第54話 恋のスタートラインとアウリンの研究
「ただいま~」
ユークは自宅の扉を開けると、大きな声で呼びかけた。
すると、リビングからそれぞれの声が飛んでくる。
「あっ、おかえりー」
「おかえりなさい〜」
「おかえり。遅かったわね、どこ行ってたのよ?」
仲間たちは思い思いにくつろぎながら、ユークを出迎える。
温かい空気に、ユークの表情も自然と和らいだ。
「うん。途中でジオードさんに会ってね。ちょっとお店に連れて行ってもらってたんだ」
そう言いながら、ユークは手に持っていたかごをテーブルに置いた。
中には、昼食用のパンがぎっしり詰まっている。
「ふうん。殿下に会ってたのね。お店って、どんなお店だったの?」
アウリンが興味深そうに尋ねる。
「えーっと……女の子と一緒に飲めるお店かな」
ユークが曖昧に答えると、アウリンとセリスがぴくりと反応した。
「ねえ、それって……」
アウリンが何か言いかけたが、ユークが慌てて続きを話す。
「その……ジオードさんに相談に乗ってもらってたんだ。セリスとの関係について……」
急に真剣な声色になったユークに、アウリンは口をつぐんだ。
リビングに、少しだけ緊張した空気が流れる。
「……私との関係って?」
セリスが小さな声で問いかける。
その瞳には、不安が滲んでいた。
「うん。俺……今までセリスのことを、異性として見たことがなかったんだ……」
ユークは正直に打ち明ける。
セリスはショックを隠しきれず、そっと俯く。
「……うん、知ってた」
セリスは今までに、何度もアプローチしていた。
わざと下着姿を見せたり、そっと胸を押し付けたり──それでも、ユークは一向に気づいてくれなかったのだ。
「でも、気づかされたんだ。──それじゃ駄目だって」
ユークの真剣な声に、セリスははっと顔を上げた。
「セリス、ごめん。俺、ずっと君の好意に気づかないふりをしてた。でも、これからは恋人として、ちゃんと向き合っていきたい。だから──今までのこと、許してほしい」
ユークは頭を深々と下げた。
心からの謝罪と、これからへの決意を込めて。
「……うん……うん……!」
セリスは涙を浮かべながら、何度も何度も頷いた。
その顔は、嬉しさでいっぱいに染まっている。
「あら〜? 私のことは無視?」
アウリンが茶化すように拗ねながら頬を膨らませた。
そんなアウリンを、ユークは無言でぎゅっと抱きしめる。
「愛してるよ……アウリン」
耳元で囁かれた甘い言葉に、アウリンの顔は瞬く間に真っ赤になる。
「んんんっ! そ、それなら……いいのよ!」
咳き込むようにしながらも、アウリンは満更でもなさそうに頷いた。
「あっ! アウリンだけずるい! 私も!」
セリスがすぐさま声を上げる。
甘えるように両手を広げて、ユークに抱きつく仕草を見せた。
ユークは微笑みながら椅子に座っているセリスのもとへと歩み寄り、思いっきり抱きしめる。
セリスは嬉しそうにユークの胸に顔をすり寄せた。
ユークが何事かをそっと耳打ちすると、セリスはさらに顔を赤らめ、身体を預けるようにユークに甘えた。
「う〜ん……ユーク君、なんだか女たらしみたいになっちゃったわね」
そんな微笑ましい光景を、ヴィヴィアンは少し困ったような顔で見守りながら、ぽつりと呟いた。
その後、四人はテーブルを囲んで昼食をとる。
賑やかで楽しい時間が過ぎると、ヴィヴィアンは部屋へと戻り、アウリンは工房で魔道具の研究を始めると言い、席を立った。
セリスは、いつものようにユークにぴったりとくっついて離れない。
「ねえ、アウリン。君の研究、見学してもいいかな?」
ユークが声をかけると、
「あら、珍しいじゃない。ユークがそんなこと言うなんて」
アウリンは小首をかしげ、不思議そうに返した。
「うん、前に見たときは正直、あんまり面白いと思えなかったんだ。でも、今は……君のこと、もっと知りたいと思って。ダメかな?」
恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐな視線を向けるユークに、アウリンは小さく笑った。
「別にいいけど? でも、ユークにはやっぱり面白くないと思うわよ?」
その許可を得て、ユーク、セリス、アウリンの三人は工房へ向かうことになった。
アウリンの工房は、以前と変わらず、奇妙な器具や道具が整然と並んでいた。
だが机もきちんと磨かれ、意外と整頓されている。
「私が今やってるのはね、魔道具のコストを下げるための研究なの」
手際よく器具を準備しながら、アウリンが説明してくれる。
