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寿限無婚約破棄〜白鳥の愛と書いてはくあいと読む〜  作者: 佐村河内ちゃっぴい


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白鳥の愛と書いてはくあいと読む

「この薬を飲むと舌の廻りが良くなります。私が今から試しに一粒飲んでみることで薬の効果をお見せしましょう。そら向こうの胡麻がらは荏の胡麻がらか、真胡麻がらか、あれこそほんの真胡麻がら。がらぴいがらぴい風車……」


国境に近い寒村でひとりの男が薬を売り歩いていた。

粗末な荷箱を背負い男は村から村へと移動していく。

かつて貴族の屋敷で暮らしていたとは思えないほど、その衣服は擦り切れていた。

男の名はアレクシス、爵位を剥奪され王都への立ち入りを禁じられた元貴族である。


「傷薬なら、少し安くしておきます。傷口を洗ってから使ってください」


差し出された銅貨を受け取り、アレクシスは薬を渡した。

薬の調合方法はエリシアと暮らしていた頃に覚えたものだった。

エリシアは体調を崩しやすく、少しでも具合が悪くなればすぐに医師を呼びつけた。

アレクシスはそのたびに薬の成分や効能を尋ね、いつしか簡単な薬なら自分で作れるようになっていた。

エリシアの役に立てることが嬉しく、彼女を選んだことは間違いではないと思い込もうとしていた。

だが、夜になると、別の記憶が浮かび上がる。

アレクシスを見下すようになった態度と、机の引き出しに隠した一冊の日記。


『エリシアを始末する。病死に見せかけ財産の一部を取り戻す。あの女さえいなくなれば、すべてをやり直せる』


その一文を見つけたのは、エリシア本人だった。


「これは何ですか?」


アレクシスの顔から血の気が引く。


「違う。これは……」


「わたくしを殺す計画を立てていたのですか?」


「だったら何だ、お前が私を追い詰めたからだ!」


口から飛び出た言葉に、アレクシス自身が驚いていた。


「あなたはポンポコナーを捨てて、わたくしを選んだ。それなのに、わたくしが思い通りにならなくなったら今度は殺すのですか?」


エリシアは冷たく笑った。


「エリシア、話を聞いてくれ」


「嫌です、当然あなたとは離婚しますわ。いい機会です。あなたがわたくしを選んだことも、わたくしがあなたを選んだことも、全部間違いでした」


エリシアの瞳にあったのは誰かを魅了するための輝きではなく、自分の身を守るための鋭い光だった。

アレクシスを愛していたのか、それとも自分が選ばれたという事実を愛していたのか。

その答えはエリシア自身にも分からない。


     ◇


「ポンポコナー様、どうかこちらを」


侍女が差し出した純白の衣装を見て、ポンポコナーは悪戯っぽく笑った。


「……この裾、わたくしの名前より短くないかしら?」


「比較対象が間違っております、ポンポコナー様のお名前より長いものを探すのは至難の業ですよ」


「それもそうね」


身支度を済ませると、部屋の外では礼装に身を包んだジークフリートが待っていた。

白い髪を整えた彼は以前の奇抜な白鳥姿とは別人のように見えるが、その瞳に宿る柔らかな光は変わらない。


「ポンポコナー。今日の君はとても美しい」


「ありがとうございます。ジークフリート様も素敵です」


ジークフリートの顔を見た途端、これから結婚式だという事実を実感し、照れくさくてポンポコナーは目を伏せた。

大聖堂の扉が開き、集まった人々の視線を浴びながらポンポコナー達は歩き出した。

ジークフリートが祭壇の前に立ち、迷いなくまっすぐに彼女を見つめている。


「私は、あなたを愛すると誓おう。二度と見失わない」


誓いの言葉は飾り立てられていなかった。

ポンポコナーはジークフリートの手を取った。


「わたくしも、あなたを愛すると誓います」


緊張のあまり声が震えていた。

二人は顔を見合わせ笑い、祝福の拍手が大聖堂いっぱいに響き渡る。


     ◇


ポンポコナーの正式な名前を読み上げようとした司祭が、途中で何度も息を継いだ。


「アルカディア・ヴェルフェリア・ジュゲム……」


司祭がむせ返り、会場の空気が静まり返る。

ジークフリートがそっと助け舟を出した。


「エヴァーレイン家のポンポコナー様で」


「省略しすぎよ!」


即座にポンポコナーの母から抗議が飛び、会場に笑い声が広がった。

ポンポコナーも心の底から楽しそうに笑っていた。


     ◇


夜、二人は屋敷の庭にある池のほとりに立っていた。

水面には月が浮かび、風が吹くたびにその姿を揺らしている。


「ジークフリート様、もう白鳥になりたいとは思わないのですか?」


ジークフリートは水面を見つめたままポンポコナーの手を握った。


「思わない。人間の私として君の隣にいられればそれでいいからな」


ポンポコナーは、彼の肩に頭を寄せた。


「それなら、白鳥の衣装は大切にしまっておきましょう」


「……たまには着てもいいかな。シスネは心の友だからな」


「正式な場で着るのはやめてくださいね」


「善処しよう」


「その返事は信用できませんね」


二人の笑い声が静かな庭に溶けていく。


「戻ろうか、ポンポコナー」


「ええ、ジークフリート様」


二人は手をつないだまま月明かりの庭を歩いていった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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