3話
再びの眠りから覚めた私が最初に見たのは、麗しすぎる顔面に心配を浮かべたお母様の顔だった。
我が母ながら顔が良い…
「ユリア、熱は下がった?」
そっと頬に手を添え覗き込む母は、愛娘の中身が一晩で残念チェンジした事を知らない……
「お母さま、もう大丈夫よ!」
全身全霊をかけて、ユリアちゃん(6歳)を演じると、お母様は安心したように息をついた。
それと同時にゴフッと私の中の成人女性が血を吐く。この歳で幼女演技はきつい。キツすぎてゴリゴリに心が削られていく。
しかし毎度ダメージを負っていても生活が持たない…
いや、よしんば心が保ててもこのままでは将来、幼女プレイ耐性のあるドMに…?
表面上は幼女を演じつつ、そんな不安にひっそり怯えていると幼女プレイにも勝る爆弾が母から落とされた。
「本当によかったわ。お医者さまははしゃぎ過ぎただけだと仰っていたんだけど…
実は王太子様との婚約のことを気に病んだんじゃないかって心配だったの。」
我が母、エスパータイプ的な!?ボール投げてゲットしなきゃ
私が、体調不良の原因ドンピシャりなお母様に内心おののいている間に、お母さまは遠い目をしながら語り始めた。
「とても…本当に昔の話なんだけれど、私はちょっと複雑な事情があって王妃様に嫌われてしまったの。
もしかしたら、ユリアや王太子様もそれを察してしまったのかと思って…
いいえ、やっぱりこの話は…ユリアがもう少し大きくなってからしましょう。」
さっきまで「時には昔の話を」なんて曲が似合いそうだったお母様の目が「王妃様」という単語の時だけ一瞬据わったような気がした。
そう、それは熟練した狩人…いや、これ以上はやめておこう。
しかし、こちらとしても死活問題となるため、例えどんなにSAN値が削られようとも、この先の話を聞き出さねばならない。
おそらくその王妃様とやらのエピソードは文字通り私の生死を分ける。
「だいじょうぶ!わたしはお母さまのお話ちゃんと聞けるよ!」
幼女プレイによって心を擦り下ろされながらもお母さまに助けを求めるべく追撃を!
「それにね、お母さま…
おうたいしさま、わたしの事が嫌いなの…。ゆりあが悪いのかなってずっと思ってたから、なにかあるなら知りたいの…」
ウルウルおめめの幼女からのお願い!!
母は致命的ダメージを受けた!
…私も致命的ダメージを受けた!
自爆攻撃やん。
もうね、心がゴリゴリ削られる、どころじゃなかった。ガリガリとかギャリって音がする。多分もう少しで私の心は修復不可能な大根おろしになる。
そして努力の甲斐あってか、お母様はため息を吐きつつも語り始めてくれた。
「ユリアには、まだ早いかと思ったけど…」
そこで出た内容は、確かに幼女にはまだ早く…
中身の成人女性から見れば「くっそ、くだらん」と吐き捨てるものだった。
お母様のお話は幼子にもわかりやすいようにぼかされていたものの、間を察しながら要約するとこんな感じだ。
お話はお母様達の幼少期まで遡る…
当時、現在の王妃様と宰相であるお父様は家柄もあって幼なじみとして育ったそうな。
そこで、幼心にもお父様に惚れていた王妃様は、このまま結婚するものと疑っていなかった。
しかし、蓋を開けてみれば、適齢期になる15歳の頃にはあら不思議、王妃候補として当時の王太子様の婚約者として内定していたそうな。
これは、少々気の毒にもなる話だが、王妃様のご実家が諸事情で婚約者のいなくなった王太子様へ強引にねじ込んだらしい。
ここで気になるのはお父様との関係である。
「当時王妃様は、表面上"まだ婚約していなかった"状態だったのもすんなり通った理由ね。」
さすがに婚約はしてたんじゃ…?と聞いたらそんなお答え。口約束だけだったからセーフ的な!?お貴族さまこわい…
まぁ、さすがにお父様のご実家(当時の宰相家)には口約束とはいえ裏切りに近いことをしたわけなので、内々に何かしらの賠償があったっぽい。
現在の当家と王妃様のご実家は疎遠ではあるものの敵対とまでなっていなかった。
それで、王妃様は正妃の座を射止めたわけだけど……
当時、王妃様と結婚するとばかり思われていた超優良物件なお父様は適齢期の真っ只中に名実共にフリーになったのだ。
その結果は、まぁ……争奪戦だよな
お父様はめでたく、肉食系ハンター女子たちに最上級の獲物として狙われる日々を送ったそうだ。(ここでもお母様の目はちょっと据わっていた)
お貴族様なのにサバイバル生活を経験してしまったお父様は今でも危険察知能力が高いらしい…
幼女相手にぼかした表現でなお、
「ちょっとね、安心してご飯を食べられない感じの生活だったのよ」
これである。
お母様の発言から察して余りありすぎる。
多分、TPOなんか考えない突撃が日常茶飯事でしたよねぇーー!!
ご飯になんか混ぜられたりしてたってことですよねーー!?
想像できてしまったために恐ろしい…
まあ、そんなやつらが結婚対象になるわけもなく…
お父様は、領地から出てきたばかりのお母様に一目惚れし見事そのままゴールイン!
