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東亰PRISON  作者: 天野地人
監獄都市収監編
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第13話 事件現場

 それから三人で、近くの公園に移動した。


 公園に到着すると、深雪とシロは、女子高生をベンチに座らせる。


 シロは水飲み場の水道の蛇口を捻って水を出すと、ハンカチを濡らし、それで女子高生についた血糊をふき取った。一度では到底、落しきる事ができず、深雪は何度も水飲み場とベンチを往復し、ハンカチを洗う。


 ブレザーやブラウスの染みはどうしようもなかったが、顏や手についたものは、それで大部分をふき取る事ができた。


 血糊があらかた取れると、女子高生の素顔がはっきりと分かった。

 ほっそりとした顔立ちに、黒目がちの、ぱっちりとした瞳。言動がおどおどしているせいか、何となくハムスターやリスといった小動物を想起させた。

 綺麗にまとめたボブヘアが、よく似合っている。制服の血糊さえなければ、どこからどう見ても普通の学生だ。 


 深雪はできるだけ女子高生に近づかないようにした。公園にたどり着いてからも、終始ハンカチを洗うためにベンチと蛇口を往復する役に徹した。彼女が深雪の接触を嫌がっていると、はっきり感じたからだ。

 どうも、深雪が怖いらしい。相変わらず目も合わせてくれない。


 しばらくして女子高生の様子が落ち着くと、マリアが陽気な調子で尋ねた。

「少し落ち着いた?」

「うん……ありがとう」

 表情は若干強張っているものの、女子高生はようやく笑顔を見せた。マリアはそれを確認し、気合を入れて腰に手を当てる。


「さてと。お名前聞いていいかしら?」

「あ、はい。琴原 海、です」

「海ちゃんね。一体、何があったのかしら?」

「わ、私……二日前に初めて東京に入ったんです。囚人護送船で、東京港からなんですけど……」


「二日前? じゃあ、ユキと一緒だね!」

 シロが嬉しそうに深雪と琴原海を見比べる。深雪が頷いて見せると、海はびっくりしたようだった。そして、初めて深雪の方を見た。


「そうなんですか……」

「東京港で一緒だったのかもな。けっこう人がいたから……三百人くらいだっけ?」

「そうですね。私も思ったより多くてびっくりしました。あの……お話、ちょっと長くなるんですけど、いいですか?」

「どーぞ、どうぞ~」


 マリアに続き、深雪とシロもうなずく。琴原海は深雪たちが危険人物ではないと分かり安心したのか、たどたどしいながらも喋り始めた。


「……私、地元の女子高に通っていたんですけど、高校の健康診断でゴースト判定を受けてしまって……。それからはもう、有無を言わさぬといった感じで、強制的に護送船まで連れて来られたんです。

 親や友達と最後に連絡を取りたかったんですけど、それすらも認められず……。もう、何もかもいきなりで、訳が分からなくて……不安で、囚人船の中ではずっと泣いてました。

 そしたら、船で同室の人たちがすごく親切にしてくれて、何とかなるよ、辛いのはみんな一緒だから頑張ろうって……お互いに励まし合っていたんです」


「良かったじゃない、いい人たちと一緒になれて」

「はい。その時は、東京でも何とかやっていけるんじゃないかって、思ってたんですけど……」

 マリアの言葉に頷いていた海は、俯いて両目に涙を浮かべ、唇をかんだ。


「あの人たちのせいで……何もかもみんな、滅茶苦茶に……!」

「あの人たちって?」


「――私たち、六人のグループだったんですけど、どこにも行く当てがなくて、とりあえずは東京駅に行こうって事になったんです。まずはちょっと様子を見て、どこへ行くか決めようって、それで……。

 東京の事はよく分からないけど、多分、日本橋辺りだったと思います。人けの無い路地裏で、突然襲われて……!」


「相手の顔は覚えてる?」


「はっきりとは……。でも、男の人達でした。多分、待ち伏せされていたんだと思います。アニムスを使って……いきなり襲いかかって来ました。

 私たちのうち、最初の三人は逃げる間もなく一瞬で殺されて、私も他の三人と逃げたんですけど、執拗に追いかけてきて……あいつら、楽しそうに笑ってて、それでみんなを……‼」


