5.Cafe Time with you(26)
26.消えたサブキャラ君
私達は仕事をやり遂げ、落ち着いた日々を過ごしていた。
定時で帰れる日々。
仕事中の和やかな雰囲気。
控えめに言って……最高です。
「山本さん、明日と明後日は樹さんのサポートをお願いします」
石川さんがそう告げる。
「えっと、……はい。わかりました」
サポートの意味が分からなくて聞いてみたかったが、兄本人に聞けばいいので素直に受け止めた。
石川さんの表情は硬かったが、深く考えなかった。
「お兄ちゃん、明日からのサポートって?」
帰宅早々、仕事のことを尋ねた。
兄の表情も、硬い。
「どうかした?」
尋ねても、なにも答えてくれない。
「……」
きっと、蓮さんのことが気になっているのだろうと思い、そっとしておくことにした。
翌朝、リビングにも寝室にも兄はいない。
(朝からシャワー?)
浴室からも音が聞こえない。
「……お兄ちゃん?」
少し怖くなって呼んでみた。
でも、返事はない。
玄関にもお気にいりのスニーカーが消えていた。
ピンポン
玄関チャイムが鳴った。
モニターに映った雪ちゃんの顔が青ざめている。
「雪ちゃん!どうしたの?!」
急いで鍵を開け、彼女を迎える。
「お兄ちゃんが、血相変えて出ていっちゃって。それから連絡取れなくて」
体が震えている。
歯も、カチカチと音を立てている。
手を握ると、冷え切って氷のようだ。
「雪ちゃん。とりあえず中に。今飲み物を入れるから」
急ぎソファに彼女を座らせ、キッチンへと向かう。
シナモンをパキっと折り、潰されたカルダモンの種子と皮、クローブを少量の水で煮立たせる。沸騰したら火を止め、セイロンの茶葉を少し多めに入れ2分待つ。その後牛乳と少しの黒糖とすりおろしたショウガを入れ、沸騰直前まで火にかける。
茶こしで濾した特製チャイ。そっと彼女の目の前に置いた。
泣きそうな顔をしている。
数日前は楽しそうにしていたのに……。
「雪ちゃん、どうしたの?」
小さく尋ねてみた。
小さな口が何度も開いては閉じ、目には涙が浮かび始める。
「……あの、大したことじゃ、ないのかも、なんだけど……」
意を決した雪ちゃんは詰まりながら話し始めた。
「あのゲーム、もう1度初めからして欲しいって言われて、やり始めたの知ってるよね。
前にはなかったサブキャラと一緒に冒険したり、クラフトしたりしていたの。
そのサブキャラとたくさん会話して楽しかったんだけど、昨日喧嘩しちゃってね。
今のAIって喧嘩もできるようになったのかな?」
“喧嘩は、できないはずだよ。雪ちゃん”
そう言いたくなったけど、今じゃないのだと、本能的に言葉を飲み込んだ。
「それでね、今日ゲームを立ち上げて続きをしようと思ったらね、サブキャラ君がね……消えちゃったの――。その後、お兄ちゃんに電話がかかってきて、出ていっちゃったの」
溢れた涙は、頬を伝い、ポタリと彼女の手に落ちた。
私は、背中を撫でてあげることしかできなかった。
兄と哲平さんは、どこに行ったのだろうか。
哲平さんへの電話は、病院から?
蓮さんの容態が悪くなったのかもしれない――。
悪いように考えていく私も、気が付けば涙を流していた。
プルプルプル…… プルプルプル…
私のスマホが鳴る。
画面には“お兄ちゃん”の文字が浮かぶ。
スマホを持ち上げ、指を右にスワイプする。
「……もしもし」
声の震えが、――止まらない。




