第56話 反省
翌日、リビング。
「ごべんなざい……」
パンパンに顔を腫らしたユークが、床に座って謝っている。
そのすぐ横では、アウリンが腰に手を当て、じっと彼を睨みつけている。顔には明らかに怒りの色が浮かんでいた。
「ええっと……どういう状況なの?」
今日は休みだと思って遅れて起きてきたヴィヴィアンが、椅子に逆向きに座り、背もたれに両手と顎を乗せたセリスに問いかける。
「ユークがちょっとやりすぎたみたいで、怒られてる」
「えぇ……」
さらに困惑するヴィヴィアン。
「私、言ったでしょ? やめてって! なんで止めてくれなかったのよ!」
アウリンが語気を強めてユークに詰め寄った。
「“やめて”って言っても、本当は“やめないでね”って意味だって言われたから……」
顔を腫らしたユークが、しょんぼりとした表情で言い訳をする。
「誰に言われたのよ、そんなこと!」
アウリンが怒りをあらわにすると、ユークは思わずといった様子で、ちらりとセリスの方を見る。
アウリンが視線を向けるとセリスは気まずそうに目を逸らした。
「セリス?」
笑顔を浮かべているが、明らかに怒っている口調でアウリンが問いかける。
「えっと……ユークって優しいから、ちょっとでも嫌がってるって思ったらすぐやめちゃうでしょ? だから、嫌がっても“そういうフリ”だからやめないでねって、つい言っちゃって……」
「アンタのせいか!」
アウリンがセリスに向かって怒鳴り、青筋を立てた。
「ゴメン!!」
セリスが頭を抱えながら謝る。
「そもそも何なのよ、あの“かっこつけキャラ”は!」
再び怒りの矛先がユークに戻った。
「その……二人の恋人にふさわしい男にならなきゃと思って……」
床に正座したまま、ユークが弱々しく呟く。
はぁ、とため息を吐いたアウリンが、呆れたように言った。
「あのねぇ、私は、必死に魔法を学ぼうと頑張ってるあなたが好きで恋人になったの。背伸びしてかっこつけられても、似合ってないのよ!!」
「ええええ!?」
アウリンの言葉に、ユークはガーンとなって驚いてしまう。
「それは私も思ったわ」
ヴィヴィアンも同調する。
「私はあのユークも好きだけど、いつものユークのほうが落ち着くかも」
セリスまでそう言ったことで、ユークは完全にうなだれてしまう。
「……わかった。もうかっこつけるのはやめるよ……」
明らかに落ち込んだ様子で、ぽつりと呟いた。
だがそこで、セリスがぽんと手を打って言う。
「あっ! でも私、夜のときはあっちのユークの方が好きかも」
「えぇ……。私は、ゆったりやるほうが好みなんだけど……」
アウリンが微妙な表情をセリスに向けながら呟く。
「……その話題は、私は何も言えないわね……」
ユークの恋人になった二人の会話に若干の壁を感じつつ、ヴィヴィアンがつぶやいた。
「改めてごめん、アウリン。ちょっとやりすぎた。反省してる」
ユークが改めて謝ると、アウリンは表情をやわらげた。
「はぁ……いいのよ、分かってくれたなら。さ、朝ご飯を食べましょう?」
その一言で、リビングの空気が少しだけ和らいだ。
食卓に集まりながら、四人は今後の予定を話し合う。
「それで〜、今日はやっぱり休みにしていいの?」
ヴィヴィアンがアウリンに尋ねる。
「うん。やろうと思えばできるけど、無理して進むより、今日は休養日にしましょう」
アウリンが穏やかに答えた。
「セリスはもう大丈夫なの?」
「んっ!」
ユークが尋ねると、セリスは両手で軽くガッツポーズを取って見せる。
「じゃあ、明日から《賢者の塔》の探索を再開しようか」
ユークの言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
「そうね」
「了解〜」
「分かった」
笑い声が混じるようになったリビングに、ようやくいつもの朝が戻ってきた。
◆◆◆
【五日後】
「う〜ん。当然だけど、レベルが高い分サクサク進むな……」
《賢者の塔》十六階→十九階。
ユーク LV.20→LV.22
セリス LV.20→LV.22
アウリン LV.20→LV.23
ヴィヴィアン LV.20→LV.22
ユークは、二十階へと続く階段の下で足を止め、どこか腑に落ちないような、微妙な表情を浮かべていた。
「まあ、セリスの調子も絶好調だしね」
アウリンが明るい声で返しながら、軽く腰に手を当てる。
「むんっ!」
セリスが拳を突き上げ、元気よくポーズを決めた。
彼女はジルバに稽古をつけてもらってから、だいぶ調子が上がっていた。
修練の成果は確かなもので、かつての彼女であれば苦戦していたであろうモンスターたちを、今では一撃で沈めるまでになっている。
「この五日で一気にここまで来ちゃったし、明日は休みにすることにして……今日はもう帰ろうか」
ユークがそう言うと、仲間たちから安堵の気配が広がった。
「今日は終わり? 助かるわ〜。十九階のアイアンゴーレムの相手って、ほんと疲れるもの……」
ヴィヴィアンが、鎧の胸元を押さえながらホッとしたように言う。普段は落ち着いた様子の彼女も、今日は少しばかり疲れていたようだった。
「オッケー! じゃあ、みんなポータルの周りに集まって! 帰るわよっ!」
アウリンの軽快な掛け声に、仲間たちが次々と集まり、地面に浮かび上がった魔法陣へと足を踏み入れる。
発動した転移魔法に包まれ、《賢者の塔》の空気が、夕暮れの街のぬくもりへと切り替わっていった。
ユークたちは街の市場を回り、夕食と翌朝の分の食料を手早く購入した。明日は休みだという安心感からか、誰もが自然と気を緩めていく。
そしてようやく、ようやく自宅にたどり着いたところで——。
「……あれ?」
セリスが立ち止まり、不思議そうに眉をひそめた。
「誰かいる……」
家の前に、誰かが座り込んでいるのが見えた。
「セラフィさんかしら? でも、今日は来るって聞いてなかったはずだけど……」
アウリンも怪訝な顔でつぶやき、ユークたちは少し警戒しながら歩みを早める。
そして姿がはっきりと見えたとき、彼らの表情が固まった。
そこにいたのは、ギルドガードのアズリアだった。
普段は凛とした佇まいを崩さない彼女が、今日は見る影もない。整った金髪は乱れ、瞳の奥には疲労と焦燥が宿っていた。
ユークたちに気づいたアズリアは、よろけるように立ち上がると、駆け出すようにして飛び込んできた。
「お願いだ、ユーク……! 助けてくれっ!」
震える声とともに、アズリアはその場に崩れ落ちた。
肩を震わせ、嗚咽をこらえるように顔を伏せる彼女に、誰もすぐに声をかけることができなかった。
ユークは眉をひそめ、困ったように仲間たちと顔を見合わせるのだった。
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ユーク(LV.22)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:そういえばジオードさんに連れて行ってもらったお店で嫌な噂を聞いたような……
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セリス(LV.22)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:この人いつから待ってたんだろう……?
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アウリン(LV.23)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ギルドで何かあったのかしら?
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ヴィヴィアン(LV.22)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:明日の休みは無くなりそうだわ……
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