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魔術師と試練

静寂が、戻ってきた。

橙色の光の壁が、音もなく消えていく。

空気が、ゆっくりと元の重さを取り戻した。

闘技場の中央。

砕けた石像は、もう動かない。

刻印を失った首は完全に沈黙し、

かつて“全盛期のクロスケ”だったものは、ただの瓦礫へと変わっていた。

その直後だった。

ゴウン、と低い音が響く。

円形闘技場の奥。

これまで何もなかった壁が淡く発光し、

石と石の継ぎ目が明るくなる。

――扉だ。

「……開きましたね」

ペルシャが静かに言う。

『試練、突破でござるな』

クロスケはそう言いながらも、しばらくその場から動かなかった。

彼の身体は、無残だった。

脚代わりの棒は胴体から断たれ、

両腕も失われている。

それでも――

『……ふう』

クロスケは短く息を吐いた。

『どうやら……まだ、使い物にはなるようでござるな』

その声は、いつもと変わらない。

だが、どこか――穏やかだった。

光の壁が完全に消えた瞬間、

ミイナは走り出していた。

「クロスケさん!」

奈落を隔てていた橋を渡り、

闘技場の中央へと駆け寄る。

「だ、大丈夫!? 体……!」

『心配無用でござる』

クロスケは、折れた身体のまま、

いつものように軽く胸を張った。

『ミイナ殿の師匠として、負けるわけにはいかぬでござる』

「……師匠?」

ミイナが聞き返す。

『え?』

「え?」

一瞬の沈黙。

『酷いでござる! 拙者もミイナ殿の師匠をやりたいでござる!

ナディル殿のことは師匠だって言ってるくせに!』

「ご、ごめんなさい!

そんなつもりじゃなかったの。なんと言うか……クロスケさんは、師匠って感じがしなくって……」

『何故?』

「……案山子だから?」

『酷いでござる!』

言葉とは裏腹に、床でジタバタとするクロスケは、どこか楽しそうに見えた。

ペルシャとモノも、ゆっくりと橋を渡ってくる。

「……見事でした」

ペルシャは短く、しかし深く頭を下げた。

「戦士としても、人としても」

『かたじけないでござる』

クロスケはそう答え、

砕けた石像の方へ一度だけ視線を向けた。

『若い頃の拙者は、速くて、強くて……そして、少しだけ驕っていたでござる』

瓦礫は、何も語らない。

『だが今は、違う』

クロスケは静かに続けた。

『守るものがあり、信じる者がいて……

そして、負けても終わらぬ身体がある』

案山子の身体。

失われた腕と脚。

それでも立ち続ける、今のクロスケ。

『……悪くない人生でござるよ』

その言葉に、ミイナはぐっと唇を噛んだ。

「……うん」

ミイナは頷く。

「私、クロスケさんが“最高の戦士”だって、分かりました」

『それは、光栄でござるな』

クロスケは、照れたように答えるのだった。


* 


「クロスケさん、応急処置をします」

そう言って、ミイナは自分の荷袋を開いた。

布。

紐。

包帯代わりに使っていた、使い古しの布切れ。

魔法はない。

刻印もない。

ただ、人の手だけだ。

「動かないでね」

『承知でござる』

ミイナは、切断された棒同士を合わせ、

布を巻き、何重にも紐で縛る。

引っ張り、締め、ずれないように確かめる。

ぎこちない。

決して綺麗ではない。

それでも――

『……立てそうでござる』

クロスケは、ゆっくりと体重をかけた。

きしり、と嫌な音がする。

だが、崩れない。

『十分でござる。かたじけない』

その言葉に、ミイナはほっと息を吐いた。

「無理しないでね……」

『無理はせぬでござるよ。もう、若くはない』

冗談めいた口調だったが、

そこに無理をしている様子はなかった。

その時だった。

ゴウン、と低い音が響く。

闘技場の奥。

先ほど開いた扉の、さらに先――

何もなかった壁に、新たな扉が浮かび上がる。

石の表面に、はっきりと刻まれた文字。

ペルシャが、無言でそれを読む。

【魔術師がいない場合は引き返せ】

誰も、すぐには声を出さなかった。

沈黙。

ミイナは、ゆっくりと皆の顔を見る。

クロスケ。

モノ。

ペルシャ。

誰一人、口を開かない。

「……」

ペルシャは、腕を組んだまま動かない。

「……」

モノは、扉を見つめている。

「……」

クロスケも、何も言わない。

事実だけが、そこにあった。

この一行に――

魔術師はいない。

扉は、静かに待っている。

否定も、拒絶もせず、

ただ条件だけを提示して。

ミイナは、胸の奥がじわりと重くなるのを感じた。

(……引き返せ、って)

誰も、それを口にしない。

闘技場は静まり返り、

扉の刻印だけが、淡く光を放っていた。

『……ま、まぁ、行ってみるでござるよ』

クロスケは、ぎこちなく言った。

「そ、そうだよね。行ってみようよ。

私、少しならエステラを扱えるみたいだし……」

ミイナも、自信なさげに続く。

『どうせ、引き返すわけにはいかないんだ。なんとかするさ』

「そうですよ。まずは、行ってみましょう」

モノとペルシャも、それに続く。

一行は、橙の光を放つ扉を潜り抜けるのだった。


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