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酒場と情報屋

ミイナと仲間たちは、夜を待って酒場へ行くことにした。

『やっぱり、情報収集といえば酒場が基本だろ』

とは、モノの言葉である。

「ええ。そうですね。それに、このような大きな街には情報屋がいます。

情報屋との接触も、酒場が基本です」

なるほど、とミイナは思った。

情報屋――

そんな仕事があること自体、ミイナは初めて知ったのだ。

『では、行くでござるよ』

クロスケが意気揚々と言う。

『お前は留守番だろ』

モノが、ぴしゃりと告げた。

『なんででござるか!』

『怪しすぎる。案山子だから飲食も出来ないしな』

『酷いでござる!』

クロスケは盛大に嘆いたが、

最終的には、渋々と留守番を受け入れたのだった。



日が沈むと、王都ペンタグラムは、昼とはまるで別の顔を見せた。

建物の軒先に吊るされたランプが、次々と灯る。

橙色の光が、石畳を柔らかく照らし出す。

昼間は雑然としていた通りは、

どこか艶やかな雰囲気を帯びていた。

酒場から漏れ出す笑い声。

通りに響く弦楽器の音。

客を呼び込む女の甘い声。

鼻をくすぐるのは、昼とは違う匂いだ。

焼き肉。

香草をたっぷり使った煮込み。

酒の甘い香り。

「……昼より、にぎやかかも」

ミイナは、きょろきょろと辺りを見回した。

昼間は商人や職人が目立っていたが、

夜の通りには、まったく違う人々が歩いている。

派手な服を着た男女。

鎧姿の冒険者らしき一団。

フードを深く被った、素性の知れない者。

『これが都会の夜だ』

モノが言う。

「なんか……大人の街って感じ」

ミイナは、少し落ち着かない。

田舎育ちのミイナにとって、

ここは刺激が強すぎた。

ペルシャは、自然とミイナの少し前を歩く。

「はぐれないでください」

「う、うん」

フィリアは、どこか楽しそうだ。

「あらあら。夜の王都も、やはり良いものですわね」

通りの奥に、ひときわ明るい建物が見えてきた。

木造二階建ての酒場。

看板には、海鳥の絵。

その下に、店の名前が刻まれている。

――海猫亭。

『あそこだな』

モノが言った。

ミイナは、看板を見上げる。

(はじめての酒場……)

