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怖がり屋さんは失せもの探偵  作者: Suzugranpa
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第78話 幾千の砂

 長崎の美容室は、看板が掛け替わっていた。『スタジオ・ジュリ』から『スタジオ・シルク』へ。しかし、その他は殆ど変わりがない。髭もじゃの美容師が一人増えただけだ。樹里は手に馴染んだ愛用の道具類こそ持って行ったが、その他のものはそのまま。そもそもラ・ミストラルには一式が揃っている訳だし、電気を使う道具は電圧やコンセント形状から使えない。絹とムッシュ・ヴェントと樹里が話し合った結果、お互いの店の内装もそのままと言うことになった。ラ・ミストラルは店長が変わるていなので、店名もそのままだ。


 千沙には初めてと言って良い家族での生活。父親が家にいる不思議感。スタジオ・ジュリの常連客を含め、誰もが困惑しながらフワフワとした時間が経過し、5月半ばになってようやく『スタジオ・シルク』は落ち着きを見せ始めた。席数は変わらないくせに美容師が増えたので、基本的に千沙の仕事は減ったのだが、休日には形ばかりに千沙も店を手伝い、単に店の中をウロウロしている。


 キィ。


「いらっしゃいませ」


 顔を覗かせたのは梢だった。手には洋菓子店の紙袋を下げている。


「あ。梢さん! お久し振りです」


 千沙が嬉しそうに迎え出る。梢は早速紙袋を千沙に差し出した。


「開店おめでとうございます。ちょっと遠慮もあって様子見てました。千沙ちゃん待望のお父さんだし」

「えー、って言うかまだ実感湧いていません。家の中に男の人がいること自体、不思議な感じ」


 ムッシュ・ヴェントが渋い顔をチラっと見せる。


「未だにムッシュとしか呼ばんのですよ」

「だって…、呼びにくいんだもん…、あ、梢さん取り敢えず掛けて下さい。今日はカット…じゃないですよね。樹里さんがここの最後の仕事に梢さんのカットをしたって言ってたので」

「うん、そうなの。でもこれからは、お父さんかお母さんか、どちらにお願いすればいいのかな」

「それはー、えっと、じゃんけんです」

「じゃ、じゃんけん?」

「はいー。他のお客さまもどっちにお願いしたらって困られてるんですけど、どっちかがヒマでも困るので公平に決めようって」

「じゃんけんで公平になるのかしら」

「今のところ、お母さんが7割で勝ち越してます」

「あはは。それが公平なんだ」


 ムッシュがまた渋い顔を見せながら言う。


「公平って言うか夫婦の平和って言うか。だからこれからはメンズも扱おうと思って、今度、朔君でテストするんですよ」


 梢は『いいの?』とばかりに千沙の顔を見る。


「なんか、朔はビミョーって感じの返事でした。お金かからないから止むなしって感じ」

「あはは、何だか面白い」


 笑いながら梢は待合テーブルに置かれたPOPプレートを手に取った。


「あ、まだ失せもの探しやってくれるんだ。あれ、探偵チサになってる!」

「え、ええ、ムッシュもお母さんも嫌だって言うので、仕方なく」


 千沙は困った顔で言う。ゲストとお喋りしながらカット中だった絹が振り向いた。


「新しい恋を探してくれました! とかで評判にならないかなーって期待はしてるんだけどね。梢さん、どう? 依頼してみない?」

「お母さん、やるのはあたしなのよ。そんなの探せないよ」


 千沙がささやかに抗議する。梢は微笑んだ。


「実はもう探してもらう必要なくなったのよ。これのお陰かな」


 梢はバックに手を突っ込み、千沙に『1さちコイン』を取り出して見せた。


「あのね、もしかしたら私、千沙ちゃんのお姉さんになるかも。私、妹だからさ、ちょっと憧れてたのよね、お姉さんって」

「え?」

「ちょっと、待ってね」


 梢は立ち上がり、スタジオ・シルクの扉を開け、外に向かって声を掛けた。


「もういいよー」


 すると男性が一礼をして入って来た。千沙は驚いた。こ、この人…知ってる。


「クロスケの主治医の長沖先生」


 男性はまたペコリと頭を下げて千沙に話し掛けた。


「弟からよく聞いていますよ。千沙ちゃんが海峡を越えて島から出て来てくれたお陰で、みんながいろんな形に結ばれていくって。まるで幾千の砂からって繋いだ星座みたいだって」

「幾千の砂?」

「きっとそう運命づけられた名前なんですよ、『千沙』ちゃんって。すごい名付けですよ」


 えへん。


 店の奥で、髭もじゃの美容師がドヤ顔で咳払いをした。



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