だ。……察してやれ」

 そう言って、流星は奈落のやたらと鍛えられた肩を軽く叩く。


 傭兵の奈落からしてみれば、これらの事件はただの日常であり、オリヴィエの言動は理解不能であるどころか嫌味ですらあるだろう。

 《死刑執行人(リーパー)》のような仕事は世界中に存在する。どの国や地域も、凶悪なゴーストに手を焼いているからだ。そういった業者はゴーストハンターと呼ばれ、巨大組織を形成し、多国籍企業よろしく荒稼ぎしていると聞く。

 そういった環境に身を置いてきた奈落にとっては、ゴーストの命などあくまで金塊やダイヤモンドと同じなのであって、特別な感情を寄せる対象ではないのだろう。


(……けどまあ、それはそれで困るんだけどな)  

 東京は特殊だ。人口の過半数がゴーストのこの街では、奈落のような極端な考えではとてもやっていけない。だが、当の本人はそれが問題だとは露ほども思っていないようだった。


(どうしたもんだか)


 人種、職業、全てがバラバラの集団において、意思統一が容易でないのは仕方のないことだった。

 しかし、こちらの態勢がどうであれ、過酷な現実は容赦なく襲い掛かってくる。


 流星はとりあえず、目の前の事件に意識を集中することにした。





 その頃、深雪たちはちょうど公園から歩いて十分ほどの場所にある警察署に到着していた。


 新設の警察署であるらしく、東京の建造物にしては傷が少ない。ガラス張りの入り口を抜けると、よくある警察署の風景が広がっていた。


 しかし、そこで突きつけられたのは、深雪の予想だにしない言葉だった。


「ちょっと……何もできないって、どういう事ですか!」

 深雪はカウンター越しに、制服姿の警察官たちに詰め寄る。しかし、二人の警察官たちの反応はいずれも鈍いものだった。


「どうもこうも、さっき言った通りだよ。君たち、ゴーストでしょ? 困るんだよね、そういう話はそっち側で何とかしてもらわないと」

「でも……人が大勢、死んでるんですよ! 放っておいたら、ゴーストだけじゃなくて普通の一般人だって巻き込まれて死ぬ可能性がある……それなのに、あんたらそれでも警察ですか⁉」


 今、警察官の機嫌を損ねるのは不味い。海を保護してもらわなければならないのだ。分かっていたが、それでも深雪は怒りを抑えきれず、つい怒鳴ってしまった。

 市民を守るのが彼らの仕事ではないのか。特殊な能力を持った存在を疎ましく思うのは分かる。だが、ゴーストがどれも危険で攻撃的な者ばかりではないということは、彼らも承知のはずだ。

 

 ところが、カウンター向こうの警察官たちは鬱陶しそうに顔をしかめるばかりだった。まるで小蠅でも追い払うかの如く、気怠そうに片手を振る。


「そんなこと言われてもね……君、東京は始めて? ここではそういう決まりなんだよ」

「ゴーストの揉め事は、ゴーストどうしで解決してもらわなきゃ。ほら、《死刑執行人(リーパー)》ってのがいるでしょ」

「そんな……!」


「とにかく君らの場合は、何があっても全部自己責任! さあ、帰った、帰った!」


 深雪たちは必死に窮状を訴えるが、それでも全く効果はなかった。

 数分後。

 結局、深雪たち三人は、警察署を追い払われてしまう。


「何なんだよ、あいつら! やる気なさすぎだろ‼」

「ユキ……」 

 シロは憤る深雪の背中を見つめ、表情を曇らせる。海も泣きそうな顔だった。


(昔は……二十年前は、あんなんじゃなかったのに……!)

 深雪は両手を握りしめた。


 二十年前、《ウロボロス》もずいぶん警察と睨み合ったものだが、当時の警察は本当に厄介な存在だった。こちらが何をするにも目を光らせ、組織力を駆使して行く手を阻んだ。

 確かに疎ましかったが、頼れる存在であったことも確かだ。彼らの存在がある限り、好き勝手にはできない。その認識が、ゴースト同士の対立にとっても一定の抑止となっていた。


 しかし、今は状況が違う。監獄都市ではゴーストの数自体が増え過ぎ、警察は治安を維持しきれていないのだろう。

 杜撰な対応の中からは、「どうにも面倒くさい」という意思をはっきりと感じた。以前には無かった空気だ。これではゴーストどころか、コソ泥一匹捕まえられないのではないか。


 ところが、マリアはこうなることをある程度予測していたらしく、やっぱりねえ、と肩を竦めた。

「ま、あんなもんでしょーねえ。警察がゴーストに関われないってのは事実だし。だからこそ、東京には《死刑執行人(リーパー)》がいるんだしね」


「……また《死刑執行人(リーパー)》か。何かあったら、《死刑執行人(リーパー)》、《死刑執行人(リーパー)》って……一体、何なんだよ……⁉」

 深雪は思わず吐き捨てる。すると、白黒ウサギは意外そうな表情をした。


「あら、所長は説明してないの?」

「……。大体は、想像つくけど……」

「そんじゃ、それもついでに含めて、全部深雪くんに説明しちゃおーう!」

 そして、コロコロとした体をくるりと一回転させる。


「……そもそも、この国では、国家権力がゴーストに干渉する方法が極端に限られているの。ゴーストが犯罪行為を行っても、警察はそれを逮捕する事ができないし、裁判所も裁判を起こすことすらできない。それらは法律で厳しく禁じられているの。唯一できる事と言えば、ゴーストを捕まえて、ここ、東京特別収容区――監獄都市・東京に送り込み、隔離する事だけ。