胸の奥が、少しだけ高鳴った。



扉の前に立った瞬間、

中から、どっと音が溢れ出してきた。

笑い声。

怒鳴り声。

ジョッキがぶつかる音。

床を踏み鳴らす靴音。

『行くぞ』

モノの声に背中を押されるように、

ペルシャが扉を押し開けた。

――バンッ。

一気に、熱気が流れ込んでくる。

「……うわ……」

ミイナは、思わず息を呑んだ。

広い店内には、所狭しと木製のテーブルと椅子が並び、

そのほとんどが、客で埋まっている。

屈強な戦士。

商人風の男たち。

派手な服の女。

フードを被った怪しい客。

誰もが、大きな声で笑い、飲み、語り合っていた。

鼻を突くのは、濃い匂い。

焼けた肉。

スパイス。

酒。

汗。

天井から吊るされたランプが、

橙色の光で店内を照らしている。

壁には、古びた武器や盾、

魚の剥製、

船の舵輪などが飾られていた。

『いかにも酒場だな』

「想像してたより……すごい……」

ミイナは、半ば呆然としていた。

その時。

「いらっしゃい!」

張りのある声が飛ぶ。

カウンターの向こうから、

がっしりした体格の女店主が、手を振っていた。

「空いてる席は奥だよ!」

ペルシャが軽く会釈し、

ミイナの肩に手を添える。

「行きましょう」

人の間をすり抜け、

一行は奥のテーブルへ向かう。

通るたびに、

「おい、お姉ちゃん美人だな!」

「おいおい、子供もいるじゃねえか!」

そんな声が飛ぶが、

ペルシャが睨みを効かせると、すぐに引っ込んだ。

テーブルに腰を下ろした瞬間、

ミイナは、胸を押さえる。

「……心臓がまだバクバクしてる……」

フィリアは、くすりと笑う。

「ふふ。良い経験ですわね」

『さて……』

モノが低く言う。

『ここからが本番だ』

ミイナは、きゅっと拳を握った。

――初めての酒場。

――初めての聞き込み。

ミイナの王都での夜が、

こうして始まった。



テーブルに座って間もなく、

どっしりした足音と共に、女店主がやって来た。

「で、何にするんだい?」

手には、木製のメモ板。

ペルシャが即座に答える。

「エールを二つ。あと、ミルクと軽食を。ミイナはどうします?」

女店主は、ちらりとミイナを見る。

「嬢ちゃんは?」

ミイナは、ぴくっと肩を揺らす。

「えっ……あ……」

『どうする?』

モノが尋ねる。

ミイナは、テーブルの上に並ぶ、周囲の客のジョッキを見る。

琥珀色の液体。

泡。

氷の入った透明な酒。

(これが……お酒……)

ごくり。

フィリアが、にこやかに口を挟む。

「果実水にしますわ」

「お、気が利くね」

女店主は頷く。

「じゃあ、エール二つに、ミルク、果実水一つ、軽食だな」

そう言って、カウンターへ戻っていった。

ミイナは、ほっと息を吐く。

「……助かりました……」

フィリアは、くすっと笑う。

「無理をする必要はありませんわ。初酒場ですもの」

『そのうち飲む日も来るだろ。俺だって猫だからミルクだぜ』

「そ、その時でいい……」

ほどなくして、

木製の盆に乗ったジョッキと皿が運ばれてきた。

ドン。

ドン。

大きなジョッキが二つ。

コトン。

透明なグラスに注がれた、赤みがかった果実水。

さらに、皿に注がれたミルク。

そして、香ばしい匂いを放つ串焼き肉と、黒パン。

「ほらよ」

女店主は言い残して去っていく。

ペルシャは、ジョッキを手に取る。

「では」

フィリアも持ち上げる。

「乾杯、ですわね」

『乾杯』

カチン。

軽い音が鳴る。

ミイナは、果実水のグラスをそっと持ち上げた。

「か、乾杯……」

一口。

甘くて、少し酸っぱい。

「……おいしい」

少しだけ、緊張がほどけた。

その時。

隣のテーブルから、耳に入ってきた。

「――最近さ、港区画で獣人の奴隷をよく見るんだよ」

「は? 獣人?」

「ああ、噂だと第三王子が関わってるらしい」

ミイナの指が、ぴくっと止まる。

ペルシャが、視線だけで合図する。

(……来た)

