三百冊に載っていない恋(後編) (最終話)
※本編完結後のお話です。
自分の心臓の音うるさい。
(まって。私、今、クロードさんに抱き締められて…リアル背中トントンされてる!)
急に我に返る。
「あ、あの、ありがとうございます…落ち着き…ました…」
「…ほんと?」
背中に当てた手が止まる。
「ええ、ですから…そろそろ…」
抱きしめていた腕の力が抜け、少し名残惜しそうに離れるけど、クロードさんはまだ近い。私の手を優しく握り直し、クロードさんが私の顔を覗き込む。
「僕の気持ち、伝わったかな?」
「~~~っ……は…はい…」
目が見れない。クロードさんの前では三百冊の知識は、なんの役にも立たないことを今、思い知る。
このお返事は、後日改め――
「じゃあ、ちゃんと伝わっているか、最後の答え合わせをしましょうか」
「…へ?」
答え合わせもなにも、そのままの意味では…?
「では、問題です。この手紙は、誰が誰に何を申し込んでいると思いますか?」
口に出すと、少し恥ずかしいけど――
「く、クロードさんが…私に…その…」
「その?」
「その…こ、こ…こ、コウサイヲモウシコンデイルゥ!」
一瞬間があいた。
「…なるほど。ソフィ殿はそのように解釈したんですね」
え?それ以外なにがあるというのでしょうか?正解ですよね?
「では仮に、そうだったとして、お返事はどのようなものになるのでしようか?参考までにお聞かせ願いますか?」
おおおおおお返事は今ですか?!
「そ、それは…もちろん…」
「もちろん?の、あとは?」
そう問われ、ハッとなった。ダメ。この恋は進めてはいけない。クロードさんへの気持ちは伝えてはダメ。
「…ほら、また余計なことを考えている。こっちを見て下さい、ソフィ」
「……」
「ソフィのホントの気持ちを知りたいんだ。僕じゃダメかな?」
ずるいです。そんな聞き方。
「…ダメじゃないです…。ク、クロードさんのことは…好きです…でも」
「…でも?」
言いたくなかった胸の内を、埋まらない事実をつげる。
「私は、商家の一人娘で、あなたは男爵家のご子息…でしょ?」
「僕は男爵家の三男だよ?」
「それでもです、平民と貴族ではつり合いが取れないじゃないですか…」
その場が凍り付くのが分かった。でもこれでいい、恋愛ごっこの末にお互い傷つかなくていいもの。
「今は、そう思ってくださっているかもしれないけど、その内、気持ちが冷めて、やっぱり私なんかより、貴族で話しの合うご令嬢からの縁談を受ける方がいいって――そう思うに決まってます」
「それ、本気で言ってますか?」
「…っ」
それから、クロードさんは、ふぅっと、ため息をつき、話し始めた。
「僕の質問の仕方が悪かったようです。ですが、あなたの口から好きだと言ってくれたことは収穫ですね」
「…」
「ソフィ、この手紙は交際の申し込みではありません」
「…へ?」
「プロポーズです」
えーーーーーーーーー!!!!!!え?え?ええ?…いや、でも同じこと…?
「ハッキリさせていきましょう。仰るとおり、私はヴェルナー男爵家の者です。長男は結婚し、家を継ぎました。そして男児が三人います。次男も騎士で結婚していて男児二人女児二人。私は、ヴァルテンベルクの財務に携わることで、あえて結婚で政略的な繋がりは必要ないと、両親から告げられています、つまり”好きにしろ”と」
「は…い…」
「そして、商家の一人娘である、あなたやご家族は、婿養子を探している」
「…えぇ、まぁ…」
「ここにいるじゃありませんか?丁度いいのが」
「ちょ、丁度いいなんて…養子ですよ、貴族ではなくなるんですよ?それにクロードさんはもっと素敵な人が…」
「それは、ソフィの考えです。僕の考えは違います。僕は結婚するならソフィとしか考えられません。貴族であることに何のこだわりも無いのです。あなたの隣に居れるのなら喜んで捨てますよ」
「…っ。で、でも、財務のお仕事を大切になさって…」
「もちろん。ですので、商団と財務の仕事を両立していいか閣下に聞きました。返事はOKです。もちろん侍女の仕事も継続可能です」
「だけど…商団の方は…」
「それも、貴女のお父様に確認を取ってみたのですが――――」
スッと出されたミレット商家の便せん。
「……パパ…」
「そうです。要約すると、何ら問題はなく”願ったり叶ったり”だそうですよ。不安は無くなりましたか?」
そう言って小さな箱を開いて私の前に置いた。クロードさんの瞳の色…ペリドットの指輪。
「ソフィ嬢、私と結婚してくれますか?」
◇
翌週。
左手の薬指にはクロードさんから頂いた婚約指輪。午前中にお仕事を終わらせ、午後からは私の実家、そして翌日にクロードさんのご実家であるヴェルナー男爵家へ結婚の挨拶をしに行く予定だ。
仕事の合間に時間が出来たので、荷造りを先に済ます。
私の本棚には今、三百一冊目”主たちの観測日誌”世界にたった一冊の私の主の恋物語。と、その横には三百二冊目の”業務連絡帳”。きっと誰にも分からない私とクロードさんの恋の記録。
「さぁ、お嬢様の書斎を片付けて出発しないと!」
テキパキと書斎の机を整える。手紙、書類、本…。
「ん?」
見慣れない帳面があるのを見つけてしまいました。表紙には『観測日誌』。
(なんだか親近感が…)
そして表紙をめくると、ご夫婦の筆跡で、こう書いてありました。
『対象:ソフィとクロード』
「んな!!」
――観測者もまた、観測されている。
ギルモアさん、あの文言、そういう意味でしたか!!
(完)
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本作品は、婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定だった転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~のスピンオフ作品です。
本編の裏側をお楽しみいただければ幸いです。




