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東亰PRISON  作者: 天野地人
監獄都市収監編
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第10話 贖罪の在り処

 一方の深雪は、残る青龍刀のような大ぶりの曲刀を構えた《レギオン》と対峙していた。


 最後の《レギオン》は《ランドマイン》を警戒してか、決して深雪を近寄せない。ただでさえ曲刀は攻撃範囲が広く、距離を取らざるを得なかった。鮮やかに翻る銀の刀身を避けるので精一杯だ。しかも深雪がビー玉を地面にばら撒くと《レギオン》はあっさりと後退し、刀の風圧でガラス玉を弾き飛ばしてしまう。


 小さなガラス玉は、軽々と屋上から姿を消し、落ちて行ってしまうのだった。


 幾度かそれを繰り返しているうちに、手持ちのビー玉が尽きてしまった。深雪はしまったと内心で舌打ちをする。幾らアニムスがあっても爆破させる対象が無ければどうしようもない。顔から血の気が引いていく。


 それが表情にありありと出たのだろう、赤神は《レギオン》の後方でにやりと笑う。


「どうした? もう終わりか。……降参してもいいんだぜ?」


 赤神の台詞に呼応するかのように《レギオン》もまた攻めに転じた。真っ黒い影は、音もなく地を蹴ると、深雪の立っているところまであっという間に踏み込んでくる。深雪は屋上の上を逃げ回った。《レギオン》もぴたりとそれを追尾してくる。


「……終わったな」

 神狼はそう吐き捨て、奈落もそんなものかと鼻を鳴らす。おそらく、その場にいる誰もが決着はついたと思った事だろう。

 

 ただ、深雪一人を除いては。


 深雪は《レギオン》から距離を取る為に、横に大きく飛んだ。《レギオン》はすかさずそれを読み、斜めに移動して深雪を負う。彼我の差は僅か一メートルほどだった。


 《レギオン》が青龍刀を構え、地面を踏み込んだ、その瞬間だった。

 影が踏み抜いた床のコンクリートが、乾いた轟音を立てて爆発する。


 それはまさに地雷を踏んだ様に酷似していた。


 《レギオン》はその場に転がり込む間もなく、爆破による爆炎と共に消えて行った。屋上のコンクリートは激しく陥没し、黒煙を噴き上げている。


 静寂が屋上を包んだ。赤神は一瞬何が起こったのか分からない表情をしている。しかしやがて、ゆっくりと口元に笑みを作った。先程深雪が《レギオン》から逃げ回る時に、体勢を崩して手を突いたコンクリート――それが今、爆発した事に気付いたのだ。


「……あの時の、か。成る程、《ランドマイン》ね……!」


 深雪は頷いた。《ランドマイン》の有効時間はおよそ五分。ぎりぎりだった。深雪は肩で息をし、睨むようにして赤神を見つめる。

「……これでいいか」

「オーケー、お見事! 悪かったな、お疲れ」

 赤神は深雪に近づいて来る。その表情には先ほどまでの好戦的な色は既に無く、いつもの軽いノリに戻っていた。


 続いてシロも駆け寄ってきて、深雪の腕に抱き付いて来た。

「すごーい、ユキ! 凄かったよ!」

 深雪はぎょっとするが、シロは無自覚なのか、にこにことしている。

「でも、屋上の床に穴開いたけど……」

 屋上の上に開いたいくつもの穴の方に、気まずくなってそう言うと、赤神は笑って深雪の背中を軽く叩いた。

「いいって、この程度。日常茶飯事だ。それより……結構やるんじゃないか。想像以上で驚いたぞ。っつーか、もっと堂々としてろよ」

「……殺し合いは好きじゃないから。例え、相手がゴーストだったとしても……」

「成る程?」


 赤神は頷くと、背後を振り向いて大声で言った。

「以上です、所長。どうしますか?」

 赤神の背後には誰も居ない。一体誰に話しかけているのかと訝しんでいると、手摺の支柱にカメラが設置してあるのに気づいた。その時になって初めて、今まで監視されていたのだという事に気づく。カメラの隣には小型のスピーカーがあり、落ち着いた中年の男のものと思わしき声が聞こえてきた。


「……いいだろう。雨宮深雪くん……だったね。降りて来たまえ」


 深雪が思わず赤神の方を見ると、赤神は軽快に言った。

「大丈夫だって。うちの所長、顏は怖いけど、性格は……あ、そっちはもっと怖いか。でもまあ、いきなり殺られるってことはないから。……多分」

 微妙に不安を煽るコメントに、深雪は思いきり表情を引き攣らせる。どうしようか迷っていると、シロが「行こ!」と言って深雪の手を引っ張った。そのまま、引き摺られる様にして屋上を後にする。



