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夜明けと集結

夜明けがきた。

ラベンダーの丘に残っていた闇が、ゆっくりと薄まっていく。

夜露を含んだ紫の花々が、かすかな光を受け、淡く色を変えていった。

空の端が、ほのかに白む。

ミイナは、その場に座り込んだまま、動けずにいた。

ニイナが消えた場所を、ただ見つめている。

そこにはもう、光も、温もりもない。

朝の冷たい風が、ラベンダーを揺らすだけだった。

「……朝、か」

モノの小さな声が、隣で落ちる。

ミイナは、ゆっくりと息を吐いた。

胸の奥に残っているのは、空洞のような感覚。

泣き尽くしたせいか、涙はもう出なかった。

ただ、重い。

「行ったんだね……」

誰にともなく、そう呟く。

モノは答えなかった。

代わりに、ミイナの膝の上へ静かに乗る。

黒い毛並みに、朝露が光っていた。

『ちゃんと、見送れたな』

その言葉に、ミイナは小さく頷いた。

「うん……ちゃんと……」

声が、少しだけ震えた。

遠くで、鳥が鳴き始める。

夜の支配が終わり、世界が「今日」を受け入れ始めていた。

フィリアは、少し離れた場所で朝焼けを見つめていた。

白い衣が、淡い橙色に染まっている。

「夜明けは、優しくもあり、残酷でもありますわ」

振り返らずに、フィリアが言った。

「どんな別れがあっても……朝は、平等に来てしまう」

そして、穏やかな声で続ける。

「彼女は、黄昏へ行きました。

朝でも夜でもない、境の世界へ」

「苦しみも、憎しみも、もう……ありません」

ミイナは、左手の薬指を見た。

指輪は、もう光っていない。

ただの金属の冷たさが、そこにある。

それでも――

確かに、あの時、力はあった。

「……私、行かなきゃ」

ぽつりと、ミイナが言った。

モノが耳を立てる。

「ニイナが言ってた場所」

ミイナは、朝焼けに向き直る。

「お屋敷の地下室。

……日記を、見つけなきゃ」

その瞳には、もう迷いはなかった。

「そうですね。ですが、今日はもう休みましょう。

心も身体も、限界のはずです」

フィリアが、優しく言った。

悲しみは、消えていない。

それでも――

夜は明けた。

そして、ミイナの旅もまた、

静かに次の朝へと踏み出していた。



屋敷に戻ったミイナは、今度こそ泥のように眠った。

身体も心も、限界だったのだと思う。

眠りの中で、ニイナと花畑を歩いていた――

そんな夢を見た気がした。

けれど、目を覚ます頃には、その内容を思い出すことはできなくなっていた。

目を開けると、外はすっかり明るくなっていて、昼だった。

ゆっくりと身体を起こし、昨日と同じ食堂へ向かう。

扉を開けると、そこには皆が揃っていた。

ペルシャは優雅に椅子へ腰掛け、紅茶を口にしている。

(あれって……三十年前のじゃ……)

ミイナは一瞬そう思ったが、何も言わずに胸の内へしまった。

食卓のそばにはクロスケが立っている。

その巨体ゆえ建物に入れないハイランドは、窓の外からこちらを覗いていた。

そして――

行儀が悪いことに、モノは食卓の上に乗り、

その正面の椅子には、フィリアが静かに座っていた。

「おはようございます」

ミイナが挨拶をすると、皆が一斉にミイナを見た。

「おはようございます、ミイナさん。

もう起きて大丈夫ですか?

まだ休んでいてもいいのですよ?」

フィリアが心配そうに言う。

『そうだぞ。色々あったんだ。お前には休息が必要だ』

モノも、珍しく優しい言葉を吐いた。

「ううん。もう大丈夫」

ミイナは、モノの近くの椅子に腰掛ける。

「それよりモノ。行儀悪いよ」

『ん? ああ。そうだな』

モノはそう言うと、ミイナの膝の上に収まった。

ペルシャが、ぶっと紅茶を吹き出す。

「いつの間に!

そんなに仲良くなったのニャ!

