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寿限無婚約破棄〜白鳥の愛と書いてはくあいと読む〜  作者: 佐村河内ちゃっぴい


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9/14

逆恨み①

雨の降る夜だった。

窓を打つ雨粒の音が、静まり返った屋敷の中まで響いている。

アレクシスは書斎の机に座ったまま、何時間も同じ帳簿を睨んでいた。

数字を追っているはずなのに、頭に入ってこない。


「……また、赤字か」


指先で頁をめくると先月より支出が増えている。


「旦那様、商会から奥様がお求めになった品について確認がございます」


扉の向こうから使用人の声がした。


「……明日にしてくれ」


「ですが、支払い期限が――」


「明日にしろと言っているだろう!」


「……失礼いたしました」


足音が遠ざかっていき、アレクシスは額を押さえた。

何を見ても苛立たしい。

机の上に山ほど置かれた請求書も、届いたばかりの招待状も、エリシアが注文した家具の見積書も、全てアレクシスが「いい」と言った結果だった。

だが、その言葉はいつからか、自分の首を締める紐になっていた。


     *


「アレクシス様。今度の舞踏会、何を着ていけばいいと思います?」


「先月仕立てたドレスでいいだろう」


エリシアが手を止めた。


「嫌です。同じものを着てきたと思われますもの」


「そんなことを気にする必要があるのか?」


「ありますよ。わたくしはあなたの妻ですもの。あなたが恥ずかしくないように、いつも綺麗にしていたいのです」


エリシアは紅茶を一口飲んだ。

夫の隣に立つなら、美しくある。

それを維持するために必要なものがあるなら、手に入れる。

エリシアにとっては、それが当然なのだ。


「……好きなものを選べばいい」


「まあ。ありがとうございます」


エリシアは笑った。

アレクシスも笑おうとして、口元だけわずかに動かした。


     *


アレクシスは新しい馬車の契約を済ませた帰り、王都の商業地区を歩いていた。

街は人で賑わい、店先には色鮮やかな布や宝石が並んでいる。

店の前を通るたび、金額が頭に浮かび面白くない。

ふと、一軒の宝飾店の前で足が止まった。

店内に並んでいたのは、淡い青色の宝石を使った耳飾りだった。


「ポンポコナー・ポンポコピー・アウレリウス・フォン・エルドヴァーン・ルナセリア・ヴァレンシュタイン・ド・セレナディア・クロノフェルム・アストラエル・ミレニア・ヴェルディア・グランツェリオ・ノクターナ・シルヴァレイン・エーデルグラン・フェルゼリオン・アルカディア・ロゼンヴァルト・エルシオネ・ヴァルグレイス・ソレイユ・ド・リュミエール・エヴァーレイン・クローディア・テンペリオン・アストレイア・ベルクレール・フォン・グランディール・オルフェリア・ミストラル・セレスティア・ヴァン・エルフェリア・ダスクレイン・アルヴェリア・ローデンフェルト・メルクシア・ヴェルノワール・フェアリス・エクリシア・シャルヴェール・エインズワース・モルディア・レイヴンハート・カーディナリア・グリモワール・ネクロシア・ヴァルキュリア・アウレリア・ルクシオン・ノーブルフェル・エターナ・クロノヴェール・フィオレンツァ・ラ・セレネ・アルジェント・ド・アンブロシア・ヴェルサリア・ルナティエール・シルフェリア・エストレリア・オブ・エルドラード・グレイスヴァルト・メルディアナ・ローゼンクロイツ・アストラル・ヴァニタス・エルヴァーン・フェルディナンド・セラフィエル・ルミナリア・グランセリオン・ノクティス・オルディネール・エヴァンジェリア・クロイツベルク・ミレニアム・アークライト・ヴェルデローザ・セント・アルカディウス・ルシエラ・ド・フェルナディア・アストラハイム・エルメリア・ヴァレンティア・シルヴァノクス・ロザリア・テンペスト・エルグランデ・セレスティーヌ・オルタリア・リヴェルタ・グランフェルト・アウストラリス・ルナヴェール・エーデルシュタイン・クロノリア・アルヴァレス・ミスティルテイン・エルシオン・フェルクレア・レグナント・ソレリア・ヴァルハラ・ルミエル・アストリア・ノーブルローズ・グランヴェル・エルドラ・セラフィナ・ヴェルクス・アマランス・クロノセレス・ルナグレイス・アウレリアン・フェルディア・ミラージュ・エヴァーノクス・アストレア・リュミエール・ド・ヴァレンシュタイン・エルフェンリート・シルヴァリア・ノクタリス・グランディオーサ・ロゼリア・アルカナム・ヴェルディアン・フェルゼリカ・セレスティア・ルナティック・エーデルヴァルト・アストラルド・エルメシア・クロノフェリア・ミレイユ・ヴァルセリオン・ソレイユ・ド・グランディール・ノクティア・アルヴェリオン・フェアリーヴェール・ルシフェリア・ローゼンリート・ヴェルサイユ・アストラディア・エルシェリア・ダークレイン・セレナーデ・アルジェンティーナ・クロノス・ルナリア・エヴァーレイン・グランアルカディア・シルフィード・ヴァレンティノ・フェルナンディア・リュシエール・エルドラディア・ノクス・アウレリオン・セレス・ヴァルディア・ルミナス・アストレリオン・フェルクシア・ミストラリア・グランローズ・エーデルリヒト・クロノヴァーン・ソレスタ・ルナエル・アルカディア・ヴェルフェリア・ジュゲム・ノーブルヴェイン・カイジャリスイギョ・ヴァレンティア・クウネルトコロ・ルミエール・ヤブラコウジ・シルヴァレイン・チョウキュウメイ・エヴァーレイン……」


アレクシスは眉をひそめた。

なぜ今、彼女を思い出す。

そのとき、後ろから声がした。


「アレクシス様?」


ドキリとして振り返ると、知り合いの貴族だった。


「お久しぶりですね。最近はヴァルグレン家のご令息のお話をよく耳にしますね」


アレクシスの眉が動く。


「ご存じでしょう? ジークフリート殿の婚約が正式に決まったとか」


「……そうなのか」


「しかも、あの王国一長い家名の家のお嬢様でしょう? 随分とお似合いだそうで。社交界でも評判ですよ。ジークフリート殿は以前とは見違えるようになったとか。ポンポコナー嬢も、ずいぶん楽しそうにしているそうです」


「そうか」


それだけ言うのが精一杯だった。


「では、私はこれで」


アレクシスはその場に立ち尽くした。


「……私が捨てた女だぞ」


誰に聞かせるでもなく呟いた。

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