この辺の話は、お母様も恥ずかしいのかかなりぼかされてしまったが、かなりのスピード婚なことは伺えた。
おそらくは、婚約してもなお、お父様が貞操の危機を感じたこともかなりの要因を占めてる気がする…
まぁ、そんなこんなで王妃様もお父様もそれぞれご結婚なさった訳だが…
お父様の結婚は、「堅物の次期宰相!ついに一目惚れ!!」というどっかの○春みたいなスクープで瞬く間に広がり、王妃様の耳にも入った。
好きだった相手と結婚できず(お父様的には妹みたいな存在だったらしい)、憧れの相手がぽっと出の令嬢に一目惚れ!
しかも、自分との結婚の話が無くなったのにショックを受ける様子も無い。
王妃様はフルボッコだドン!
だがここで、惚れた男を恨めないのが女という生き物である…(主語がでかい)
そんなわけで、王妃様的な脳内補完では、稀代の悪女たるお母様が、実質的な婚約破棄を受けて傷心のお父様をたぶらかし、強引に結婚を迫った設定になっているらしい……
妄想と現実の区別がつかなくなった王妃様のヘイトはお母様へ...
そして、お母様は公爵夫人として社交の場に出る頃には、王妃様の宿敵として認識されていた。
更には、夫婦の結晶かつお母様そっくりである私も見るだけイラつくと。
いやマジでくだらん。
恨む先が違うやん。怨念の配達先まちがえてますやん。
はっ、思わずエセ関西弁が出てしまった。
お門違いな恨みすぎるし、もはや私へのヘイトに関しては「逆恨みのその先へ」だ…
一体何を超えていくつもりだよ。
しかし、これで2度ほどしか会ったことがないはずの王太子親子が私を嫌っていた謎は解けた。
あと、ゲーム内で幼少期の話ってあんまり出てこないんだけど、王太子の方が昔からユリアを嫌ってた的な話は無かったはず。
つまり、なんやかんやでこの世界、ゲーム内との齟齬はあるらしい。
なら私が脱!悪役令嬢するのも多少の齟齬で…
あ、無理?
そう(絶望)……
「ユリアは私にそっくりだから、やっぱり少し心配だわ…」
お話を終えたお母様は、そう言いながら不安げな顔で私の頭を撫でるとお仕事へ戻って行った。
部屋に残された私は、寝るくらいしかやることも無いので、無駄に広いベッドをコロコロ転がってみる。
いくら公爵家とはいえ、幼女のベッドに天蓋付きデカベッド(推定ダブル以上)はどうなんだろう…
コロコロ、コロコロ…コロ、ゴロッ、ドスン
見事な3回転半を決めた私は、そのまま華麗にベッドから転がり落ちた。
くっ…幅を見間違えたか。
……我ながらアホすぎる挙動である。
さっきの幼女ムーブに心が引っ張られている…ということにしておこう。
決して、成人女性(P音)歳がベッドの大きさにはしゃいでいた訳ではないのだ。
幸い目撃者はいなかったし、いい感じに頭も冷えたので情報を改めて整理してみる。
・王妃様は私たち親子を嫌ってる(不可抗力)
・王太子と婚約してたらゲーム的には将来破滅ルート
・直接会った記憶から、王太子は既におそらく王妃様が洗脳済み
…今すぐ婚約解消したい。完全な事故物件じゃねえか。
こんな婚約を二つ返事で受けたお父様は、娘からの「お父様なんて嫌い!」の刑に処す。
...まあでも、お父様が野心とかよりは善意100%でこの婚約を受けたのだろうことは予測できる。
王妃様のことはあれだ、女同士にしか分からない空気感ってやつなのでおそらくお父様も国王陛下もあまり分かっていない…
まったく、これだから鈍感系男子は...
単純に「うちの子達、歳近いから良いじゃん!」で成立した可能性が高いのだ。
それにしてもこの歳(6歳)で嫁ぎ先での嫁姑問題が確定してるの無理ゲーすぎる…
いびりの文句は
「ユリアーナさん、ホコリが残っていてよ」か?
いや、王太子妃が掃除してるのはむしろダメだし、
「ユリアーナさん、主催の茶会が残っていてよ」とか?
なんか一気に優雅になったな…
なお、ここまで来ても幼女の得意技たる駄々をこねるで婚約解消はできない。
なぜなら、幼少期に結ばれた婚約が即時に解消されるのはその歳で大きな瑕疵があることが原因と判断されかねない。リスクが大き過ぎるのだ。
さらに、噂が広まれば今後の結婚にも響くため、幼少期からの婚約を解消する場合、何かしら事情があっても数年待って〜が一般的である。
つまり、そこまで顔を合わせる機会は無いといえど、数年間嫁いびり(まだ婚約者)が確定なのか…
詰みか?と思いつつ、最終手段は出家でもしようかと思考を巡らせているとふと、某JRのCM風に天啓が降りてきた。
そうだ、外国へ行こう。
天才的、思いつく中で今のところの最善策はこれである。さすがは国鉄(違う)
留学してしまえば、顔合わせは最低限だし「偶の帰国時くらい家族でゆっくり…」と言えば、そこまで時間を取られることも無い。
そして、数年後には諸事情という名のヒロインちゃんへの鞍替えが起こるはずなので、向こう有責でめでたくお役御免になれる!!
ククク…我ながら完璧な作戦だ…
そうと決まれば、早速準備だ!
お父様には、「お父様きらい!」の刑は免除する代わりに、しっかりと留学を認めてもらわねば…
私は、自室の本棚から地図の入った分厚い本を引っこ抜いて、行きたい国の候補を選別し始めた。
数日後、熱が下がった私は海外留学パンフレットを持って満面の笑みでお父様の書斎を訪れた。
その背後には私の身を案じて留学に賛同したお母様が、同じく微笑みながら圧をかけていたとかいなかったとか…