 黙って話を聞いていた深雪とシロは、互いに顔を見合わせる。

 深雪も東京に入った初日に、素行の悪いゴーストたちに絡まれた。海も同じ目にあったのだろうか。ただ、聞く限りでは彼女の状況の方がより凄惨であるようだったようだが。


 マリアもその内容に、眉を顰めた。もともと目つきの悪いマスコットだが、うまい具合に悲しそうな表情になる。


「そう……酷い奴らね。ちょっとシンドイ事聞くみたいで悪いんだけど、どうしてあなただけ助かったの?」


「それは私のアニムス(力)が、高速移動する能力だったから……高速移動って言っても、ほんの一メートルくらいなんですけど……。それを咄嗟に使って、後は全力で走りました。陸上部だったから、走るの得意だったんです。

 後ろでみんなの悲鳴が聞こえてきたけど、どうする事もできなくて……!」


「相手の数は覚えてる?」


「私たちと同じ、五、六人だったと思います」


「何か……他に覚えてる事ない? 相手の容姿とか、見た目の雰囲気だけでもいいんだけど」

「えっと……全体的に十代とか二十代とか……若い感じがしました」

「ふむふむ、他には?」

「そう言えば、最初、歩いていたら急に霧が出てきて……それで襲われたんです。もしかしたらそれも偶然じゃなかったのかも……」


「なるほど。霧の能力の可能性あり、ね」


「それから……何だか鋭い風……みたいな。空気を切り裂くみたいな音がして、そしたら血飛沫が上がって……多分、そういうアニムスだと思います。風で斬りつける、みたいな。

 あとは、モンスターみたいなグロテスクな体格した人もいました」


「風系の能力と肉体強化系の能力かしら……既にかなりの連携が取れている集団みたいね」


(何か……随分細かいこと、聞くんだな……)

 深雪は、二人の問答を傍で聞きながら首をかしげる。まるで、海の身の上話を聞いているというよりは、聞き取り調査のようだ。

 現に先ほどまで海に同情するような様子を見せていたマリアは、今はきりりと引き絞った弓の弦のような緊張感を漂わせている。


 一方の海は、ふと思い出したように顔を上げた。

「あとは……あ、一つだけ。

 襲ってきた人たちの中に、ミリタリーデザインの――迷彩柄のジャケットを着た人がいたんですけど、それ、ある人気ブランドが去年出したものなんです。

 弟が――私、弟がいるんですけど、けっこう値段が高くて、欲しいけど買えないって言ってて……それで覚えてたんです。

 私、それと同じもの、東京港でも見たんです。船から降りて並んでる時に見ました。多分、同じ人じゃないかなって」

 

 それを聞いた白黒のウサギは、目をキランと光らせる。

「《外》で出たばっかのジャケットじゃ、東京の中にはまだ出回ってないわね……。つまりそういう面でも、襲撃者は二日前に入ったばかりの新人囚人(ペーペー)の可能性が高いってことか。んふ~ん、ありがと、海ちゃん! 助かっちゃった!」


「あ、いえ……?」

 海はそう返事をしたものの、何がマリアの助けになったか分からないのだろう。不思議そうな顔をしている。

 彼女は東雲探偵事務所の事はおろか、《死刑執行人(リーパー)》の存在すらもまだ知らないようだ。


 深雪の胸中は複雑だった。

 マリアが情報収集をしているのは、それが事務所の仕事に必要だからだろう。確かに海の話が本当なら、凶悪なゴーストを放置しておくわけにもいかない。

 かといって海が東雲探偵事務所に協力させられている事には、諸手を挙げて賛同する気になれなかった。


「これから、どうしよう?」

 一連の会話が終わり、シロが困り顔で言った。


「警察に行こう」

 深雪は即答する。

 最初から考えていたことだった。海を一人にしておくわけにはいかないが、東雲探偵事務所に関わらせるのもどうかと思ったからだ。

 きちんとしたところに頼るべきだ――それが深雪の下した判断だった。

 それを聞いた海は、ひどく驚いた素振りを見せた。


「警察署って……あるんですか?」

「警察官の姿は見たよ。交番や警察署もあるにはある。……やってるかどうかは分かんないけど。これだけの事があったんだ。さすがに保護とかしてくれるだろ」

「うーん、あんまお勧めはしないけど……いいわ。行ってみましょ」

 マリアは渋る様子は見せたものの、存外あっさりと深雪の意見に賛成してくれた。そこで、その場の皆で警察署へと向かうことにした。


「歩ける?」

「あ、……はい。大丈夫」

 海は深雪が差し出した手を、今度は素直に取った。少しよろめいたが、何とか立ち上がる。

 海が先ほどまでの異常な怯え方はしなくなって、深雪はほっとした。おそらく男のグループに襲われたせいで、同じ男である深雪に恐れを抱いていたのだろう。


 深雪にとっては、とんだとばっちりだが、そういうものは理屈ではないという事もよく知っている。深雪も《ウロボロス》の事件を起こした後は、多数の同年代の少年に囲まれることに恐怖を覚えたものだ。


