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時の掌握者  作者: 夢我霧中
三章
33/39

06

 正午を告げる時報が鳴る。

 慧と乃彩の姿は屋上にあった。教室で先日のことを話すことなど出来ず、こういった場合は大体屋上へと向かうことが決まっている。


 弁当を口に運びながら慧は昨日のあらましを乃彩へと伝える。


「……そういうことだったの。災難だったわね」


 笑い話のようで、決してそうではない。特に敷根のあの様子だと何かしらのアクションを起こすであろうことは想像に難くない。


「どうする? といっても暫くやる事なんてないんだろ?」

「そうね。大人しくしておくのが無難ではあるのだけれど、残念ながら一件仕事よ」

「内容は?」

「薬物取引」


 ここのところアンノウンが反社会的な組織であるということを忘れかけていた慧は、乃彩のその言葉に思わず苦い顔で答える。


「ではなくそれの妨害よ。取引じゃなくて残念だったわね」

「ああ、本当にな。で、いつなんだ?」

「次の土曜か日曜ね。場所は千葉のネズミーワールドよ。土曜に確保できなければ泊まりね。ホテルは悪いのだけれど一部屋しか抑えられなかったわ」


 土曜ともなると近くのホテルは急には取れないだろう。理解はできるのだが慧としてはまたあらぬ噂がクラスに広まりそうで出来ることならば行きたくない、というのが本音だった。


「なぁ、それ誰にも言わないよな」

「言うわよ? 私たちが学校に能力者がいないか調べているように、軍関係者も学校には潜伏しているのだけれど、私はまだそれが誰か突き止めていないもの。今回慧が疑われたということはきっと向こうは動くはずよ」

「突き止めてどうするつもりだ? 始末はできないだろ?」

「そうね、でも知っているのはかなりのアドバンテージよ。それに仕事で遊園地に行けるなんて良いと思わないかしら?」


 言いたいことはわかる。だがそれを除いても行きたくはないというものだ。炎天下の中、人混みでごった返しているであろう遊園地に行きたいと思う者がどこにいるというのだろうか。


「気乗りしない様子ね。断ってもいいのよ? ボスの方もかなり大変らしくて貴方のことを欲しがっていたわ。その場合は一緒にエジプトまで行くことになるけれどね」

「い、行きます……」

「よろしい。それじゃあ教室へ戻りましょうか」


 六限。

 世界史の授業を淡々と聞き流しながら慧は次の仕事のことを考える。能力者は国に厳しく管理されている。軍に慧が能力者であることが知れても強制転校処理などが無いのは宣斗か胡乃葉、もしくはその両方がどうにかしているのだろう。

 だがこれがアンノウンの構成員だと知られた場合はまず間違いなく今の生活は崩れることとなる。となるとわざわざそんな危険を冒してまで今回の任務は参加することなのだろうか。


「……聞いているのか高塒」

「っはい?!」

「まぁいい。聞く聞かないは自由だ。だが、そうだな。今の部分は明後日の中間考査に出題することとする。聞いてなかったものは誰かにでも聞いておけ」


 嘉神は慧を見た後に態とらしく乃彩の方をみる。抗議でもするかのように乃彩は一度咳払いをすると慧の方を見た。冷やかすような視線が幾つか慧へと向かうが、最早諦めたかのように誰にも気づかれないように小さく溜息をつくと、いつの間にか書き加えられている板書をノートに取る。

