第1話 優等生
優等生。
それは真面目で、模範的で、勉学も、部活も、運動も、全てをしっかりこなす者の総称である。
彼ら彼女らは授業でも、委員会でも、部活でも、生徒会でも、手を抜くことなく積極的に参加する者。
勤勉なる者を指す言葉であった。
少なくとも、俺はそう想っていた。
彼女に出会うまでは。
▽▼▽
「なあ、音間。お前の幼馴染み、紹介してくれよ」
「うーん。それは海斗が頑張ることじゃないか?」
「マジかよ。お前、友達だろ?」
「あの寧がそう簡単に落ちるわけないだろ……」
俺は肩を落とし海斗を見る。
教室の入り口付近でざわざわと賑わっている声が聞こえる。
「天使の登場だな」
俺が茶化して言うと、賑わっている間を通り抜けてくる一人の少女。
「はー。寧ちゃん、マジ天使」
「寧は天使じゃねーよ。それからあいつは三見だ」
三見と呼ばれた天使こと少女は銀髪の髪を揺らし、席につく。
「ほんと、よく飽きもしないわね」
座っている俺の頭にもにゅっと柔らかなものが二つ。
「寧。わざとだよな?」
「え? なにが?」
「うおおおおおおお。音間! お前ぇええぇ!?」
「あははは! ごめんね! 原くん」
寧は原海斗に謝っているつもりはないだろう。
こいつ。海斗をもてあそんでやがる。
「疾風は三見千歳さんが気になる?」
寧とは幼馴染みで仲は良い。
同じ病院で産まれ、隣の家で、自室の窓を開けるとそこが相手の部屋になっている。
つまり王道ラブコメの幼馴染みと一緒なのだ。
その黒髪ボブで小柄な身体を好む男子生徒も多い。
それに対して三見千歳は背がすらっとしていて、胸が大きい。全体的に線が細い。銀糸のような長い髪は編み込まれていて、可愛らしい。
運動も学業もできて、さらには一年にして生徒会長。容姿端麗。
いわゆる優等生だ。
その立場から誰が言ったか知らないが「天使」と呼ばれている。
だが知っている。俺は彼女の「小悪魔」を。
▽▼▽
「ほーら。早く!」
俺は三見の小さい背中を追う。
「待てよ」
「うふふ。なんだか楽しいね♪」
「あー。はい」
「そこで冷静にならないの、音間くん」
立ち止まると三見は上目遣いでこちらを見つめてくる。
「契約、忘れていないよね?」
「まあ、そうだな」
契約とはこの間、俺と三見が結んだものである。
三見との出会いであり、俺との秘密の関係に影響を及ぼした契約である。
この契約に、俺は不満を持っている。
普通の男子高校生からしてみれば、銀髪美少女からの契約など――秘密の関係は酷く羨ましい事態なのかもしれない。
が、俺にとっては完全に呪いでしかない。
俺の目的がこの金津高校に入学することだからな。
目的とは一致しないが、彼女がつかんだ俺の弱味は消し去りたい。
あれは俺の人生の汚点だ。
それを握っている彼女はたぶん俺を嫌っているはず……はずなのに。
なのに三見は俺のそばにいることを選択した。
彼女が何を期待しているのか、何を思っているのかは分からない。
「契約を破棄したらどうなるか、分かっているよね?」
俺の首元をつかむ三見。
「ね?」
迫力満点の顔で俺はこくこくと頷くしかなかった。
優等生の陰見たり。
これで優等生というのだから、驚きである。
まるでラブコメマンガに出てくる不良主人公である。
そんな彼女はなんでこんなに優等生と言われているのか、ちっとも分からない。
鬼分からない。
がば分からない。
「はー。俺の青春はなしだな」
悲観して呟くと、三見は風になびく長い髪を抑える。
「わたしとは、……うぅん。なんでもない」
「なんだよ?」
俺は彼女の言いかけた言葉の続きを知りたくて追求するが、彼女はすぐに話題をそらす。
「それより、キミ、占い信じる?」
「良い占いならな。悪いのは信じない」
顔をそらし、メッシュフェンスの向こうに見える山を見つめる。
「良かった。キミの牡羊座は二位だったよ」
「……そうか」
俺の誕生日、教えたっけ?
「ふふ。なんで分かったって顔しているね?」
「ああ」
なんだか不気味で、ぞわぞわとした雰囲気に飲まれそうになる。
三見はそんなに悪い奴じゃない。
それはこの学校の全員が持っている共通認識である。
だが、俺は知っている。
そんな彼女が実は小悪魔なこと。
彼女は俺に色々な意地悪や、からかいをしてくる。
ともすればエゴとも言えるそれは、普通の男子高校生にしてみればご褒美なのかもしれない。
俺には理解のできない話だ。
目立ってはいけないというのに。
俺はあの事件以来……――、
「ラッキーアイテムは『日傘』だよ。はい」
三見は折りたたみ式の日傘を差し出してくる。
「え。なに?」
「ん? 占いのラッキーアイテムの日傘だよ?」
「あー。はい」
女子ってなんで占いなんて信じるのだろう。
俺には理解できない。
「さっさと受け取る!」
「ああ。分かったよ」
俺はそのピンク色の傘を渋々受け取る。
昼休みの終わる鐘の音がなる。
「じゃあ、ね。今日はありがと!」
三見は手を振って屋上からの階段を降りていく。
高校の屋上に取り残された俺は、独りごちる。
「別に……」
三見には聞こえていないだろう。