 最寄りの警察署の場所は、シロが知っていた。四人でそこを目指し、歩きはじめる。





「……というわけでぇ、深雪ちゃんは今、シロと一緒にいま~す!」

 

 黒いウサギのマスコットがひらりと宙に舞うのを、赤神流星は溜息をつきながら眺めた。

「なるほどな。……その琴原って子、大丈夫なのか。まだ狙われている可能性もあるぞ」

「シロが一緒だし、何とかなるでしょ。あたしもついてるし。とりあえず今は、警察署に向かってるわ」

「はあ? 警察署って、何でまた……事務所に連れて戻りゃいいじゃねーかよ」

「深雪っちがね、それがいいって。いかにも、壁のお外の発想よね~。ま、こーいうのは実際体験してもらうのが一番ってことで」


「こっちから一人回すぞ?」

 流星は周囲を見回す。

 錆びきって茶色く変色し、傾いた看板からは、かろうじて〈渋谷区恵比寿〉の文字が読み取れた。相変わらずの荒みきった廃墟の向こうには、奈落とオリヴィエの姿が見える。   


 一方、足元に目を転じれば、それはそれは陰惨な光景が広がっているのだが、敢えてそれには目を向けず、マリアの返答を待つ。ゴースト相手の仕事は警官時代からだし、こういった状況も慣れてはいるが、だからと言って気分が悪いのに変わりはない。


 ところが、ウサギのマスコットは、ただでさえ上ったまなじりを余計に吊り上げ、反論してきた。

「回すったって、そんな暇あるの? この手の事件はさっさと解決しないと死人が増えるばっかりよ。うちに余剰の人員なんかないし、そっちも大変なんでしょ。

 それに大体、どいつを回すのよ? チンピラに輪をかけて柄の悪い連中しかいないじゃない。海ちゃん、ただでさえ怯えてるのに、更なる恐怖を容赦なく与えて、追い詰めようってわけ?」


「んな事言われてもな……今さらイメチェンでもしろってか?」

 首の後ろを掻きながら、投げやりにそう答える。


 流星はいつもの、黒のライダーズジャケットだ。それにプラスして、腰のホルスターには黒光りするハンドガンが差してある。マリアに言わせると、完全にチンピラの格好だ。

 もっとも、何も好きこのんでそう言った格好をしているわけではない。ごろつき相手にしていれば、どうしたってそれなりの迫力というものが求められる。腰のハンドガンも同様だ。咄嗟の対応にはアニムスよりも銃が役に立つ。その為、仕事の時にはたいてい持ち歩いている。


 すると、マリアはやれるものならやってみろとばかりに、鼻を鳴らした。 

「こっちは任せてってこ・と。そもそも深雪っちだって、あんた達の事、信用してないから逃げちゃったんでしょ? 今、下手に接触するのはかえって逆効果なんじゃない?

 ……あたしの感覚だと、今ならまだ脈ありよ。何とかして事務所に戻るよう説得してみるから」


「……分―かったって。まあ、こっちが手を離せないのは確かだしな」

「でっしょ?」

 えへんと胸を逸らすウサギ。なんだか妙に嬉しそうなその様子に、流星は半眼になって再び溜息をついた。


 マリアはもともとフリーのハッカーだったせいか、どうにも仕事と遊びを混同するところがある。実際、今も事の成り行きを、どこかゲーム感覚で楽しんでいるようだ。


 だが一方で、彼女の言うことに一理があるのも確かだった。今は新入社員のモラトリアムに付き合う余裕は無い。ただでさえ、万年人手不足なのだ。


「深雪とシロの方、フォローしてやってくれ」 

「了解~!」

 マリアはそう言うと、その場でくるりと一回転する。


「……やはり逃げていたか」

 不意に後ろから声をかけられ、流星が振り向くと、いつの間にか真後ろに奈落が立っていた。先ほどまでオリヴィエの近くにいたはずなのに、知らぬ間に背後に回り込んでいたらしい。流星は思わず顔をしかめた。


