婚約破棄②
滔々と告げられたそれはあまりにも長く、よく噛まずに言えたものだ。
静まり返った大広間に最後の一言だけがやけに鮮明に響き、ポンポコナーは瞬きをした。
生まれてから十七年、名前を呼ばれるたび、相手の息が続くかどうかだけを心配する人生であった。
「……理由を、お聞かせいただけますか。アレクシス様」
向かいに立つ婚約者、アレクシスは眉間に皺を寄せた。
「理由なら明白だ。君の名前は長すぎる!」
アレクシスは胸を張り、鼻の穴を膨らませ、忌々しげに答えた。
広間の貴族たちがざわめいた。
「私は以前から思っていたのだ。君と結婚すれば、私の名のほかにあの家名を名乗らねばならない。私が正式な書類を書くたび、署名欄が家名だけで埋まる!晩餐会で君を紹介するだけで夜が明ける!あぁ想像しただけで気が遠くなる!」
「それは、さすがに大げさでは……」
アレクシスは机を叩いた。
「大げさではない!私はもう、耐えられない!」
その言葉に、ポンポコナーの胸がちくりと痛んだ。
彼女は自分の名前を誇りに思っていた。
家名を間違えられるのは日常茶飯事で、途中で省略されることにも慣れている。
それでも、一つ一つの音に意味や先祖の願いが込められた、由緒正しき名前であった。
「……わたくしが長い名前を持っていること。それが、それだけが、婚約を破棄する理由なのですか」
アレクシスの肩が、一瞬だけ揺れた。
だが彼はすぐにポンポコナーを睨みつけ、はっきりと言い放った。
「そうだ!それで充分だろう!充分すぎるくらいだ」
ポンポコナーは俯き、拳を握りしめ、こみあげる感情に耐えていた。
アレクシス様はわたくしという人間を知ろうともせず、名前だけを見て切り捨てる。
きっと彼にとって、わたくしは最初からその程度の存在だったのだ。
長い名前が嫌だったのではなく、嫌いになったわたくしを正当化するために、名前を使ったのではないか。
「……承知しました」
ポンポコナーは静かに頭を下げた。
*
大広間を出たポンポコナーは、侍女に促されるまま廊下を歩いた。
磨き上げられた床には窓から差し込む灰色の光が滲み、靴音だけが響いている。
侍女が何度か声をかけようとしたが、結局何も言えなかった。
ポンポコナーもまた何も言わず、ただ胸元で両手を重ね歩き続けた。
婚約を破棄する。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
十七年間、当然のように存在していた未来がたった一言で消えた。
アレクシスと結婚し、彼の家へ嫁ぐことが果たして幸せだったのかと問われれば、今となっては自信がない。
けれど、ポンポコナーはその未来に向かって生きていた。
明日も、来月も、一年後も、その先も、すべてが一本の道のようにつながっていると思っていた。
それが突然、目の前でぷつりと途切れた。
嘲笑うかのように窓の外では雨が降り続いていた。
ざあざあと鳴る雨音のほかに、動き出した小鳥の囀りが聞こえた。




