表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東亰PRISON  作者: 天野地人
東京中華街編
116/752

第13話 龍々亭③

「り、鈴華(リンファ)! そんな余計なコト……!」

 先ほど鈴華に対して見せた、華麗なるフォローを考えると嘘のような話だが、本当のことなのだろう。それが証拠に、神狼は困り果てた顔をしている。


「神狼にも、苦手なことがあるんだ?」

 シロは炒飯を頬張りながら驚く。それに対し、深雪はニヤリと頬を緩めた。

「いいこと聞いちゃったなー」

「貴様……調子に乗ってルト、どうなるか分かってんだろウナ……!?」


 神狼は苦虫を噛み潰したような顔で呻くが、深雪はニヤニヤ笑いが止まらなかった。そんな話をしていると、厨房から鈴華の祖母が顔を出し、大声で急き立てた。

鈴華(リンファ)! 神狼(シェンラン)! 餃子ができたよ、喋ってないで運んでくんな!」

「あ、はーい! それじゃ、また後でね。行こう、神狼」

 再び給仕に戻る二人を見送りながら、深雪はシロに尋ねた。


「あの料理長みたいな人が鈴華のお婆ちゃんだよね?」

「そう、鈴梅(リンメイ)お婆ちゃん。すっごく元気なんだよ。太極拳が趣味なの。その辺のワルモノはワンパンでやっつけちゃうくらい」

「そ……それはすごいな……」


 確かにそれくらいタフでなければ、このような街で店を切り盛りすることなど出来ないだろう。そんな中で、鈴華とその祖母の鈴梅(リンメイ)、神狼の三人でこの店を支えているのだと考えると、純粋にすごいなと尊敬の念が湧き上がる。もっとも、それを神狼に直接、伝えるつもりは無かったが。 


 料理の味は上々だった。本格的でありつつも、食べやすい。本場そのままではなく、うまい具合にアレンジしてあるのだろう。ぺろりと完食した深雪とシロのテーブルに、食器を回収しに来た神狼と鈴華がやって来る。

「シロちゃん、そろそろデザート持ってこようか?」

「うん、ありがとう! お料理、とってもおいしかったよ!」 

「本当? 良かったあ……! 雨宮くんはどうだった?」

「ああ、すごく美味かった」

 深雪は鈴華にそう答える。お世辞ではなく、本当に美味かった。この店が繁盛しているのも分かる気がする。


「また来ようね、ユキ! 今度は事務所のみんなで!」

「そ……そうだね……」

 あの微妙に協調性の無い面々が、連れ立ってこの中華料理店に来るだろうか、と疑問に思いつつも、深雪は取り敢えずシロの提案に頷いた。


「別にもう来なくてもイイ……うっ!」

 食器を重ねながらそう言いかけた神狼の脇腹に、鈴華は笑顔でドスッと肘鉄を入れた。額にはしっかりと怒りマークが浮かんでいる。

「また来てね、出前も、いつでも受け付けてるから」


 シロは最後に運ばれてきたデザートの杏仁豆腐を、幸せそうな表情で口に運んだ。深雪はジャスミン茶を飲みながら、シロが食べ終わってしまうのを待つ。


 暇だしシロは杏仁豆腐に夢中なので、深雪は何とはなしに、店内の様子や、鈴華と神狼が働く様子を眺めていた。すると、不意に神狼がカウンターの近くにあるテーブルにぶつかって、よろめくのが目に入った。

(あれ……?)

 神狼の動きは、奈落とは違った意味で洗練されている。明らかに、何某かの訓練で鍛えられた動きだ。何か物にぶつかったり躓いたりするところなど、今まで見たことがない。それどころか、二階の窓から器用に出入りしているほどなのだ。


(そういえば、この間も事務所で俺とぶつかったな。いつもの神狼なら、そんなこと絶対にあり得ない)


 神狼は気に入らない人間を、絶対に自分の間合いへ、やすやすと入れたりはしない。ましてや、不注意で衝突するなどあり得ない事だ。神狼はすぐに何事もなかったかのように給仕へ戻ったが、深雪はそのことがどうにも気になって仕方なかった。一度そのことに気づくと、違和感として妙にはっきり頭に残ったのだ。