 残り時間は後十分ほど。慧は話をしっかりと聴きながら手を動かし続ける。


「今日はここまでとする。質問があれば職員室で受け付ける。ああ、中間考査で平均点の半分に満たなかった者は補講を執り行う。各自しっかりと対策をしておくように」


 嘉神が教室から出ると同時に教室が一気にざわつき始める。それを気にも留めない様子で乃彩が慧のところへ歩いてくる。


「それで、ご両親の許可は取れたかしら?」

「うちの親は基本帰ってこないから問題ない。妹にも連絡はしておいた」

「慧、どうかしたのか?」

「宏人か。いや、乃彩とネズミーワールドへ行くことになった」


 ざわつきが一瞬で収まる。宏人がピシリと固まると、それを気にも止めない様子で乃彩が口を開く。


「ホテルは良い部屋だから期待してくれて良いわよ」

「つまりお泊まりデートってやつ、なのか?」

「そう、だな。なぁ乃彩、こういうのはあまり言わない方が良いんじゃないのか?」


 宏人の言葉に苦笑しながら答える。乃彩はというとやはりというか気にした様子はなく、慧に微笑む。


「そうかしら。疾しい事なんて無いもの。隠す必要はないわ」


 薬物取引の妨害。軍関係者を釣る。そして仕事で遊園地を楽しむ。疾しいことの勢揃いで慧は何もいう気力が起きなくなってくる。


「まぁ楽しみにしてる」

「私もよ。ところで慧。中間考査の勉強はしているのかしら? 嘉神先生の補講は大体その週の土曜だったはずだけれど」


 乃彩のその言葉で中間考査のことを思い出した生徒たちが一斉に騒ぎだした。

 宏人はというと、ホームルームの直前だというのにフラフラと教室を抜け出す。少しばかりその様子に心配になる慧だが、乃彩は気にかけた様子もなく慧へと話しかける。


「とりあえず今日は空いているかしら?」

「ん? あぁ、今日は妹もいないし大丈夫」

「そ、なら勉強会も兼ねて私の家へ来ると良いわ」

「悪い、ありがとう」

「良いわよ、そのくらい」


 ホームルームが終わると同時に慧は鞄を手に取ると乃彩と合流し、教室を後にする。他愛ない会話を繰り返しながら慧は乃彩の家へと辿り着いた。


「はぁ、勉強会か……」

「勉強なんて特にする必要はないわよ。問題はフェイに既に貰ってるわ。それよりも昨日の話と土日のことよ。もっと詳しく聞きたいわね」


 そういうと乃彩は慧に中間考査問題用紙と書かれた紙とその解答を慧に差し出す。仕事が絡む以上これが偽物だということはないだろう。

 慧は有り難く受け取ると、鞄の中へ仕舞い込む。そして昨日、妹の買い物の付き添いの後、喫茶ソールに向かい、店を出たところで襲撃を受けたこと、そしてその後の事情聴取を掻い摘んで話す。


「襲撃を受けた件は聞いているわ。というか尋問ならもう終わったらしいわよ」

「そうなのか?」


 慧は携帯を確認すると、ベイルから予想よりも早く回復したことと尋問が先ほど終わった旨のメッセージが届いていた。


「詳細はまだ届いていないけれど今回の件は内密に処理するらしいわ。アンノウンの幹部と関係者、つまりベイルと貴方くらいにしか話は向かわないと思う」

「理由は?」

「ボスの意向よ。何があろうと貴方を失うわけにはいかない、と考えているようね。その理由は不明だけれど今回の件は作為的なところがあることに気づいているわよね?」

「そうだな。偶然にしては出来過ぎているように思う」

「話を聞く限りそこまで踏み込んできたという事は確信に近い疑惑なのでしょうね。それに襲撃も狙われていたのは貴方よ」


 敷根に聞かれたことを思い出して慧は思わず苦虫を噛み潰したような表情をする。だがそれなら直接話が来てもおかしくはない。襲撃などという回りくどい手を使う必要なんてない。つまるところ軍は良いように動かされていると考えることもできる。


「俺たちが争って得をしそうな組織ってあるか?」

「今回の件はおそらくノーフェイスによって仕組まれたものでしょうね。聞いた事はあるわよね?」

「敷根が言っていたやつか。土日もひょっとしてそれ絡みか?」


 乃彩が微笑む。その表情は妖艶、とでも表現されるようなもので。


「私達に喧嘩を売る輩なんてここ暫くはいなかったのだけれど、売られた以上はきちんと叩き潰さないといけないわよね」


 重大で、それでいて朧げな何かのピースが嵌った、そんな様な気がした。





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