別離
暗い闇の中。それは室内なのか屋外なのかも判別出来ない場所であった。
オリオンと唇を重ねた瞬間にヒロの意識は無くなり気がつけばここで気を失って眠っていた。
「いったいここはどこ……?」ヒロは辺りを見回すが中々目が慣れてこない。彼女はあの城で着ていた白いドレスのまま、床に座り込んでいる。
「久しぶりだな……ヒロ」男の声が聞こえる。それはヒロにとっては懐かしい親しみのある声であった。
「爺、もしかして爺なのか!?」突然彼の声を聞いて嬉しくて体が震える。
「ふーん、成長したな。俺が見初めた時の女の体になってきた」なぜか薄気味悪い声でネーレイウスは呟く。少しほくそ笑んでいるようにも感じる。その目は蛇が女の肢体に絡みつくような感じであった。
「な、なんの冗談を……、でも生きていたんだね!今まで一体何処にいたんだ!?」ヒロは声を頼りにネーレイウスのいる場所を見つけた。少しずつではあるが目も暗さに慣れてきた。
「生きて……とは、そうか、なるほどな……、この時間では俺は死んでいるのか?」ネーレイウスは奇妙な事を言い出す。
「なに、どういう意味なんだ……」ヒロは目を見開く。彼の言葉の意味を全く理解する事が出来なかった。
「もういいだろう。覚えていないだろうがお前はこの世界の人間ではない……、俺が10年ほど前に、この世界に連れてきた別世界の女だ」ネーレイウスはヒロの顎を人差し指で持ち上げて品定めでもするように眺めた。
「……な、何……」ヒロはネーレイウスの一連の動作に背筋が寒くなった。。
「お前の両親とお前の殺害をお前の叔父という男に依頼されたのだが、俺は一目見て年甲斐もなくお前に惚れてしまってな。依頼主に無断で、お前を死んだ事にしてこの世界に連れ去ったのだ。だが、この世界に来る途中に通ったトンネルでお前が暴れた為にお前の身体をうっかり落としてしまったのだ。慌てて回収をしたのだがなんの因果か、お前は十ほど歳が若くなってしまっていた」ネーレイウスは立ち上がりヒロの周りを歩く。今度は彼女の全身を品定めしているようである。
「じゃ、じゃあ、あの夢は……」ヒロは幾度と無く不思議な夢を見てきた。それは彼女の理解を越えていてただの夢物語だと思ってきた。
「そうだ、お前の以前の記憶が断片的に夢となって現れたのだろう。お前が子供の姿になった時の俺の絶望感は計り知れなかったぞ」ネーレイウスは拳を握りしめる。しかし、そのあとニヤリと不気味な微笑みを見せた。「だが、考えを改めた。それではお前を俺好みの女に育てればいいのだと、誰も知らない俺だけの女に……」
「俺の……女だと……!?」ヒロは唖然としている。
「あのトンネルを一度通った者は、不思議な力を持つのだ。術式を越えた魔法のような力……、俺はお前がそれを使えないように、記憶と共に封じた。いつ何時、勝手に逃げるかもしれんかったのでな」ネーレイウスは薄気味悪い笑い顔を浮かべる。
「まさか……、俺がずっと術式を使えなかったのは……!?」ヒロは術式が使えないことで何度も悔しい思いをしてきた。
「そうだ、使えなくて当たり前だ。俺が全て封じてやったのだから」
「くう!!」ヒロは歯が割れるのではないかと思うぐらい食い縛っていた。
「そうじゃ、我慢できなくなって、お前が大人の女になった姿を見に来れば、なんじゃ!!他の男と口づけなどかわしおって!!お前は俺の物なのに!!!」ネーレイウスは狂気じみた顔をしている。
「それでは、何か!俺の父と母を殺し、なお俺の人生を爺は奪ったというのか!?」ヒロは立ち上がりネーレイウスを激しく睨み付ける。
「そうだヒロ、いやヒロミだったかな?お前は俺の番いとしてこれからは生きていくのだ!」ネーレイウスはけたたましくもおぞましい笑い顔を彼女に見せた。
