跋章
薄暗い部屋にキースの両親、ダンとロッシーが顔を付き合わせていた。
「あんた、どうするよ」
ダンは腕を組んだ。
「まさか、そっちの方に行くとは思わなかった」
「あたしだってそうさ。まさか術に興味を持って帰ってくるなんて、思いもしなかったさ」
キースが生まれてから今までを、ダンは思い起こしていた。
「んー…… まあ、片鱗はなかったわけじゃないが…… しかし、クラーク・マックスウェル様直々とは参った」
ロッシーも大きく頷いた。
「で。元服したら出す気なのかい?」
ダンはガイルの父親ショナの言葉を思い浮かべた。
「ショナは元服前に出しちまうつもりらしい。確かに早ければ早いほど覚えはいいしな」
ロッシーは目尻を思いっきり下げた。
「そんな…… あの子はまだ数えで十二だよ。しかもやっと遣いが出来たばかりじゃないか。いくらなんでも早過ぎやしないかい」
ダンはロッシーに苦笑いを浮かべた。
「可愛いのは分かるが、お前のその思いで、キースの未来を潰しちまうのか?」
ロッシーは前掛けで顔を覆った。
ダンはロッシーの隣りに座り、ロッシーの肩を抱いた。
「俺だってキースは可愛い。もし、ガイルが元服前に出るなら一緒に出してやりたいんだ。一人で出るよりガイルがいればあいつも心強いだろ」
ロッシーはダンの胸に顔を埋めた。
「手が掛からなかった子だけど、こんな短い時間であんなに成長しちまうなんて……」
「なに。上の子達より、子供時代が短かっただけだ。俺とお前の子には変わりないだろ?」
ロッシーはダンを見上げた。
「あんた……」
「お前じゃないか、獅子が谷に子供を落とすって言ったのは。這い上がって来た子供は強く成長するもんだ。あの時のお前の言葉は間違っちゃいない」
ロッシーは頷いた。
「キースは男の子だものね。あたしよりあんたの意見がいいよ。あたしはどうしても手放したくなくなるから」
ダンはロッシーの背中を軽く叩いた。
キースは窓辺に座り、月光が照らす庭を見詰め、旅で出会った人間達を思い出していた。
ミルーナ、クーイット、エルファンド、オーパ、そして、アバン・ヘルム。
アバン・ヘルムの言動や表情を思い出す度に、赤と青が跳ねる。
キースは手を組み、腕を突き出し、あの似非ミルーナ達を倒した時を再現してみる。
赤と青はただグルグルと回り、あの時のように完全に交ざり合うことはなかった。
だが、自分の中に確かな物があった。
『僕は手伝っただけだよ』
頭の中にアバン・ヘルムの言葉が過ぎる。
キースはサイドテーブルに積まれている本を見た。
出発前と今では何が違う。出発前はあんな不安で心配だったのに、今は何もない。むしろ、ワクワクしている。
「キース、早く寝なさい」
「はーい」
キースは扉の向こうから聞こえてきた姉の声に慌てて、ベッドに潜り込む。
キースはいつものように枕元にランプを引き寄せ、アバン・ヘルムにもらった本の背表紙を見て、本を一から順番に重ね直した。
一番最初に読むべき本を手に取り、表紙を開いた。
この本を手にする君へ
この本を開いた瞬間から、君の中で、何かが生まれた事になる。
何が生まれどう育つのか、私には分からない。
だが、君は、いつか、何が生まれどう育ったのか、分かる日がくるだろう。
未来、君が私の側にくる事を切に願う。
著者 クラーク・マックスウェル
了
最後まで、後書きまで、お付き合いいただき、まことに恐縮です。
初の企画物でひっさしぶりの投稿(ほぼ初投稿)、お楽しみいただけたでしょうか?
いやあ……
(・ー・;)ゞポリポリ
書いておきながらなんなのですが、今更ながら、子供って何を思い何を考え、何に感動し何を思って泣くのか、全く分かりません。いや、遠の昔に忘れてしまいました。
必死に思い出そうとし、周りの子供達を観察し……
そうとう怪しい視線を感じていただろうなあ、子供達。
補足を少し……
本編中にクラーク・マックスウェルが騙った名前『カルブバーリドゥ』は、アラビア語で『冷たい心臓』と云う意味を持つ言葉です。
『冷たい心臓』を英語にすると『cold heart』。
『cold heart』は慣用句でして、日本語にすると、『血も涙もない』になります。
はい。
マックスウェルは自ら『血も涙もない』と名乗ったわけです。
『アメリクサ』はこの話の世界で貴重石の一つです。うーん、リアルでいうなれば、発掘量の微量のアレキサンドライト級でしょうか。あ、ただし、クズ石は除いてです。
アメリクサのクズ石でも、術士は欲しがります。たとえクズ石でもかなりの術力増幅効果のある石だからです。
この世界の謂れで、アメリクサは術士の死後生まれくる石だと云われています。
もちろん、造語です。
久しぶりに短期集中執筆をしました。正味二週間といったところでしょうか。
うん年前まではPCで執筆活動をしていたのですが、諸事情でPCをインターネットに接続出来なくなり、今ではケータイで執筆活動……
さすがに親指が腱鞘炎気味です。
これからは少しづつ、作品を増やしていこうと思いますので、のんべんだらりお付き合い下さいませ。
2008年5月吉日
剣崎 輝拝