08. 過保護な伯父と、温かな通信
誰が、こんなことを想像出来ただろうか。
私が辿り着いたのは、辺境の丘の上にある小さな屋敷だった。古びた石造りだったから、きっと隙間風が酷いだろうとか、中は埃塗れだったらまずは掃除だな、とかそんなことを考えていたのだ。
廃墟ではなく人の出入りがあった気配を感じ取っていたのだから、その時点で気付けば良かったのだ。
「………………」
グランツ卿と二人で、目の前の光景に言葉を失う。
屋敷の中が、全然古びたぼろぼろの様子では、なかった。
新しい絨毯、新築かと見紛うくらいの綺麗な壁、新品のダイニングテーブルに、暖炉前のソファー。備え付けのキッチンはどう見たって王都の最新の物。暖炉も新しく、赤い魔石が埋め込まれているから、あれも魔導具の一種だろう。
寝込んでいた王城の一室で、辺境に着いた後のことはある程度シミュレートしていた。田舎の庶民の暮らしなら、火を起こす所からスタートだろう。毎日ご飯を作るのが大変だな、とか、洗濯も自分でしないといけないよな、とか、お風呂はどうするんだろう、とか。考えながらも、ちょっとは楽しみだったのだ。
何だろう。今楽しみにしていた予想が、根底から覆されたような気がする。
これはどういうこと? と意味を込めてグランツ卿を見上げるが、彼も似たような表情でこちらを見ている。
「……何かお聞きになりまして?」
「いいえ。俺は、何も」
「と、言うことは伯父様の仕業かしら」
ため息を吐く。最上の手配を、と議会で言っていたらしいが……最上……過保護……最上……うん、そういうことにしておこう。
『エリー? エリー聞こえるか? エリー?』
もごもごとした声が耳に届いた。声の出所を探すと、すぐにグランツ卿がダイニングテーブルに近付く。その上に載せられていたのは、小さな箱。開けていいか? とグランツ卿が確認したので頷くと、中から出て来たのは台座に載せられた手のひら位の珠。通信用の魔法珠だ。
『お、エリー! 気付いたか? 長旅大変だったな! 体調はどうだ? 無事か?』
「伯父様、お久しぶりです。これは一体……」
『声はしっかりしているな。良かった良かった!』
魔法珠から伯父様の朗らかな声が聞こえる。姿は映らず声だけの通信だから、これはそんなに高くはないだろう……家の中を埋め尽くす、高級そうな物達に比べると、だ。
『お前が辺境に来ると決まって、急いで用意したのだ。侯爵領の大工や職人を総動員して内装をやり替えてもらったぞ。外装まで手を付けると目立つと妻から指摘されたからそのままだ。中は妻と息子の嫁と共に調度品を見繕ったぞ。どうだ? 気に入ったか?』
「あ、ありがとうございます……その、結構お金がかかったのでは?」
『エリー、公爵家の令嬢であり北部の大侯爵である私の姪のお前が、金額について気にする必要はない。金は使わないと経済が回らないのだ』
「そうですが、しかし、このようにしてもらっても、私は何も返すことが」
『何、私からの婚約破棄の慰労とこれからの新生活への祝いを込めてだ。お前の父の公爵にも出させたからそんなに心配することはない。それに、エリーは何も返す必要がない。これらの減った分は王室からの慰謝料を充てるからな』
「慰謝料!?」
『ああ、そうだ』
嬉々として伯父様が話をしている。
『公爵家の弁護士がやっているが、私からも彼に踏んだくれと指示を出した。金額は……』
聞いた瞬間にグランツ卿と二人で肩を跳ねさせた。こ、国家予算にあたるレベルでは……?
『こういうのは多めに吹っ掛けた方がいい。実際は減るだろうが、今回掛かった費用を当てても釣りが来る金額だ。慰謝料はエリシアに対して支払われるのだから、お前に使うのが筋だろう』
「それなら、孤児院の寄付に当てるとか他に使い道も」
『ならん! エリシアの今までの人生や努力に対する物だ! だったらお前に使うのが一番いい!』
突然の大声に顔を顰める。
「ですが」
『残った分の慰謝料も全てエリーに注ぎ込むつもりだ。お前の父親にも許可は得ている』
「それは、あまりにも……」
過分では? と言い掛けた言葉を飲み込む。
『物事には何もかも金がいる。侯爵家の侍医をそちらに定期回診に向かわせよう。うちの孫を診ていて魔力過多症にも明るい。すぐに手配するから到着の予定は追って知らせる。必ず診察を受けるように』
「……はい」
『食料や必需品もこちらから手配しよう。都度必要な物があればこの魔法珠を使って連絡しなさい。これは私の執務室に置いておくから、私や執事、補佐官が連絡が来たらすぐに反応出来るようにしておこう。……それと』
伯父様の声が、一段小さくなった。
『この通信珠の存在は、妻にはまだ言っていない』
ぷっ、と小さく笑いが出た。
『見つかったら寝室に持ち込んで、お前が疲れ果てるまでずっと話続けるだろう。そうなるのは私にとってもお前にも不本意なはずだ』
「いえ、伯母様と話すのは別に……」
『私が寂しいんだ。やめてくれ。通信珠は指先で二回触ればこちらに繋がる。何かあればすぐ掛けるように。ただ、今言った通り妻がいる際は出られないからすぐに掛け直す。分かったな?』
「はい」
『それと! 王から使わされた護衛騎士! そこにいるな!?』
伯父様の声にグランツ卿が背筋を伸ばす。
「ここに」
『王から命を受けているとは聞いているが、いいな? 絶対にエリシアを傷付けたり手を出すんじゃないぞ。その際は王都どころかこの辺境からも追い出して二度と日の目が拝めないようにしてやる!』
「はい、仰せの通りに」
『あなた、誰と話をしているの?』
奥から伯母様の声が聞こえた。伯父様が慌てている。
『では妻に見つかるから切るぞ。今度会いに行くから元気でな、エリー』
「はい、伯父様」
通信が切れて魔法珠の光が消えた。ふぅ、と思わず息を吐く。
「愛されていますね」
グランツ卿を見ると、目元を優しく緩ませてこちらを見ている。
「そうね。過保護だと思うくらい。……もっと早く気付けば良かったと後悔しているわ」
魔法珠を見つめながら、息を吐き出す。胸の内の温かさと共に、この想いを返せないことが非常に心苦しい。
「会いに来るとおっしゃっていましたから、その時に何が出来るか一緒に考えましょう」
グランツ卿の言葉に目を瞬かせる。
「一緒に?」
「はい。一緒に。……お嫌でしたか?」
こちらを伺う彼に首を横に振った。
「いえ、普段言われない言葉だったから驚いただけよ。……そうね、今は一人ではないもの」
す、と息を吸い込んで、ふ、と吐き出す。
「まずは荷物を運んで片付けないと。手伝ってくれる?」
「お任せを。ルヴェリア嬢はどうか休まれてください」
「私の荷物があるもの。それくらいはやるわ」
「では、まず俺が荷物を室内に運びますので、ルヴェリア嬢は部屋の確認をお願いします」
「分かったわ」