 その理由は……知ってる?」


「ゴーストが人間じゃないからだろ?」 

 斑鳩科学研究センターで説明されていた情報だった。マリアは頷く。


「そう。この国では、ゴーストは人間だと認められていないからよ。

 人間でないものを逮捕することはできないし、裁判にかける事もできないってワケ。その代わり、ゴーストになった瞬間に国籍剥奪、戸籍抹消。その他ありとあらゆる権利も取り上げられるんだけどね。

 ――ま、要するにゴーストって法律的には野山を駆け回るイノシシと同じってこと」


「それは……何となくは、知ってる。でも、何かおかしいよね? いくら人間でなくても、ゴーストの中にだって、犯罪に手を出す奴とか、悪い奴はいるのに……」

 

 野生のイノシシとて、人に害を為す凶暴な個体は、ライフルで撃ち殺される。イノシシが悪いわけではないし、そういった対処が必ずしも正しいわけでもないかもしれないが、ともかくも人の命には替えられない。

 それなのに、何故、危険なゴーストは放置されているのか――深雪には違和感しかない。

 すると、マリアも、「そーね」と同意する。


「まあ、他の地域ではともかく、ゴーストのひしめく東京の中じゃ、それは困るわよね。やったもん勝ちの無法地帯になっちゃう。……まあ、今もぶっちゃけ似たり寄ったりの状況だけど。だから、東京の中には一つだけ特例措置があるの」

 

 すると、マリアは小さな体の隣に黒板のような大きな図表を浮かび上がらせる。

 その中には切手サイズの小さな人の顔の写真が、ずらりと並んでいた。

 その図表の一番上に書かれていた一文を、マリアは芝居がかった口調で読み上げる。


「《警視庁指定ゴースト第一級特別指名手配書》――通称、《死刑執行対象者リスト》。

この《リスト》に載ったゴーストは、極刑に処せられる。東京で唯一ゴーストに対して有効性のある刑罰よ。

 つまり、《リスト入り》するという事は、死刑宣告を受けたも同然なの。


 ……ただ、そこで問題が発生した。

 一切の国家権力はゴーストを裁くことができない。それはここ――監獄都市・東京の中でも変わらない事実よ。

 それどころか、ゴーストを殺すことも一切禁止されているの。ゴーストがどれだけ周囲に危害を加えたとしても――どれだけ人を殺したとしても、警察はおろか、軍隊さえ手が出せないのよ」


「何でだよ? ヤバい奴らが野放しじゃんか。何で、そんなおかしな事に……」


「まあ、色々と歴史的経緯があるんだけど……簡単に言っちゃうと、ゴースト保護法っていうのがあってね。まあ、動物愛護法みたいなカンジ? 

 さっきゴーストは野山を駆け回るイノシシと同じって言ったでしょ? 野生動物や野鳥を勝手に殺したりしたらダメなのと同じなのよ」


「そ……そんな悠長な事、言ってる場合じゃないだろ!」 


 どうにも穴だらけの、杜撰な制度をわざと作っているようで、腑に落ちない。ゴーストを守っているようで、実態は野生動物扱いだし、ゴーストでない人々も相当な危険に晒される。誰も得をしないのではないか。

 これで一体、何が守られるのだろう。


 するとマリアは意外なことに、少し言い淀んだ。深雪にどう説明したものか迷っているようだ。


「うーん……えっと、つまりね。あなたの隣に住んでる人がゴーストだとするでしょ? でもってその事がある日突然ばれて警察沙汰になり、物の弾みで警察官がそのゴースト――隣人を射殺したとする。

 それが映像として世間に出回ったら……一体どんな反応が返って来るでしょう?」


「……!」  

 何となく事情が呑み込めてきた。


「そうか……ゴーストは、外見上は殆どが普通の人間と変わらない……」


 そんな一般人と何ら変わらないゴーストが、ごく普通の街角で警察官によって重傷を負わせられたり、殺されたりなどしたら。

 それに、拳銃が使われたりなどしたら。

 そして、それが当たり前のことになってしまったら。


 それがいかに正当なものであったとしても、動揺しない者はいないだろう。

 深雪とてそれは同じだ。

 そしてこの情報社会では、それが映像として出回るのを規制するのは実質的に不可能に近い。


 その結果、何が起こるか。


「……そう。どえらい事になるでしょうねー。大混乱に陥って、批判殺到、みんなの意見は真っ二つってヤツ。だったら、そんな事態になっちゃう前に法律で禁止して無かったことにしちゃえーって事なの」


「そんな、滅茶苦茶な……」


「そーお? まあ、《壁》の外じゃ、ゴーストが人間かどうかって議論もタブーなくらいだから、そんなものでしょ。こういう白黒つけがたい事は、そもそも議論しない・先送り、ってお国柄だしね。


 ……よってゴーストに関しては、裁かない・殺さない・関わらない。

 これがいわゆる、ゴースト三大原則。

 それらを定めた法律をみーんなひっくるめてゴースト関連保護法っていうの。今世紀最大の悪法って呼ばれてるわ。

 は~い、ここ要チェックね」

 マリアは芝居がかった仕草でピッと人差し指を立てる。


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