フィリアも、何事もない顔で、エールを一口。

『聞け』

モノが小さく言う。

隣の男が、声を落とす。

「第三王子? なんでまた?」

「さあな。このままだと、王位継承権争いに敗れると思ったんじゃないか?」

ミイナの胸が、どくんと鳴る。

――獣人の奴隷。

――第三王子。

コルソの家族につながる情報があるかもしれない。

ミイナは、そっと背筋を伸ばした。

ペルシャは、ゆっくりとジョッキを傾けた。

一口飲んでから、何気ない調子で口を開く。

「港区画って、最近そんなに物騒なんですか?」

隣の男が、ちらりとこちらを見る。

「ん?」

ペルシャは、肩をすくめる。

「旅の途中で聞きましてね。

この街は平和だって」

男は、鼻で笑った。

「平和なのは表通りだけさ」

もう一人の男が、エールをあおる。

「港は別モンだ。

夜になると、怪しい連中がうろつく」

ペルシャは、興味深そうに頷く。

「怪しい連中、ですか」

「獣人の奴隷を運んでるって噂だ」

ミイナの喉が、きゅっと鳴る。

男は、声を落とす。

「最近は、檻付きの荷車を見たって話もある」

「檻……」

ペルシャは、あくまで冷静を装う。

「第三王子が関わってる、という話も?」

男は、周囲を一度見回してから、肩をすくめた。

「噂だ。

だが、火のないところに煙は立たねぇ」

もう一人の男が、口を挟む。

「王宮絡みの連中が港に顔出してるのは確からしい」

ペルシャは、ジョッキを置いた。

「なるほど……」

フィリアが、にこやかに微笑む。

「港区画の、どの辺りですの?」

男は、少し考える。

「東側の倉庫街だな。

夜だけ明かりが灯る倉庫があるって話だ」

ミイナの胸が、ぎゅっと締めつけられる。

――倉庫街。

――夜だけ動く。

確かな“場所”の情報だ。

ペルシャは、軽く頭を下げた。

「貴重な話をありがとうございます」

男は、照れ隠しのように鼻を鳴らす。

「気をつけろよ。お姉ちゃんも獣人だろ?

深入りすると、命が安くなる」

ペルシャは、小さく笑った。

「肝に銘じます。実は、犬の獣人の知り合いを探しているのですが、心当たりはありませんか?」

ペルシャの問いに、男たちは顔を見合わせた。

「犬の獣人?」

「さあな……港には獣人なんて山ほどいる」

「正直、そこまでは知らねぇよ」

肩をすくめる。

「噂話なら聞くが、個人までは無理だな」

ペルシャは、あくまで穏やかに頷いた。

「そうですか。失礼しました」

その時だった。

どっしりとした足音。

テーブルの横に、影が落ちる。

「あんた達、余所者だね」

低く、少ししゃがれた女の声。

ミイナが、はっと顔を上げる。

そこに立っていたのは、先ほど注文を取りに来た女店主だった。

腕を組み、鋭い目で一行を見る。

「そいつらが知らないのは本当だよ」

男たちが、ぎくりと肩を震わせる。

「バ、バルバラ……」

女店主――バルバラは、鼻で笑う。

「酒飲みに来てる連中に、裏の話を期待する方が間違いさ」

ペルシャは、静かに視線を向けた。

「あなたは、何かご存知で?」

バルバラは、口の端を吊り上げる。

「知ってるよ。この街のことならなんでもね」

ミイナの胸が、どくんと鳴る。

「港区画、獣人、檻付きの荷車、夜だけ明かりが灯る倉庫」

指を一本ずつ立てていく。

「それと――」

視線が、ペルシャを射抜く。

「指輪と、女だろ?」

空気が、ぴんと張り詰めた。

ペルシャは、わずかに目を細める。

「……なぜ、それを」

バルバラは、にやりと笑う。

「この街で、金と酒と噂が集まる場所はどこだと思う?」

ミイナは、ごくりと唾を飲み込む。

バルバラは、親指で自分の胸を指した。

「ここだよ」

そして、続ける。

「ただし――」

ごん、と指でテーブルを叩く。

「情報はタダじゃない。金次第だ」

酒場の喧騒の中で、

確かに、“入口”が開いた。

「……わかりました。お支払いします」

ペルシャは、逡巡の後に言った。

「そう来なくちゃね。

あと二時間もしたら店が閉まる。

それまで待ちな。

ここの飯と酒は自慢じゃないが美味いんだ。楽しんでいきな」

バルバラはそう言うと、颯爽と厨房の方へ消えていった。

「お、おい。お姉ちゃん。大丈夫か?」

酔っ払いの男が心配そうに言う。

「何がです?」

「バルバラの情報は確かだが、とても高額だ……。

ぼったくりと言っていいほどのな……」

「ご忠告ありがとうございます。

案外、優しいのですね。

大丈夫です。

タダより怖いものはないと言います。

逆に信用できるくらいです」

ペルシャはそう言って、静かに微笑んだ。




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