「……変な奴」

 深雪の後ろ姿を見つめていた神狼は、ぼそりとそう呟いた。神狼は日本人の少年が、この勝負に負けるだろうと思っていた。すぐに諦め、降参するだろう、と。いかにも気弱で根性もなさそうだ。そうする理由もプライドすらも、少年には無いだろうと考えた。しかし少年は最後でナゾの粘りを見せ、おまけに流星の《レギオン》を退けてしまった。

 見かけほど大人しい性格でもないのかもしれない。


「六道は彼を迎えるつもりでしょうか?」

 オリヴィエの問いに、しばらくして奈落が答えた。

「唾はつけるだろう。うまくいくかどうかは別問題だが」

「……可哀想に」

 オリヴィエはどこか哀しげに、瞳を曇らせる。しかし奈落は、何でもない事のようにその言を斬り捨てた。

「どこへ行こうと同じだ。《東京》の中にいる限り……ゴーストである限り、な」


 雨宮深雪が起こした爆発によってできた屋上の穴は、まだ熱を持ち、煙を上げている。雨宮深雪を放出すると言う事は、この爆発が自分たちに向くことになりかねない、という事だ。「可哀想」などと呑気な事は言っていられない。そして、もし仮に味方だったとしても、その危険性が全くなくなるわけではないのだ。

 事務所に新しいゴーストが入る。それは即ち、新しい厄介事が増えるという事と同義だった。





 深雪はシロに連れられて一階に降りた。通されたのは、居間やキッチンのある部屋とは廊下を挟んで反対側にある、奥まった部屋だ。

 シロの方を見ると、こちらに頷き返してくる。

 意を決し、部屋をノックして扉を開くと、三十後半の男が窓際に立っていた。


「入りたまえ。私は東雲六道だ。ここの所長を務めている」


 東雲六道は、痩せぎすの男だった。年齢は三十代後半か。陰気な印象を与えるが、眼光は異様に鋭い。顔の右半分を覆っている、抉られた様な傷が特徴的だった。相対していると、刺すような緊張感を感じる。真っ黒のスーツと、真っ黒のネクタイ。まるで葬儀屋のような格好だが、それがこの男には良く似合う。死神が現実にこの世にいたなら、まさに彼のような姿であることだろう。

 なるほど、と深雪は思った。確かに、外見は異様で怖い。


 書斎は十二畳ほどの部屋で、壁際をびっしりと覆う本棚には、厚い本やファイル類がぎゅうぎゅう詰めになっていた。他には手前に応接セット、奥にはどっしりした重厚な執務机が配置してある。主な家具はそれだけの、実に簡素な部屋だった。天井からディスプレイがぶら下がっている。おそらく、それで屋上の様子を見ていたのだろう。


 男は深雪が部屋に入って来るのを見て取ると、ぎこちない動きで執務机の椅子に座った。よく見ると右手で杖をついている。どうやら、右足が悪いらしい。左手からは金属製の義手が覗いていた。


「赤神を悪く思わないでくれ。君を試すよう指示をしたのは私だ」

 東雲六道は僅かに掠れた低い声で、淡々とそういった。

「何故……そんな事を………」

 戸惑ってそう尋ねると、東雲六道は表情を変える事なく続けた。

「有体に言えば、君をスカウトする為だ。君はまだこの《監獄都市》という街について詳しくは知るまい。外界から閉ざされたこの町にとって、人材は何よりも勝る資源なのだよ」

「………」


 深雪は答えなかったが、状況を理解するのは難くなかった。深雪も実際に、旧フェリー乗り場での熱い人材獲得競争を目にしている。

 問題は、なぜ自分がこの探偵事務所に目をつけられたかという事だ。

 すると、東雲六道は深雪の心中を読んだかのように説明を始めた。


「……知っての通り、ここは探偵事務所だ。だが、君も気づいての通り一般のそれとは業務内容が大きく異なる。我々の仕事はゴースト犯罪を潰すこと。そして、凶悪なゴースト犯罪者を殺すことだ」


 凶悪なゴースト犯罪者を殺す――あまりにもはっきりとしたその言葉に深雪は息を呑み、すぐには言葉を返す事ができなかった。知らず知らずのうちに、両手を握りしめる。

「それは……警察の仕事じゃないんですか」

「そうだ。本来はそうであることが望ましい。犯罪者は警察機構が捕え、司法の下で裁かれるべきだ。だが、現在それは不可能な状態にある。何故なら、ゴーストは人間でないからだ」


 深雪は斑鳩科学研究センターの職員から受けた説明を思い出す。現在、様々な理由があってこの国の法律ではゴーストを裁く事ができない。だからこそ《監獄都市》に移送し、閉じ込める事で外界と隔離する必要があるのだと。 


「その事はおいおい説明するとしよう。私は君を雇いたいと思っている。君はどうする?」

「………殺すのは、嫌です」

 深雪は即答する。しかし。

 


