07
朝八時前。
まだ開園前だと言うのに、そこには既に人の群れ。ズラリと並んだ長蛇の列が押し合いながら、今か今かとゲートが開くのを待っている。
「はぐれるなよ」
慧はそう言うと乃彩の手を軽く握る。既にげんなりとしているというのにここで乃彩の姿を見失うと面倒だという思考からだったのだが、少し恥ずかしそうに下を向く乃彩に、慧の方も気恥ずかしくなる。
「何というか、本当にデートみたいだな」
「仕事の一環だけれどね。誰に見られてるかわからないから今日、明日はそのつもりでいてね」
乃彩がピタリと体を寄せる。どこからか舌打ちが慧の耳に入ったが、今回の件とは無関係だろうと意識を外すと、ゲートの方へ視線を向ける。
列が動き出した。どうやら開園、ということらしい。
「何なんだろうな、この視線」
「さぁね。あまり良い感じはしないけれど、学校と然程変わらないわよ。特に害意があるわけでも無さそうだしね」
幾つかの不躾な視線は相変わらず。能力者になる前はあまり感じなかったが、今となってはかなり敏感になっていることに慧は気づく。
とはいえ、乃彩の言う通りだ。何故かはわからないが目立っている、と言うことだろう。
「そう言えばファストパスってどれを取りに行くんだ?」
「もう持ってるわよ」
ふと尋ねた慧に何でもないことのように乃彩が答える。
「これが権力の力か……」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいわね。好意で頂いたものだから真っ当な手段よ」
どういった経緯で入手したのかは知らないが、それほど無理を言っているわけでもないのだろう。でなければ慧たちは入場時に並ぶ必要も無かったのだから。
「さて、どうする? というか何のファストパスだ?」
「……完全にフリーよ。時間の指定もないわ。貴方と私で二十回ずつ」
慧の頭に?が浮かぶ。記憶違いでなければファストパスは時間おきに特定のアトラクションのものが一枚取れる、というものだったはずだ。
慧としては折角来たのだから真剣に考えなければと思っていたのだが。
「……今度からまともに並ぶのが馬鹿らしくなりそうだ」
「また私と来れば良いじゃない。でも、これはペア券だから来るなら二人ね」
「良いのか?」
「……実を言うとここに来たのはこれが初めてなのよね。ほら、私を知ってる人は少ないじゃない? 一緒に楽しんでくれそうなのは慧ぐらいよ」
「そっか。なら他にも行って見たいところがあれば付き合うけど」
「ありがとう。お互い空いている日があれば是非行きましょう。でもまずは今日を楽しまないとね」
「そうだな」
慧はマップを開くと、手始めに現在地から一番近いアトラクション、モンスター株式会社のところへ歩き出す。
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ずっしりと重くなった身体を引き摺るように慧は歩く。というか、乃彩に引き摺られている。強引にもう一周させられそうになっていることに気が付いた慧は、繋がれている乃彩の手を引っ張った。
「なぁ、またか? もう四回目の気がするんだが」
「だって楽しいじゃない。……まぁいいわ、明日もあることだし。疲れているようだし、どこかで休憩しましょうか」
「助かる……!」
「まだ打ち合わせもしていないことだし丁度いいでしょう」
慧と乃彩は近くのレストランへと入る。昼時を外して尚、店内の客の数は多く、ほとんどの席が埋まっている。ここでするような話ではないような気がするが、どうにかなるのだろうと乃彩の方へ視線を向ける。
「そうね。さっきはこの後が本番とは言ったけれどメインイベントは明日よ」
「そうなのか。ならこの後はどうする?」
「一通り見て回るつもり。実際、場所はわかってるし友達も何人か来てるから何かあればすぐに連絡をくれると思うわ」
慧は葡萄ジュースを口に含むと、首肯する。全てが理解できたわけではないが、とりあえず全く手掛かりがないというわけではない事にホッとする。
この作戦のレートを聞いていないためどの程度の人材が投与されているかは慧が知る由は無いのだが、数十人が観光客に紛れて監視を行なっている。
乃彩も楽しんではいるが、入園前から警戒は切らしていない。監視はあくまで直接の制圧能力を持たない。有事の際には必ず駆けつけなくてはならないため当然と言えば当然なのだが。
「今が四時半か。じゃあもう少しだけ見てからホテルに向かおう。どうせ明日もあるんだし少し早いくらいの方が良いと思う」
「了解。大丈夫、良い部屋だから園内も充分見れるわよ」
プレートを片付けると慧たちはレストランを後にする。まだ日は高いが時刻は夕暮れ時。この後に始まるパレードに向けて、午後といえど観光客の姿は多く見られる。
どうにか人混みを抜け、これでようやくゆっくり出来ると慧が思ったその時に、見覚えのある集団を視界に捉える。
「国防軍か。それにあれは……」
「やあ。奇遇だね、高塒くん」
