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自重しない魔拳士さんは旅をする  作者: Liberty
第三章 国と勇者と魔王
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三十五話 惰性は不動にて

「はー、話に聞いてた通りでっかい扉っスねー。こんな分厚いのに自動ドアだなんて、ほんとに異世界ってのは謎ばっかっス」


 今にも崩れ落ちそうな城跡に聳え立つ場違いな程の重厚な扉。

 重苦しい音を立てて開いた扉を潜る男は、長身痩躯を目立たせないように艶のない黒衣で包んだ見た目と裏腹に、隠しきれないお喋りの気が独り言の節々に滲み出ている。


 リグル──礼堂陸は日本にいた時から口が回り、学生時代はクラスのムードメーカーだった。

 社会に出てもそれは変わらず同僚や後輩からの受けはよかったが、やはりどうしても厳格な上司とは反りが合わなかった。

 そんな折にゲーム内で組んだギルドは、自分を抑制することなく話の出来るメンバーで構成されていた。

 それからはあっという間にゲームにのめり込み、最終的にはゲーム内個人戦闘力でトップ10に入る程になっていた。


 そして今、何の因果か彼は暗殺者としてここに立っている。

 元来の明るくお喋りな気質は暗殺者になっても変わらず、その気安さで周囲の冒険者達とはすぐ馴染んでいた。

 彼らから聞いた話では、昔、城が建てられるよりも前に勇者が封印したダンジョンが、最近になって廃城に復活したというものだった。

 あくまでそう言われてるだけなのだが、実際中にいる魔物は強く、並の冒険者では1階層すら突破出来ないのだとか。

 間違いなくS級ダンジョンになるだろうと言われており、推定20階層。

 そして現在確認されている階層は8まで。


「なるほど⋯⋯、確かにこれは肩慣らしにはちょうどいいかもしれないっスね。

 まっ、ギルマスから壁抜けも禁止されてるしのんびり行くっス。目標は3日といったところっスかね〜」


 S級ダンジョンだろうがあくまで修練の1つ。

 この世界の常人からすれば、有り得ない発想だ。

 しかしこの男⋯⋯否、レイア率いるギルドメンバー達全員には造作もない事だ。

 メンバー達にとってこの修練は野営や実戦の慣れであり、ダンジョンを攻略することは“ついで”なのだ。



◇◆◇



 暗い広間で風切り音が鳴る。

 剣閃は見えず、されど魔物は身体を分かつ。

 (つや)消しを施された黒塗りの短刀はどこまでも鋭利で、Sランクの魔物を何の抵抗もなく魔物を引き裂いていく。


「いやぁ、これはギルマスに鍛えてもらってなかったらヤバかったかもしれないっスね〜」


 レイアはリグル達に、戦術指南や心構え、急所に至るまで教え込んでいた。

 実際一部の例外を除いて、平穏に暮らしていた日本人が急に生き物を殺すことなんて出来るわけがないのだ。

 日本にいた頃から訓練をしていたり、余程殺伐とした環境にいない限り躊躇ってしまうだろう。相手が人でなくたとしても、だ。


 リグルも例外ではなかった。

 心構えを教わったとはいえ、最初は魔物を殺すことに躊躇を覚えた。

 今も完全に躊躇がなくなった訳ではないのだ。

 そして魔物を殺せなかった人間に待つ結果は1つだ。

 勿論リグル達なら死にはしないだろう。

 しかしここは既に現実なのだ。

 もしかしたら急所などはダメージが通るかもしれない。

 明確なHP(いのち)が表示されなくなった今、死というものは身近にある。

 というのがレイアの持論だ。

 尤も、レイアもあまり異世界にきて時間は経っていないのだが。実感の篭ったような口調だったのは気のせいだろう。


「さーて、ここが20階だし今のがボスだと思ったんスけどねぇ。

 この下から何かいそうな気配が⋯⋯これが殺気っスかね!?」


 おどけた様子を見せながらも、階段を降るリグル。

 近くに仲間がいたら思わずその頭を(はた)きたくなっただろう。


 矢鱈と長い階段の先には、先程の部屋よりふた回り程大きい闘技場があった。

 闘技場の中心には布団が置いてあり、中で何かが丸く⋯⋯


「って! 何してんスか!

 あれだけ殺気を放っておいて何のんびり寝てるっスか!」


「⋯⋯ぅ。めんどくさ⋯⋯。急に大きい声出すのやめてよ⋯⋯」


 リグルの声に反応した布団の主は、モゾモゾと布団の中で身動ぎするだけで、出てくる気配がない。

 暫く待っても動かない事に業を煮やしたリグルは、警戒しながらも掛け布団を剥いだ。

 中にいたのは20半ばといった様子のショートカットの女性だった。

 見た限り化粧をしていないのだが、スッピンでも相当に可愛いと言える顔立ちだ。ただし胸はぺったんこだ。リグルは巨乳派である。

 女性は鬱陶しそうに目を開けてリグルを睨みつける。


「なんだよもう⋯⋯。眠いんだから放っておいてくれないかい?

 殺気に関しては謝るから。誰でも上で煩くされて睡眠を妨害されたら殺気を放つだろう?」


「放たないっスよ! 殺伐としすぎっス!

 そんな事よりアンタがここの主っスか? ギルマスに攻略してこいって言われてるんスけど」


「確かにボクが主だけど、そんな都合は知らないよ。めんどうだもの。

 どうしても攻略したいなら無抵抗のボクを殺すか、布団ごとボクをダンジョンの外まで運んでくれれば攻略した事になるよ。

 でも後者を選んだら養ってね」


「前者なんて選べるわけないじゃないっスか! そんな事したらギルマスになんて言われるか⋯⋯。

 かといって養うというのも⋯⋯。うーん⋯⋯」


 ウンウンと頭を抱えて唸るリグルに、女性は欠伸をしながら提案する。


「ぅふわ⋯⋯。それならそのギルマスって人に養わせれば。ボクは養ってくれれば誰でも」


 その言葉に、リグルは目を瞬かせた。

 そして悪そうな笑みを浮かべた。


「その手があったっスね。クク⋯⋯。どうせギルマスなら女の子の頼みは断れないっス。

 そこの⋯⋯えーと⋯⋯兎に角外に運ぶからその後はアンタが直接ギルマスに頼み込めば養ってくれるはずっス。それくらいは自分でやってくれっス」


「わかったわかった⋯⋯。あとボクの名前はアンタしゃなくてベルだからね」


「はいはい」




 その日、街から廃城へ続く道では、布団を担ぐ男の姿があったとか。

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