「そうか? かつて《ウロボロス》というチームで旧首都・東京を震撼させたゴーストとは思えない台詞だな」



 《ウロボロス》――その名を耳にし、深雪の心臓は大きく跳ね上がった。


 《ウロボロス》とは、深雪が一時期所属したチームの名だ。

 二十年前、社会の中で居場所を失ったゴーストは、次第に固まってコミュニティをつくるようになっていた。東京の中にも、そういうゴーストの集団があちこちにできていたのだ。今思えば、おそらくその頃からゴーストは広く社会に認知されるようになったのだろう。その中でも特に《ウロボロス》は荒事も辞さない、凶悪な組織としてその名を知られていた。


 しかし二十年も前の事を、どうしてこの男は知っているのだろう。

「何故……その事を……?」

 警戒しつつ訊ねると、東雲六道は事も無げに言った。

「今の若いゴーストは知らないようだがな。我々の世代ではそれなりにインパクトのある事件だった」


 深雪はそこで改めて東雲の年齢に気づく。三十代後半と言えば、二十年前は十代後半だった筈だ。当時、ちょうど深雪と同じ世代だったという事になる。同世代のゴーストが起こした事件。記憶に強く残っていたのかもしれない。


「だったら知ってる筈だ……《ウロボロス》はまともじゃなかった!」

 深雪は声を荒げる。しかし東雲六道はビクともせず、逆に射るような鋭い視線を深雪に向かって投げた。

「意外だな。君はそのまともじゃない組織のナンバー2だったのだろう?」

 ――そんなことまで。深雪は言葉に詰まる。この男は知っているのだろうか。《ウロボロス》が最後にどうなったのか。全て知っていてこんな話を持ち出すのだろうか。


「――あんたは俺を買い被っている。《ウロボロス》には……好きでいたわけじゃない。他に居場所が無かった。あの時と同じことをさせるつもりなら、事務所には入らない」


「成る程。一つ聞こう。……君はゴーストを殺した事があるな?」


 東雲は鋭い眼光に、さらに力を込めた。深雪は、蒼白になる。


「………ッ!」


 心拍数が上がり、汗が噴き出す。体が震え、視線が泳いだ。深雪の脳裏に鮮やかな映像が浮かび上がった。視界を真っ赤に覆い尽くす炎。そして、床を染め上げる夥しい血の海。

 全てが真紅の、地獄のような光景。

 思い出したくない過去が闇の底から這い出る様に甦って来る。


 東雲がその反応を見て、何を判断したのかは分からない。ただ、あとは淡々と告げるのみだった。


「いいだろう。我々の業務も過酷だ。すぐには回答できないだろう。しばらくは試験採用という形にしよう。その間の給料も支払う。尤も……君には必要のないものかもしれんがね」

 すると、東雲は焦げてボロボロになった封筒を取り出し、机の上を滑らせて深雪へと向ける。深雪は、はっと目を見開いた。見覚えのあるものだった。ゴロツキに投げつけたまま、行方知れずになっていた封筒だ。

「これ……!」

 まさか、戻って来るとは思わなかった。戸惑いつつもそれを手に取り、中を開けてみると、キャッシュカードと通帳がそのままの状態で入っていた。奇跡的に無傷だ。


「……君は何かと訳ありのようだな」

 東雲は含みのある言い方をした。

「そんな……大層なことはありませんよ」

 深雪は無機質な声でそう答える。どうやら、東雲は封筒の中身が何であるかも知っているようだ。しかし、東雲はその事についてはそれ以上言及することもなく、「いずれにしろ」、と話を元に戻した。


「……君がいくらゴースト嫌いでも、一人で生きていくことは出来ない。それは人間であろうとゴーストであろうと決して変わる事のない、厳然とした事実だ。考えてみてくれたまえ。……君にとっても悪い話ではない筈だ。話は以上だ」


 ようやく目の前の死神から解放される。深雪はほっとした。ただ会話していただけなのに、ぐったりとした疲労感を覚えていた。

 一刻も早く、この部屋から出てしまいたい。その一心で、東雲の書斎から退出しようとする。

 最後に東雲は言った。


「ゴーストは確かに法では裁かれない。しかし、だからと言って罪も無くなるのだとは、私は思わない。……君はどうやって己の贖罪を晴らすつもりだ? 過去に怯えてばかりいる者には、何も果たすことは出来んぞ」


 深雪は何も言い返すことができなかった。そのまま無言でドアを閉め、逃げるようにその場を去る。

 廊下に出ると、それに気づいたのだろう、シロが向かいの客間から顔を出した。

「お話、終わった?」

「……うん。俺、疲れたから二階で休んでいいかな?」

 深雪はそう言って笑おうとしたが、上手く微笑むことができない。シロは耳を数回、ひょこひょこと跳ねさせる。

「分かった。……ユキ、大丈夫?」

 大丈夫、と深雪は頷く。シロとはそこで別れた。二階への階段を上りながら、自然と昔の事を思い出していた。


 二十年前自分が所属していた組織――《ウロボロス》の事を。



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