ずるいニャ!」

『うるさい。そういうところだぞ。

あと、その語尾やめろ』

モノが一蹴する。

「ペルシャさんたちは、いつ此処へ?

あの後、どうしていたんですか?」

『よく聞いてくれたでござる。

あの後、拙者はペルシャ殿と一緒だったでござる』

クロスケが、ぴょんぴょん跳ねながら言った。

「ええ。砂嵐に巻かれた後、完全に方角を見失いましてね。

夜を待って、星座を頼りに歩いてきたのです」

ペルシャが続ける。

「そして夜明け前くらいに、ようやくラベンダーヒルへ辿り着きまして。

あとは骸骨の執事さんに案内され、今に至るという感じです」

「そうだったんですか……ハイランドさんは?」

ミイナは、窓の外のハイランドに問いかけた。

「わ、私は……あの後、馬駱駝を捕まえるのに苦労しまして……

なんとか捕まえて、ラベンダーヒルに向かって歩いて来ました」

「あ、あとはペルシャさんたちと同じく、

骸骨執事さんに案内されて、今に至るという感じです」

傍には、馬駱駝の姿も見える。

「そちらも、大変だったみたいですね」

「……はい。色々ありました」

ミイナは俯いて答えた。

一部始終は、おそらくモノから説明があったのだろう。

深くは聞かれなかったし、それがありがたかった。

「暗い話はここまでにして、遅めの朝食に致しましょう。

ニコラス」

フィリアが手を叩く。

「はい。お嬢様」

クロスケ以外の各人の前に、皿が置かれる。

その上には、謎の黒い塊。

ハイランドには、そのまま黒い何かの塊が出されたようだ。

『おい……なんだこれは?』

モノが頬を引き攣らせる。

「熟成肉のソテーでございます」

「フィリアさん……何年前のお肉ですか?」

「ざっと、三十年前ですわね」

『熟成にも程がある! 食えるか!』

「いや、意外といけますよ?」

ペルシャは平然と切り分け、口に運んでいる。

「そ、そうですよ……ご、ご馳走様です」

ハイランドも、黒い塊にかぶりついていた。

『お、お前ら……逞しいな……』

「た、食べないと失礼かな……?」

ミイナが手を伸ばしかけた瞬間、モノが止める。

『やめとけ!

あそこの胃袋超人たちと一緒にするな。腹壊すぞ』

『う、うん……』

二人は黒い塊を諦め、干しパンをかじるのだった。



『それはともかく、久しぶりでござるな、フィリア殿』

「ええ。本当にお久しぶりですね。

クロスケ様も、相変わらず案山子のようで……」

「の、呪いを受けてから四人が揃うのは、

百五十年ぶりですからね」

「お労しや、ハイランド様。

せっかくの美貌が、魔物になってしまうなんて」

「も、もう慣れました。

この身体になって良かったことは、何でも美味しく食べられることですね」

『その呪いも、解けるかもしれない。

ミイナのおかげでな』

一斉に視線が集まる。

「うん。私、頑張ってみる。

だからまずは……お屋敷の地下室へ行こう」

ミイナは、決意を新たにする。



それから一日、ミイナたちは各々休息を取った。

身体を休める者、空を眺める者、武具を整える者。

多くは語られなかったが、

同じ夜を越えたことだけは、確かだった。

そして翌朝。

東の空が白み、日の出を迎える。

ラベンダー畑は朝日を浴び、

紫色の波のように輝いていた。

フィリアはその光景を見つめ、静かに告げる。

「十年経っても、私が戻らなければ――

貴方は自由です。後は任せましたよ、ニコラス」

「はい。お嬢様」

「……頼もしいですわ」

一行は旅支度を整え、屋敷の前に立つ。

馬駱駝にはミイナとペルシャ。

フードにはモノ。

荷にはクロスケ。

フィリアはハイランドの肩に腰掛ける。

まずは、蜥蜴人の里へ。

ミイナはラベンダー畑を一度だけ振り返る。

(行くよ、ニイナ)

一行は朝の光の中を進み、

ラベンダーヒルを後にした。

旅は、まだ終わらない。


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