「前にも話したかもしれないけど、魔道具っていうのは、詠唱なしで魔法を使うための道具よ」
アウリンは使い込まれた金属の板を机の上に置くと、その上に粉のようなものを使って複雑な模様――魔法陣――を書き始めた。
ユークはその様子をじっと見つめながら、ふと気づいた。
「……これって、もしかして『ライト』の呪文?」
『ライト』は、基本中の基本、光を灯すだけの簡単な魔法だ
「正解よ。今使ってるのは、一般的な魔道具に使われている触媒ね」
アウリンは魔法陣を書き終え、満足そうに頷くと、ユークに向き直った。
「さて、ユーク。この板に魔力を流してみてくれる?」
「魔力を流すんだね? 了解!」
元気よく答えたユークは、板に手を触れ、集中して魔力を送り込んだ。
次の瞬間、板の上にふわりと光り輝く球体が現れた。
「わぁっ!」
「おお〜!」
セリスとユークが目を輝かせて歓声を上げる。
だが、光の球はしばらく輝いた後、ふっとかき消されるように消えてしまった。
「あれ、消えちゃった……」
残念そうにつぶやくセリスに、ユークも頷きながら視線を落とした。
「ん? これ……」
目に映ったのは、焼け焦げ、崩れかけた魔法陣だった。板も所々黒く変色している。
「これって……」
戸惑いながらユークが問いかけると、アウリンは気にした様子もなく答えた。
「今回は実験用だからすぐにダメになっちゃったけど、本格的に魔道具を作るときは、ちゃんと触媒を適切に処理して作るから、もっと長持ちするわよ」
そう言いながら、アウリンは新しい板を取り出し、また粉で魔法陣を書き始めた。
「こっちはね、私が独自に配合した触媒よ」
自信たっぷりに言いながら、同じように魔法陣を完成させるアウリン。
「さあ、もう一度魔力を流して?」
促され、ユークは再び魔力を注ぎ込んだ。
だがこちらは光の玉が出現したと思った瞬間に、あっという間に消え、魔法陣は無残に焦げ落ちた。
「すぐ消えちゃった……」
セリスが、今度はさらにしょんぼりした声でつぶやく。
「……これでも、今のところ一番長持ちしてる配合なのよね」
アウリンは肩を落とし、がっくりとため息をついた。
「アウリンは、この粉を改良して魔道具を作るコストを下げようとしてるんだよね?」
ユークが問いかけると、アウリンは真剣な表情で頷いた。
「そう。最初に使った方の触媒は、希少な宝石を砕いて作るから、とっても高価なの。こうして実験する程度なら問題ないけど、製品として長持ちするようにきちんと作ると、値段も高くなっちゃうのよ」
アウリンは机に肘をつきながら、疲れたように吐息を漏らした。
「だから、宝石の使用量を減らしたり、他の素材で代用できないか、こうして試行錯誤してるの」
「なるほど……」
ユークは感心したように頷く。
アウリンは少し申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんなさいね? ここから先は、ただひたすら宝石を砕いて、混ぜて、試して……地味な作業ばっかりよ」
「俺に手伝えることはないかな?」
そう言ってにっこり笑うユークに、アウリンは一瞬驚いたような顔をした。
「それじゃ……使い終わったプレートを、そこのたわしで綺麗にしてもらえる?」
「任せてっ!」
元気よく応えたユークは、さっそく作業に取り掛かった。
こうして、二人は夜になるまで工房で作業を続ける。
しかし、結局めぼしい成果は得られなかった。
ちなみに、セリスは途中で退屈してしまい、工房の隅で寝息を立てていたのだった。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:二人の恋人として相応しい男になりたい。
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:今日のユークもかっこよくて好き。
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今晩はいよいよ……
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ヴィヴィアン(LV.20)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:いまの軟派なユーク君は好きじゃないわ……
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