2話
熱にうなされながら私は、今のユリアーナの人格と、おそらく前世であろう人格が混ざり合うのを感じていた。
そして、前世の人格が流れ込むと共に、ユリアーナとしての己の人生がどんなものかも把握することができた。
公爵家令嬢として生まれた一人娘、ユリアーナ・グレンフィディック。
宰相である公爵の一人娘であり、王太子の婚約者。当時私のプレイしていたゲームの悪役令嬢と言われるポジションだ。
そこへ、お決まりのように異世界から主人公がやって来る。
割と平和なはずの世界に、教会の祈りによる召喚で強制転移されられた主人公は巫女として保護され、この世界の常識を身につける為に貴族の子供たちが通う学園へ放り込まれるというゲームとしては良くある所謂、転移モノだ。
まあそもそも冷静に考えれば、切羽詰まっているわけでもないのに誘拐まがいの召喚をやらかされた上に、周囲を固めて囲い込むとかいうシンプルかつ凶悪な現代日本でいう犯罪である。
がしかし、そこは攻略対象とのキャッキャウフフなそれコレで頭お花畑な主人公。
フィクションでは見て見ぬふりだ。
一方、高飛車で上級国民バンザイ!な超がつく選民思想の持ち主ユリアーナは、神聖な召喚によって呼び出された巫女が、元は普通の平民であることが気に入らず、事あるごとに主人公をいじめる。
しかも、王太子の婚約者かつ公爵家の娘であるため、攻略対象の全員が王太子の関係者かつ、とてつもなく尊いご身分であるこのゲームでは、どのルートでも公爵家との縁は切れずことごとく妨害役として出現するのだった。
...ここで、「お互い何してんねん国守れや」とか思ってはいけない。
ゲーム内でのユリアーナは本当にどこにでも現れた。
庭を散歩しようとも、学園祭でも、こっそり空き教室で会おうとも、ランチの時間にも、果てはお忍びのはずのデートまで…
行動が完全にストーカー予備軍、もしくはモノホンの方である。
もはやここまでくると、全ルートで出てくるユリアーナこそが本命なのではと言いたくなってくる。
もしくはヒロインガチ勢のストーカーか。
当時のプレイヤーの間でも声優の節約説だとか、立場の割に実は暇説とか色々と推測はあった。
だが、妨害する理由も立場もしっくりくる唯一の悪役令嬢(そもそも国で保護されてる客人に逆らえるやつなんてそうそういない)だったために、結局は東奔西走ストーキングに勤しみ、ファンの間では密かに「メンヘラ百合アーナ」となんとも言えないあだ名で親しまれていた。
しかし所詮は悪役。
悲しいかな、その末路は上は幽閉から下は処刑や国外追放、毒殺までよりどりみどり。王道シチュからマニアックなものまでお好きな1品をお選びいただける。
運営の気合いの入れようを見るにきっとその道の変態がいたに違いない。
要するに、ルートによっては婚約者を寝取られ浮気された上に処刑なんていう、最早いじめや陰口程度の子供じみた悪行は帳消しになるほどの不憫属性。
すなわち不憫マニアの性癖によって作られた悲しき令嬢。
それがユリアーナ・グレンフィディックであった。
そして、そのお好きなを末路セレクト野郎こそ、今世の私である。
さて、前世の記憶の回想から戻ってきた可愛いユリアーナちゃんの第一声ははたして、
「…製作者に紛れ込んだ不憫マニアの変態(存在の有無はさておき)は必ず消す」
であった。
舌打ちと共に吐き捨ててから、ハッと我に返る。
早朝だったのが功を奏し、1人で回想をまわしキレて中空につっ込む幼女(6歳)というアホかつ不気味な光景は誰にも見られなかったものの、ガラの悪さはこの上ない。
更には公爵家令嬢としてあってはならない行為…のはずである。が、今の私にはこの程度の悪行は造作もなかった。
むしろ、心の荒れよう的には、盗んだバイクで走り出すのもやぶさかではないくらいだ。
さて、立ち返って見れば、記憶が戻ると同時にかつての純粋にお誕生日を喜んでいたユリアちゃんはどこへやら、私の人格は完全に前世に寄った粗雑な庶民になってしまった...
なまじ見た目がキラキラ幼女そのままなだけに、初見殺しの事故物件。
もし、内面までを見透かす機械とかあったら、あまりにも残念な仕上がりに誰が見ても涙を禁じ得ない事故だろう。
だが、言い訳させてもらうならこれまでのお嬢様ユリアが消えた訳では無い。
むしろこれまでの記憶やら令嬢としての挙動やらはバッチリ残っている。
…さっきの舌打ちはユリアちゃんと家の権力にかけて、内緒だよ☆
なら何故ここまで人が変わってしまったのかと言えば…
それは...
自然の摂理である。
いや、あの本当に。
如何せん1人の体に入っている人格が、百合のように繊細な幼子と雑草の如くしぶとい庶民である。
どう考えても共存できない。淘汰される。
雑草の代表たるたんぽぽがアスファルトの隙間から意地でも生えてくる生命力を考えても一目瞭然だ。
まあ何はともあれ、思い出してしまったものはしょうがない。
このままいけば、あのいけ好かない王太子と婚約させられ、数年後ヒロインちゃんに掻っ攫われる負け犬である。
…いけ好かない王太子?あれ、幼少期の王太子とユリアって仲悪かったっけ…?
自分で言っていて何かに違和感を覚えたものの、高熱を出した幼児の身体はまだ疲労が溜まっており、ここまで考えたところで私は再び倒れるように眠りについた。




