旋盤製作
鋳銭司には在富と忠冬の無茶な要求に応えているうちに、いつの間にか開発者のチームが出来上がっていた。周防ではなく、筑豊の炭鉱近くで、八幡と名付けられた地にある。チームの長は鉄司と呼ばれるようになっている。
在富は、そのチームを使って旋盤を作り始めた。ろくろや弾み車などは紀元前からの技術である。在富の簡単な説明でも、それ程苦労せずに単純は旋盤を作る事が出来た。
鋳銭司に貯められた金属加工のノウハウがあれば、木工用旋盤を高度化するのも簡単だ。
弾み車を回して木材を削り、見る間に椀を作って行く在富。削り過ぎないよう、ガイドも付けてあるので在富でも綺麗な椀が作れるのだ。
「どうだ?これは木地師が欲しがるだろう?」
「どうでしょうかな?少なくとも、彼らならこれよりよい椀を作ってくれるでしょうな」
「ははは、鉄司は容赦ないな」
水車の動力を過不足なく旋盤に伝える機構も弾み車を介す事で上手く作れた。厚めの布をベルトにし、弾み車の角度を微妙に動かす事でベルト「張り」を調整する。それによってトルクの伝わりを調整するのだ。
「ふむ。大掛かりになりますが、この機構はなかなか良いですなぁ。しかし、この『べると』の消耗が激しそうですな」
「ここは消耗部品とするしかないなぁ。六角殿に送って木地師に使って貰おう。定期的に巡って話を聞いて改良しよう」
近江は日本の轆轤発祥の地とも言われている。近江の周り、美濃の山中などにも木地師ゆかりの土地が多い。
「さて次は、木工用の複雑化と金属用の旋盤だ。特に金属用に付いてだが、形はこの木工用旋盤を全て金属にするだけで始めてみよう。だが、歯にかかる力は倍では済まないからなあ」
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在富も前世に地元の潰れかけた町工場で金属旋盤を見たことがあるだけであった。
仲間に知り合いがいて、ライブに使う金属部品を作って貰った事があるのだが、高くてブウブウ文句を言った覚えがある。
そこにどれだけ先人達の知見が詰まっていたことか。この不自由な世界に来て初めて実感するのであった。
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想像通り、金属用の旋盤の開発は難航した。鉄を削る刃の作製だけでも大変だったのだ。まだ、冶金の知見が溜まっていただけましだったかもしれない。
それまでは鍛治師の技は口伝で伝わっていたのだ。鍛治師の側としても勘としか表現出来ない。
在富は、文章を書ける官司と絵師を入れ、作業を書き写させるとともに金属の色も細かく表現させて、鍛治師の勘を明文化させていったのだ。
そして、何を何時どれだけの量を混ぜるとどうなるのかなどを明らかにしていった。
初めは自分達の作業を邪魔する官司達とぶつかった鍛治師達だが、自分達の語彙が増えて的確な表現が出来る様になる事や、記録の重要に気付いていき、今では過去の記録を頼りにするようにもなっていた。
鉄司は日本刀のノウハウも併せて削り刃を付け刃にする事で、硬さと粘りを両立させた。
「刃付けなんてのは、本来なら邪道なんですがねぇ」
元々は刃が欠けてしまった刀の見栄えだけを整えて、高く売りつけるための技だったそうなのだ。なんで鉄司が知っていたのかは問わない事にした。
鍛治師達の知恵は他でも役立った。金属を削る時、高温になって刃が痛むのだが、油をかけて急速に温度が変わらないようにするのも鍛治師の知恵からだった。
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旋盤は多くの螺子機構を必要とする。旋盤で使う螺子を旋盤で作ることは早くからの課題であった。
だが、忠冬の知識を利用できた在富達は5年で螺子専用の旋盤を作り出してしまった。
タップとダイスを手にした鉄司達は、次から次へと新しい工具を生み出して行く事になる。
「ワッハッハ!酒粕からまだこれだけの酒が絞り取れると知ったら、あの坊主達は悔しがるでしょうな」
螺子を使った絞り機はその後、すぐにプレス機へと利用され、印刷機へと進化した。
在富は印刷機を使って定型の書類用紙を生産させ、官司の事務作業を軽減させたのだったのだ。
本編はホノボノベースの物語になってます。
そちらもよろしくお願いします。
鷹司家戦国奮闘記
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