慧に気づいたのは敷根も同じで、手を挙げるとゆっくりと慧の方へと歩き出す。隣にいた女性が引き留めようとするも、敷根がそれを聞く様子はない。
慧としては正直なところ会いたくはない相手ではあったものの、こうなった以上は無視するというわけにもいかない。
「敷根か。中隊長がどうしてこんなところにいるんだ?」
「少なくとも観光、という理由ではないかな。君は?」
「遊びに来ているだけだよ。どうしても来たいらしくてな」
「中隊長、職務中ですよ」
咎めるような視線に敷根はにこやかにすまない、と返すと慧に意味有りげな視線を寄越す。
「高塒くん。彼女は才藤くんだ。年は十六、僕の部下になる」
「……才藤みなみです。隊長が申し訳ございません」
「君、良いのかい? 彼が宣斗さんと胡乃葉さんの息子さんだ。最近やけに話を聞きたがっていたと思ったんだけど」
「それは……」
「なぁ、個人情報の保護とかってどうなっているんだ?」
両親が軍に所属しているとはいえ、見ず知らずの人間に自分のことを知られていると思うと、複雑な感情が湧き上がる。
「高塒さん。貴方は少しばかり軍で話題になっておりまして。プライバシーの件は、その……申し訳ありません」
「どういえば良いかなぁ。私の認識で言うとファン、のようなものだと思っているのだけど」
「隊長!」
鉄面皮のようにその表情は変化しない。ほんの少し頰に赤みが差しているような気がしたが、慧はどうすれば良いかわからず、開きかけた口を噤んだ。
「ごめんなさい。用が無いなら行って良いかしら」
「あぁ、デートの邪魔だったね。それは本当にすまない。だが、そうだな。言っておきたい事がある。少し、そちらの彼女には席を外して欲しいんだが」
「機密事項なら黙っておくわよ。どうせ私のことは調べているんでしょう?」
敷根は目を閉じて頭に手を当てて考え込んでいたが、フゥ、と小さく息を吐き出した後。ボソボソと話し始める。
「……その通り機密事項だ。くれぐれも他言無用で頼むけど、ここで大きな闇取引が行われるという密告があってね。悪戯の可能性もないわけではないが、万が一があると民間人に被害が出る可能性がある。それで僕と僕の隊の一部が出張っているというわけなんだけれど」
「けど、なんだ?」
「どうやら上は重要性が低いと判断したようで、警備の手が非常に薄い。これは私からの頼みなんだが、もし怪しい人物や行動を目撃したら私に連絡して欲しいんだ」
向こうも取引のことを知っているということは、厄介なことになっている可能性がある。慧は乃彩と視線を交わすと、目を細めた。乃彩は慧の手を握ると強く握りしめる。
「安心しろ乃彩。そう何か起こる事はない。起きてもお前だけはどうにかするさ」
「そうじゃない、けど。やっぱり心配よ」
「はぁ、僕は仕事で来ているというのに羨ましい限りだ。とにかく、そういう事だから何か起こったらすぐにその場を離れて僕たちに連絡してほしい。軍の方に電話すればすぐに僕に繋ぐよう計らっておくから。それと」
「まだ何か?」
不機嫌そうに敷根を睨む乃彩に慧は苦笑を浮かべる。
「前回は恵令奈くんがいたため武器の使用は不問となったが、街中では基本的には武器や能力の使用は禁止だ。わかっているとは思うけれど、防衛だけに使用して欲しい」
「わかった。仕事、頑張ってくれ。行こう、乃彩」
慧を見送ると敷根は小さく溜息を吐いた。
高塒慧がこの場に現れるということ自体に問題はない。問題はここで大きな取引が行われるということだ。一つは最近勢力を増しているノーフェイス。もう一つはこれまで闇組織との癒着が確実とされていながら捜査を掻い潜ってきた麻田グループ。どうやらこの二つが絡んでいるらしい。
アンノウンはこの件には無関係ではあるが、いずれの組織とも敵対関係にある。
「まさか、な」
「それにしても高塒さん、噂を遥かに上回っていますね。気になる事もありますが」
「へぇ。で、どういう事かな」
「少なくとも佐官クラス。将官ほどではない、と思いますが。隣の彼女さんはぼやけてて分かりづらかったのですが、彼女もおそらく能力者です」
無能力者しかいない学校に能力者が二人。
片方は朝国乃彩。言わずと知れたPBCの事実上の最高経営責任者。十七にして国内有数の大企業を纏め上げる手腕は異常と形容する他ない。彼女ならば目的のためであれば能力の有無を偽る事も大した労力ではないだろう。
そして高塒慧。国防軍の能力研究を一気に推し進めた科学者である高塒宣斗、高塒胡乃葉の息子。才藤の言葉を真に受けるとすれば自身より強力な能力者である可能性は非常に高い。
それはつまり彼が敵に回った場合は勝機の薄い戦いをしなくてはならないということ。
「どうかしたんですか、隊長?」
緋川志彩。元アンノウン構成員で軍に寝返った女。彼女の発言を信用するわけではないが、この状況は敷根にも偶然ではないように思える。
「何でもないよ」
そう何でもない。あくまでも今は。
だが、あの二人がここに来たのが偶然ではなく何か目的があったとしたのならば。もし、アンノウンの構成員であったならば。
「悪い冗談にもほどがある、か」