(もしかして……神狼、どこか具合でも悪いんじゃないのか……? いや、まさかな。あれだけ流暢に動いているし。でも……)


 そんな事、あるわけない――そう思い込もうとする深雪の脳裏に、花凛と俊哉の姿が鮮明に浮かんだ。鈴華と神狼の仲睦まじい姿が、あの二人にピタリと重なったのだ。花凛は暴走した自らのアニムスに、正気を失うほど苦しめられていた。同じ症状が神狼の身に起きていたとしても、おかしくはない。


(ゴーストは短命なんじゃないか……その説は、二十年前にも既にあった。アニムスは使用するときに膨大なエネルギーを使う。だから、保持者の寿命を削られるんだって。多分、それはあながち間違いでもないんだ)


 神狼のアニムスは《ペルソナ》――他人の姿や記憶の一部を写し取る能力だ。それが強力であるかどうかの判断は難しいかもしれない。でも、珍しい事には違いないだろう。深雪も二十年前に何人ものゴーストと接していたが、そういったアニムスの保持者とは一人も出会わなかった。


(……いや、そう結論付けるのはいくらなんでも早すぎる)

 ゴーストとはいえ風邪をひくこともあれば、足を挫くことだってあるだろう。神狼の様子が多少おかしかったからといって、すぐに急性アニムス激化症などと結びつけるのは乱暴すぎる。

 それに仮にもしその兆候があったとしても、神狼ならばすでに何らかの手を講じているだろう。余計な口出しをしても、罵倒の応酬に遭うだけ――深雪はそう考え、湧き上がる違和感を呑み込んだのだった。


 その後、深雪とシロは会計を済ますため、入口の脇にあるカウンターへと向かう。すると、すぐに鈴華がやって来た。

「ありがとうございましたーー! またのご来店をおまちしておりまーす‼」

「うん、またね!」

「二度と近寄るなー!」

 神狼がぼそっと呟くのが聞こえてきたので、鈴華は再びこめかみをビシッと言わせた。それに気づいた神狼は、慌てて客の空になったコップに水を注いでいく。


「もう……本当、ひねくれてるんだから! ごめんねー、事務所で神狼が生意気言ったら、ビシバシしごいていいから」

 鈴華は何かを叩く仕草をしてそう言うが、深雪は後頭部を掻いて答える。

「ははは……。そんなことしたら、命がいくつあっても足りないよ。それに、立場的には俺の方が後輩だし」

「あ、そっか。君の方が新人なんだっけ」


 深雪はそのまま店を後にしようとするが、ふと先ほどテーブルにぶつかった神狼の姿が脳裏を掠めた。気にするほどの事ではないかもしれないし、余計なお世話かも知れない。だが、花凛の件があったからだろうか。もし急性アニムス激化症などの兆候だとしたら、などと考えると、やはり心中穏やかではいられなかった。


 ただ、本人に直接、注意したら、強い反発を招くのも確かだろう。けれど、鈴華ならうまく伝えてくれるのではないか。そう思いつき、小声で彼女に切り出した。


「あのさ、神狼にあんまり無理はするなって伝えてくれる?」

「……え?」

「何か、本調子じゃないっぽいし……俺が言っても睨んでくるだけだからさ」

「……」

 鈴華はレジを操作する手を止め、じっと深雪を見つめる。心なしか、その視線の中には、深雪の発言の真意を窺うような気配が感じられた。


(あれ……俺、何か変な事、言ったかな)

 突如として訪れた奇妙な間に、引っかかりを感じるが、先に店を出たシロが戻ってきて、「ユキ、どうしたの?」と声をかけてきたので、その微妙な空気もすぐにうやむやになった。


「鈴華と何の話してるの?」

「いや、何でもない。……それじゃ、ごちそうさまでした」

「あ、はい……またどうぞ!」

 鈴華も我に返った様子で、すぐに元の明るい調子を取り戻すと、深雪たちに向かってぺこりとお辞儀をした。そしてわざわざ店の外まで見送ってくれたのだった。


 来た時に通った商店街を歩きながら、深雪はシロと共に事務所を目指した。既に昼時を過ぎているせいか、幾分、人の波は落ち着いている。シロは上機嫌で、くるりとセーラー服のスカートを翻し、深雪の方を振り返った。


