悪魔頭と姉妹達
一瞬の沈黙の後、静寂は破られた。
「二十年ぶりだ。目覚めの祝いでもしてやろう」
デビルヘッドが、静かに指を鳴らす。
パチン。
何もない空間に、音もなく黒い炎が灯った。
光を放つのではなく、周囲の光を吸い込んでいるかのようだ。
次の瞬間、炎は結界を包み込んだ。
「……っ!」
黒い炎が結界の表面を舐める。
だが、結界が激しく揺れる。
エスナの表情が、わずかに歪んだ。
「エスナさん!」
ミイナが叫ぶ。
ペルシャが抜刀し、クロスケも身を低く構える。
「この結界から出てはなりません! 呪いの炎です……触れれば終わりですよ!」
エスナが声を張り上げる。
黒い炎はしばらく結界を炙り続けた。
やがて、獲物を値踏みするかのようにゆっくりと縮み、闇へと溶けて消えた。
「なるほど」
デビルヘッドが肩をすくめる。
「この程度は凌ぐか。さすがはシャクナ族の長」
戯けるように、パチパチと拍手を送る。
「では――これならどうだ?」
再び、指が鳴る。
パチン。
今度は炎ではない。
空間そのものが歪んだ。
黒い裂け目が、縦に三本走る。
その裂け目から、ゆっくりと影が落ちた。
三つ。
影は地面に触れた瞬間、立ち上がる。
背中に蝙蝠の羽。
頭には、羊のように湾曲した角。
顔を覆うヴェール。
修道服のような長衣が、風もないのに揺れる。
やがて、色が宿る。
ひとりは漆黒。
ひとりは真紅。
ひとりは紫。
髪も衣も、それぞれの色を纏っている。
三人は並び、同時に一歩前へ出た。
羽が、わずかに広がる。
「紹介しよう」
デビルヘッドが楽しげに言う。
「我が側近、“シスターズ”だ」
三人の視線が、ゆっくりと戦場をなぞる。
そして同時に、結界へ両手をかざす。
「いくぞ? 耐えて見せろ」
パチン!
再び黒い炎が出現し、結界を包む。
先ほどよりも火勢が強い。
シスターズ三人の力が加わったからだろう。
火の勢いは衰えることなく、結界を上部まで飲み込んだ。
「……くっ! これでは長くは持ちません……」
エスナが苦しそうに息を吐く。
『……おい。隙を見て、結界を解除しろ』
モノが呟くように言った。
「何を……呪いの炎に焼かれますよ!」
エスナは困惑する。
『大丈夫だ。俺たちに任せろ』
「何を言うのです……貴方達は一体……だいたい、ただの猫に何ができると……」
「ただの猫じゃ無い。俺は勇者だ」
モノが堂々と宣言する。
「猫……勇者……? もしや、あなた方は……」
エスナの目が驚愕に見開かれる。
『みんな、準備はいいか?』
『任せるでござる』
「いつでもいけますわ」
「ま、任せてください」
「準備はできています」
モノの問いかけに、クロスケ、フィリア、ハイランド、ペルシャが頷く。
「いこう」
そして最後に、ミイナが言った。
「エスナ! 三、二、一で解除しろ! いくぞ!」
モノが叫ぶ。
「三!」
クロスケが戦闘体制に入り、フィリアの周りにエステラが渦巻く。
「二!」
ペルシャがシャムシールを抜刀し、だらりと構える。
ハイランドの腕の魔術陣が橙の光を帯びる。
「一!」
ミイナが抜刀し、左手で水球を作り出す。
「解除しろ!」
モノの空色の目が、満月のような黄金色に変わる。
その瞬間、エスナは結界を解除した。
黒い炎の奔流が迸る。
しかし、その刹那――
モノの“殺戮眼”、ジェノサイドアイが発動する。
“殺戮眼”は、視界に映るすべての動きを支配する能力を持つ。
黒い炎は向きを変え、デビルヘッドとシスターズを飲み込んだ。
すかさず追撃。
フィリアとクロスケは紫のシスターズへ攻撃を仕掛ける。
クロスケの抜刀術と、フィリアが放った黒い靄の弾がシスターズに直撃する。
『こっちは任せるでござる!』
フィリアとクロスケは、吹き飛ばされたシスターズを追い、里の西側へ消えていった。
炎を振り払ったのは紅色のシスターズだ。
そのまま剣を抜刀し、エスナへ斬りかかる。
そこへ横からペルシャが割り込む。
ガキィン!
横薙ぎの斬撃を受け止めた瞬間、ハイランドが拳を叩き込んだ。
紅色のシスターズは東側へ吹き飛ぶ。
「こ、こちらは任せてください!」
ペルシャとハイランドは後を追う。
黒い炎が消え去る。
デビルヘッドは笑っていた。
「殺戮眼! 開眼していたとは! 面白い!」
漆黒のシスターズは冷静だった。
「面白がっている場合ではございません。早急に排除しなくては」
一方、対峙するのはミイナ、モノ、エスナの三人。
「モノ。大丈夫?」
ミイナが尋ねる。
二年前、“殺戮眼”を発動したモノは三日間目を覚まさなかった。
猫の身体への負担が大きいからだ。
「ああ。問題ない」
しかしこの二年の間に、モノは短時間であれば気絶せずに“殺戮眼”を使えるようになっていた。
具体的には一日二回、それぞれ二秒。
それを超えると、モノは気を失う。
非常に強力だが、危険でもある諸刃の剣と言えるだろう。
「なるほど。ただの猫では無いようですね。共に戦うことを許します」
エスナは背筋を伸ばして立つ。
絡み合う視線。
張り詰めた空気。
今、デビルヘッドとの決戦がまさに始まろうとしていた。




