気づいてほしい……[side リオン]
この話は、前から書いてみたかったエピソードなのです。ですが、本編では話の展開上入れることができそうにないので、思いきって番外編という別枠を作りました!
これから本編が進んでいくにつれて、こちらも増やしていきたいなと思っています。
「いつもありがとうございます」の方も、「初めまして」の方も、楽しんで頂ければありがたいです。
ローザリカの婚約の話が出る前、彼らが15~16歳頃のお話です。
「……あ……」
オレは、執務室の窓から彼女を見付けた。
この場所から庭園を見渡す事は、既に日常の一部となっている。
ローズ……。
めずらしく彼女は、そこで一人だった。
この朗らかな日和に心地良さを感じていたのだろうか。
東屋で両手の上に顔を乗せ、無防備に眠りに落ちてしまっていて、その愛おしい寝顔を片側にあらわにしている。
安らかな夢でも見ているのだろうか。彼女の口元は、微かに微笑んでいるように見えた。
あんな所で一人でいたら危ないだろう……!!
オレは居ても立っても居られず、クライドにはその場で待機するように言い付け、ローズの下へ向かう。
彼は幾らか訝しげな顔をしたが、とりあえずは主の命に従い、そこへ留まった。
――後々振り返ってみれば、その時のオレの行動は「ローズを守らなければ」という使命感よりも、ただ彼女の傍に行きたいという情動に突き動かされていただけなのかもしれない……。
――――オレは、急いで城を出た後、東屋へ向かう前に「ある場所」へ出向いた。
そして、そこで用件を済ませると、直ぐに本来の目的地へ向かう――――
そこには先程と同じく、気持ちよさそうに眠りについている彼女がいた。
この東屋自体、ローズもリーリエも非常に気に入っているようだ。純白で上品な佇まいを醸し出しており、彼女たちのため、庭師やメイドらによって常に美しい状態にされている。
ホッとすると同時に、何だか落ち着かない自分もいた。
きょろきょろと辺りを見回してみる。少し離れた所に幾人かの兵士たちがいるが、どれも見知った人物ではなかった。
気付かれないだろうか……?
そんな不安を抱えながらも、そうせずにはいられなかった。
オレは、ローズのすぐ隣にある椅子に腰掛ける。
そして、彼女と同様に両手の上に自身の顔を乗せた。それから、彼女の顔をじっと眺める。
長い睫毛が揺れているのがわかる程、すぐ近くにお互いの顔がある。けれど、その碧い瞳たちがぶつかり合う事は無い。
手を伸ばせば届く距離。なのに、オレたちの「心」の距離は、こんなにも遠い……。
「……ふっ……」
自然と口元が緩んで、笑みを零してしまう。
ドキドキしてる……。
毎日、顔を合わせている筈なのに何故だろうか。ずっと、その寝顔を見ていたいと思ってしまう。
これからも先も、おまえの寝顔を見ていられるのなら、どんなに幸せな事だろう……。
いつの時か、そんな日がやって来るのではないだろうか……。
そんな願いを込めながら、オレはアルダンの王となるべく日々父上から教えを乞うている。
オレは、この心をローズに満たしてもらいたい、包んでもらいたい……辛い時、涙を拭ってもらいたい……。
それを「糧」にして乗り越えてる、踏ん張ってる。
――それだが、唯一の「望」だから……。
だから、それまで待っていて……。
父上に認められたら、その時は……――――
――――「……ん……?」
彼女は、その碧い瞳をゆっくり開いた。
「あっ、眠ってしまったのね……」という風に驚いた顔をしている。
オレは、ローズから死角となる少し離れた場所で、彼女の様子をそっと窺っていた。
自分の背後には、無数の葉や茎で覆われた深紅の天竺葵が咲き誇っている。それは自身が思い描く、別の「薔薇」を想起させた。
「あら……?」
彼女は、目の前に存在している「あるもの」へと目を向ける。
「え……?ピンクの、”薔薇”……!?」
彼女は目を丸くして、急に現れたモノへの驚きを隠せずにいる。
薔薇を手にして、じっと眺めている。そして、口元に手を当て左右に小首を傾げながら、それが表す意味を暫く推し量っているようだ。
その姿が何とも愛らしく、オレは思いがけず、どきりと一度大きく心臓が跳ねてしまった。
かっ、かわいい……。
カーっと、顔が熱くなっていくのがわかった。
急に、強く抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
ローズは、それに見当を付ける事を諦めたのか、それとも気が付いてくれたのだろうか……。その表情から読み取る事は出来ないが、「ふふふっ……」と微笑んだのだ。その笑みは、幼い頃オレに向けてくれた笑顔と同じだった。
再び、どきりと心臓が激しく波打つ。
バッと、瞬間的に視線を逸らしてしまう。そして、ぐっと胸に手を添えた。
ドクドクと、そこが苦しくなる程の鼓動が、体中を覆い尽くしていく。
また、あの笑顔を目の前で見たい。オレのために微笑んでほしい……。
そして、早くローズに触れたい、触れてもらいたい……!!
そんな夢を追いながら、既に長い年月が経ってしまった。
けれど、そんな日は本当にやって来るのだろうか……。
口を開けば、彼女へと憎まれ口を叩いてしまう。
本当は、素直になりたいのに……。
それに、もしまたローズに拒絶されたら……?
「希望」を生き甲斐にしているのに、もしも、その先に待っているものが「絶望」であったなら……?
それを想像して、ぞくっと身を震わせる。
恐い……!!
そんな事、考えたくもない……!!
だからお願いだ、ローズ……。
オレが、おまえや家族たち、そしてアルダンの民を守れる王になるまで、誰のものにもならないで……。
それは、オレの勝手な言い分でしかないのかもしれない。
彼女は、そんな事を望んでいないのかもしれない。
けど、オレはおまえを守っていきたい。傍にいたい……!
もう二度と、ローズを失うような辛い想いはしたくないんだ……。
……あ……
視界の隅で、彼女が椅子から立ち上がるのが見えた。
その手には、ピンクの薔薇。
次の瞬間――
「あっ……」
ローズは、穏やかな表情をさせながら、その薔薇に口付けたのだ。
それはまるで、オレにそうしてくれたみたいな感覚になって、きゅっと胸の奥の方が切なくなった。同時に、寂しさや哀しみ……。そんな負の感情さえも、包み込んでくれるような温かさを感じる。
「……ローズ……」
思わず彼女の名を呟く。
いつかまた、あの笑顔と共に「リオン」と呼んでくれるだろうか?
オレはそんな日を夢見ながら、ローズとは逆方向へと歩き出した――――
そのうち、リーリエとリオンの兄妹話も書いてみたいなと思ってます。