「楽しかったね」

「ああ。それに、美味かった」

「神狼も頑張ってたね」

「ああ」

 笑顔で答えた深雪は、内心でふと独り言ちる。


(何だか……普通の人みたいだった)


 少々――というか、かなり愛想には欠けていたが、《龍々亭》で働く神狼は至って普通の少年だった。普通に料理を運び、普通に客と接し、普通に『家族』がいて、普通に好きな女の子がいる。そういう、どこにでもいるごく普通の少年だった。

 事務所での、どこか近寄りがたい雰囲気は殆ど無い。至極当然であるかのように、『日常』の中に溶け込んでいた。


 それは深雪にとって、少なからず驚きだった。奈落の時と同様、神狼の事も心のどこかで自分とは違う、遠い世界の人間だと思っていたのかもしれない。だから対立していても無理に折れる必要はないと思っていたし、理解できなくても仕方ない――ある意味、自分にそう言い訳をしていたのかもしれない。


 だが、それは誤りだった。神狼は決して、理解不能の異世界人ではない。深雪たちと同じ、普通の年頃の少年だ。


 勿論、神狼のことを全て理解しているわけではない。けれど、間違いなく自分と同じ部分もある。その事実が新鮮な驚きでもあり、雷に打たれたかのような衝撃でもあった。


(俺はまだまだ、知らないことが多いんだ)

 シロはもしかすると、そんな深雪に神狼の『普通の姿』を見せたくて、《龍々亭》に誘ってくれたのかもしれない。深雪が事務所で神狼に訳の分からない八つ当たりをされ、気分を害していたことをシロも知っていたからだ。


(もしかすると、シロなりに気を遣ってくれたのかもしれないな)


 知ってしまったら、無条件に嫌悪することなどできない。俊哉をどうしても憎み切れなかったように、神狼には神狼の『日常』があるのだと知ってしまったら、あんな奴どうでもいいと存在を軽んじ、安直に無視することはできない。

 シロはそれを分かっていて、深雪を《龍々亭》へ連れて行ったのではないか。

(まさか……考えすぎかな)


 それはただの深読みのしすぎで、本当は単純に《龍々亭》の料理が食べたかったのかもしれないし、鈴華に会いたかっただけかもしれない。

 いずれとも取れるのが、いかにもシロらしかった。


 深雪は口元を緩め、無邪気にスキップする獣耳の少女の後姿を見つめたのだった。





✜✜✜✜✜✜ ✜✜✜✜✜✜ ✜✜✜✜✜✜




「ごっそーさん。また来るよ」

「ご利用、ありがとウございましター」


 常連客の会計を済ませた神狼は、ほっと一息ついた。時計に目をやると、いつの間にか午後の二時を回っている。《龍々亭》は昼間の混雑が一段落し、徐々に客足は減りつつあった。


 今日もいつも通りだ。そう――予期せぬ客が店にやって来た以外は。


(シロはともかク、何であいつがこの店ニ来るんダ……?)

 どれだけ気に食わない相手でも、客としてこの店に来る以上、追い出すわけにもいかない。神狼としては、そうしたいのは山々だったが、そんな事をしたら鈴華とその祖母に半殺しにされてしまうだろう。

 二度と来たいという気にさせないように、出来得る限りの塩対応をしてやったので、その効果が表れることを願うばかりだった。


 これといって特徴の無い、のほほんとした顔を思い浮かべてしまって、思わず舌打ちをする。それを強引に脳内から追い出すと、すぐそばの回転テーブルに残った空の食器を厨房へと運んだ。

 するとそこで、他のテーブルから食器を下げてきた鈴華とかち合った。鈴華は手早く食器を片付けながら、神狼に話しかける。


「新しい事務所の人……いい人みたいだね」

「……どこがダ」

 ムスッとして答えると、鈴華はふふ、と肩を竦めて笑った。

「神狼の調子悪いって気づいてたよ。『無理をするなって伝えてくれ』って言付かっちゃった」


「……! 何で……?」

 正直言って、ぎょっとした。神狼としては、己の不調を周りの誰にも悟られないよう努力しているつもりだった。こんなもの、すぐに治る――そう思っていたし、誰かに打ち明けてどうにかなる類のものではないという事は、自分でよく分かっていたからだ。