「あのな、その無駄に他人の後ろを取る癖、何とかしろって」

「知るか。取られる方が悪い。……それより――」

 赤みがかった目が皮肉っぽく眇められる。

「思ったより音を上げるのが早かったな」

「あー……、まあな。何かマズったか、俺……? もうちょい、いけると思ったんだけどなー……」


 雨宮深雪を一目見て、何だか気の弱そうな奴だとは思ったが、まさか一日で出ていくとは思わなかった。行く当てがあるわけでもないだろうに、何故そういう部分はやたらと思い切りがいいのか。頭を抱えて呟くと、マリアが会話に割り込んで来た。


「まあ、屋上呼び出して締め上げられたんじゃ、逃げ出したくもなるのも無理ないとは思うけどね~。ホント、深雪っちに同情するわー」

「いや、あれは所長の命令でだなあ……」

「いろいろと、前世紀なのよ。引くわー、ドン引きだわー」


 憎たらしいほど嬉しそうに、空中をスキップするマリア。すると、今度は奈落が口を開いた。 

「……違う、逆だ」

「は? 逆って……何がよ?」

 ウサギは怪訝な顔をし、軽やかなステップを中断する。

「お前らのやり方はぬるいと言ってるんだ。もっと徹底的にボコってりゃ、少なくとも二、三日は動けなかっただろ。最低でも、足の自由は奪うべきだった」


 奈落は煙草を口元に運び、サラリと言ってのけた。その場の気温が一瞬で下がったのは、決して気のせいではない。

「どこのブラックだよ、それ……」

「そうよ、二、三日どころか、永久に再起不能になったらどーすんのよ⁉」

 流星とマリアは、ほぼ同時に突っ込んでいた。しかし奈落は何食わぬ顔だ。


「後は洗脳だな。数週間監禁して、どこにも行き場所は無いと叩き込み、組織への忠誠を徹底的に誓わせる方法もある。場合によっては拷問や薬物を併用する」

「そーいう雑学、聞いてな・い・か・ら」

「発想がいちいちリアルに怖えんだよ、お前……」 

 妙な疲れを覚え、流星は額に手を当てて呻く。


 奈落は強面だ。傭兵という職業上、致し方ないことなのだろうが、悪態も冗談もほぼ表情を変えずに言うため、真意を測りかねることも多い。

 おまけに価値基準がどうもズレている。海外生活が長かったせいだろうか、いつもの冗談かと聞き流していたら、平気でその辺の通りすがりを半殺しにしたりするので、いろんな意味で気が抜けない。


「……っつーか、何も知らずに危険地帯に足を踏み入れたら、ことだぞ。《リスト入り》するような事、なけりゃいいがな……」

 雨宮深雪の、どこか大人しい印象を受ける外見を思い出しながら、流星は眉を顰めた。

 

 深雪の持っているアニムス自体は強力なものだ。

 だが、彼の外見は、お世辞にも迫力があるとはとても言い難い。

 くだらないことのようにも思えるが、この街では重要なことだ。外見で舐められる奴は、それだけでトラブルに巻き込まれやすくなる。

 そうやって悪目立ちすれば、例え本人に悪気がなくとも《リスト入り》し、《死刑執行人(リーパー)》を敵に回す危険性が増す。


 《リスト入り》するということは、この監獄都市の中では死を意味するのだ。


 しかし、奈落は、容赦なくフンと鼻を鳴らす。

「そんな度胸があったら、そもそも逃げ出したりしてないだろ」

 するとマリアも、うんうんと頷く。

「まあ確かに突っ込んでくタイプじゃないからね、深雪っち。どちらかっていうと慎重だし……物分りもいいし。その辺は助かるわー。よほどのことがない限り、ダイジョーブでしょ」


「……。ただ臆病なだけの奴なら、心配しねーよ……」

 流星は小さく呟いた。自分の見解は二人とは少々異なる。深雪に、妙に挙動不審なところがあるのは確かだ。しかし事務所の屋上で見せた彼は、そういったイメージとは程遠く、妙に的確な判断力や行動力を示していた。特にアニムスの使用には一定の自信すら垣間見えた。

 流星は何故だかそのことが引っ掛かっていた。


 何にしろ、目の前の〈仕事〉を片付けないと、こちらも動くに動けない。

「全く……こっちはこっちで、どえらい事してくれたもんだ」

 

 いつまでも現実逃避していても仕方ない。流星は眼前の光景をようやく直視した。


 そこに広がっているのはまさに目を覆いたくなるような地獄だった。



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