三十三話 激情は滅びにて
ミアがベルゼと戦い始めた頃。
とある山の麓に長身の女性がいた。
赤みがかった黒髪を後ろで縛りポニーテールにし、腕を組みながら眼前の扉を睨んでいる。
「ここが憤怒の何とかって場所か。大罪だかなんだか知らねぇがさっさと終わらせる」
そう言い放つのは、ある意味でレイアよりも苛烈な攻撃を繰り出すことの出来るアルトだ。
ゲーム内でのレイアとアルトの火力は、全プレイヤー合わせても飛び抜けていた。
レイアの戦い方が柔なら、アルトの戦い方は剛だ。
その対を為す戦闘は、よく某掲示板でも取り上げられていた。
ゲームのデータが現実になった今、更にその戦い方の差は顕著だろう。
レイアは火力に技術を併用した“理にかなった”戦い方。
そしてアルトは───
「オラァ!」
見るからに熱を孕んでいそうな見た目の岩の魔物を平然と素足で蹴り飛ばし、手に持つ金属製の棒──トンファーで煮えたぎったような赤い粘性生物を突く。
ただでさえ攻撃力の補正により威力の高い攻撃を放つアルトは、しかし追撃を加える。
瞬間、物理攻撃に耐性があり死に至っていなかった両名は、蹴られ突かれた箇所が緋色に染まり破裂──否、爆発した。
『爆闘士』それがアルトの職業だ。
特殊クエストの達成により解放される職業であり、『爆術』という専用スキルで闘うのだ。
『爆術』は攻撃を与えた箇所を中心として無差別の爆発攻撃を加えるという、自身の装備にも被害が及ぶピーキーな性能なのだが、アルトはそこを神器でカバーしていた。
名前は『破壊神の緋芯』という、トンファー型の武器だ。
不壊属性が付いているのだが、デメリットとして戦闘終了まで武器が手放せなくなる。
故にアルトは素手若しくは素足、そして唯一破壊不能属性の付いている神器でしか攻撃出来ない。
ただ先程のようにこの爆発には、防御力無視でダメージが与えられるうえに、威力も使い手の攻撃力依存なのだ。
結果アルトとの相性は抜群。
火力で押し切る、レイアと対になる戦い方を極めた。
気付けばアルトは闘技場に辿り着いていた。
前の階層には中ボスもいたのだろうが、アルトの前では等しく雑魚モブだ。
闘技場の対面に立つのは、所謂阿修羅像というやつだ。
6本の腕を生やし、3つの首を持つ巨体。
ただ1つ違う点を挙げるとすれば、それは3面全てが怒りを顔に浮かべているのだ。
阿修羅像から低く威圧するような声が届く。
「我が名は左天。憤怒を司る魔。此の迷宮を踏破せんとする者よ、汝激情を身に宿し我が身を打ち砕いてみせよ」
堅苦しい言葉遣いだったが、要するに──
「──ぶっ飛ばせばいいってコトだろッ!」
走り寄った勢いそのままを伝えた飛び膝蹴りは、左天の持っていた6つのサーベルの刃を交差させ防がれた。
火力一辺倒なアルトの攻撃を、後ずさったとはいえ防ぐとなると、相手も相応の力を持っているという事になる。
だが当然アルトの攻撃はこれで終わりではない。
前面に掲げていた刃が緋色の輝きを放ち、爆発した。
「ぬゥ⋯⋯」
後に残ったのは4つの刃で、爆発した刃に一番近かった刃は巻き添えを喰らって砕け散ったようだ。
爆風の中をアルトは駆ける。
次々と爆発していく中、アルトは構わず連撃を加えていく。
いくら爆発させた本人にダメージは無いとはいえ、その爆発が現実となった今、彼女は怖くないのだろうか。
打撃と爆発の連撃に、少なからずダメージを負った左天は、出し惜しみ出来るような相手ではないと再認識する。
「最終鬼人面“修羅”」
何かアクションを起こした左天から、アルトは一旦距離をとる。
何をするのかとアルトが訝しげに睨む左天は、首を回転させ顔を代える。
全て同じ怒りの面ではあれど、その激情に差があるようだ。
新たに正面を向いた顔は、目から血を流し、全てを憎んでいるような顔だった。
次いで腕のもげた肩からは新しい腕が、砕け散った物も含め、全てのサーベルが刀へと変化する。
雰囲気の変わった左天に、アルトは変わらず突貫する。
だが、爆発を起こしても刀は壊れなかった。
現在左天の持つ刀は全て不壊属性付き。つまり壊れることがない。
得意の武器破壊が封じられたアルトは、しかし笑みを浮べていた。
「面白ぇ。ギルマスは突破出来ると踏んで遣わせてんだ。やってやろうじゃねぇか」
『憤怒の回廊』その最奥で、2人の修羅がぶつかる───。