 現に、他には誰も気づいた様子はない。流星でさえ、気づいてはいないだろう。知っているのは鈴華とその祖母だけだ。

 

 それなのに、何故、あいつは気づいたのか。


「気味の悪イ奴……!」

 つい吐き捨てると、鈴華は怒った顔をした。

「もう、そんなこと言わないの! 雨宮くん、神狼のこと、結構気にかけてるんだよ。そうじゃなきゃ気づかないよ、普通」

「……別に。あんなの、ただのチビだ」

「神狼ってば、意地張っちゃって」

 鈴華はしかめっ面で神狼の背中を軽く叩くと、ふと表情を緩め、淡く微笑む。しかし次には、その瞳に不安げな色を浮かべて呟いた。


「……今日もこの後、『仕事』なの?」 

「……。ああ」

「そっか……。気をつけてね。本当に無理しないで」

「……分かってル」


 鈴華が東雲探偵事務所の仕事を快く思っていないのは知っている。常に危険が伴う仕事だし、アニムスの行使を求められる。ゴーストとはいえ、人の命を奪う仕事でもある。

 だが、事務所の仕事を請け負うのは、神狼にとって自分たちの身を守るためでもあった。

 

 《レッド=ドラゴン》を離れた神狼や鈴華にとって、他に身を寄せる組織はない。神狼が東雲探偵事務所に籍を置けば、いざという時、鈴華たちの身を守る保険となる。それが分かっているから、鈴華も決して言葉に出してそれを批判したりしない。

 けれど、心配や不安は隠しきれないのだろう。


 いつもであれば、神狼も気にしすぎだと鈴華を宥めることができた。でも今は、そう返事をするだけの自信がなかった。

 もしかしたら、もう二度とこの店には戻って来れないかもしれない。そういう不吉な予感が、脳裏にこびり付いて離れなかった。


 鈴華もまた、神妙な表情で俯いた神狼に気づく。そして自身も不安だろうに、わざと明るい顔を作り、弾けた声を上げた。


「もう、心配し過ぎだってば! もし本当に何かあったら……神狼がここに戻って来れなくなるようなことがあったら、絶対に私が迎えに行ってあげるから!」


 神狼は鈴華の手をそっと握った。

 細くて華奢で、働き者の鈴華の手は柔らかく、仄かに温かった。


 これがある限り――この温もりを体が覚えている限り、きっとここへ戻って来れる。

 他の何も信じられなくても――自分さえ信じられなくても、この温もりは信じられる。 


「神狼……」

「大丈夫。ちゃんと戻ってくル。何を失ったとしても、必ずここに戻ってくるカラ……」


「……うん。分かった。神狼の好きなジャスミン茶を淹れて、待ってるからね」

 鈴華は、どこか泣きそうな表情になってそう言った。鈴華は強い娘だ。神狼や祖母の前でも、涙を見せることは殆ど無い。それでも、心配なことがあると――特に神狼のことを案じる時には、時おりそう言った表情を見せる。


 神狼は彼女のそういう顔を見る度、どこか遠くへ行ってしまいたいと強く思う。

 

 過去のしがらみなど関係ない、自由のある場所へ鈴華を連れて行ってあげたい。そして二人で、全てを忘れるほど楽しい日々を過ごすのだ。


 だが、この《監獄都市》で生きる以上、それは決して叶わぬ夢なのだった。過去のしがらみはどこまでも追いかけてきて、神狼と鈴華を容赦なく引き摺り戻す。

 自分の事は、それでもいいと思える。でも、鈴華には全て忘れ去って幸せになって欲しい。わだかまりや憎しみから解き放たれ、未来を向いて歩いて行って欲しい。


 ただ、どれだけ願っても、神狼が鈴華にそれを与えることはできないのだ。ゴーストである以上、誰も《監獄都市》から逃れることなどできないし、何より神狼がいくらそうであって欲しいと思っても、鈴華自身がそれを望んでいるとは限らない。


 彼女はまだ、《レッド=ドラゴン》を許していない。


 神狼はそれが悲しくて堪らないのだった。   




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