「ヒロミ……!?」その名前を聞いた瞬間、ヒロの頭の中に色々な思いでが甦ってきた。
懐かしい故郷の街、友達、飼っていた犬、そして優しい父と母。「う、うわー!!」一気に吹き上げてくる記憶と感情にヒロは絶叫する。
「ほほう、記憶がよみがえってきたか……」ネーレイウスは笑う。
父の事故を知ったヒロミは、学校に迎えに来た、父の会社の社用車に乗り込む。奥にはすでに母の姿があった。
「お母さん、お父さんが事故って!」ヒロミは慌てて車に乗り込むと母に聞く。
「車を運転していて、突然心臓発作を起こしたらしいの……、たぶん、もう息をしていないって……」母は泣き崩れる。社用車は出発する。
「お母さん!でも、まだ亡くなった訳ではないのよね!」ヒロミは一縷の望みを込めて聞く。
「そうよね……、病院に行くまでは解らないわね」娘の励ましに母は唇を噛み締める。
「ふふふふふ」突然聞こえる笑い声にヒロミは驚く。
「あははは」笑っているのは社用車を運転している運転手であった。
「あ、あなた何が可笑しいんですか!?」ヒロミは怒り浸透の顔で前に体を乗り出して抗議する。運転手はヒロミの腕を握りしめる。
「い、痛い!!」ヒロミの顔が痛みで歪む。
「娘になにをするのですか!!」それを見ていた母が激しく怒る。
「社長は生きていませんよ。あの毒で死なない人間はいませんよ」男はニヤリと振り向いた。その顔はネーレイウスのものであった。
「爺、思い出した……、思い出したぞ!爺が私のお父さんとお母さんを……、殺したんだ!!」ヒロはゆっくりと立ち上がった。
「思い出したか、そうだお前の叔父に頼まれて、お前の両親を殺したんだ。しかし、お前は俺が貰うことにした。お前は殺すには惜しいほどの美しさだったからな」言いながら舌舐めずりをした。
「それでは、私を育ててきたのは……」
「そうだ、成長したお前を抱くことが俺の生き甲斐だった」
「私の記憶と術式を封印したのは……」
「俺の手元から逃さない為だ」
「私を里に出さなかったのは……」
「他の男の目に触れさせない為だ。」
「お父さんとお母さんを殺したのは……」
「金の為だ!!」
「うおー!」ヒロは怒りに任せてネーレイウスに殴りかかる。ネーレイウスは余裕の顔をしてかわす。
「諦めて俺に抱かれろ。あの男は忘れるがいい」ネーレイウスのその言葉を聞いて、ヒロの脳裏に微笑むオリオンの顔が現れた。
「オリハルコン!!!」ヒロが叫ぶとその手に、金色の剣が姿を表した。
「な、なんだと!お前はそのような術式を!!」ネーレイウスがそう叫ぶと同時に使い魔のドラゴンが姿を見せた。
ヒロは無言のまま、頭上からドラゴンへ向けてオリハルコンの剣を振り下ろす。それは激しく輝きを放ち、ドラゴンの体を真っ二つに切り裂いた。
「そ、その力は……、そうか封印された力が凝縮して……!!」ヒロはその言葉に答える事なく、ネーレイウスの体を横真っ二つにした。彼女のその瞳には涙がこぼれ落ちている。
「う、ううう……」そのままネーレイウスは絶命した。彼の返り血を浴びたヒロのドレスは深紅に染まっていた。
辺りを見回すと、そこはヒロがネーレイウスと暮らしたあのアサシンの里の家であった。
「爺……、どうして……、どうしてなの……」ヒロはネーレイウスの亡骸を抱き締めて泣いた。憎い敵ではあったが、ヒロはネーレイウスと暮らした数年間、彼女は彼の事を実の父親のように慕っていた。まさか、自分がネーレイウスの命を絶つ事になるとは考えてもみなかった。
「爺、爺、起きているのか?」遠くから声変わり前の少年の声が聞こえる。ヒロはネーレイウスの遺体をその場に残して、姿を消した。




