07. さよならは、言わない
辺境に入って、侯爵家の騎士と合流した。
伯父様の騎士で顔見知りではあるけれど、流石に弱っている所は見せられないと判断し、薬箱のトランクを開けた。中に入っているのは、大量の瓶。錠剤から液体、粉、干した薬草。常飲する物から応急時に飲む物まで、全て自分で管理をしている。
その中から液体の入った瓶二つと粉薬一つを取り出し、一思いに飲み切った。
これで今日一日は頑張れる。
「……ポーションで薬を飲んでもいいのですか?」
「多分駄目ね」
飲み終わった瓶の栓を閉めながらグランツ卿にそう答える。
飲んだのは、体力を回復させるポーション、体力を継続回復させるリジェネポーション、さらには魔力を減らす薬だ。一般的には毒となるこの薬は、魔力過多症では薬として重宝されている。
護送されている間、溜まっている魔力と削られた体力のせいで熱が出たが、心なしか普段よりは体力が減っていない気がする。馬車の中で殆ど寝ているか、カイル様やオスカー様と話をして笑っているからだろうか。それとも旅が気分を高揚させているのだろうか。
「………………」
初日のように、背すじを伸ばして、胸を張って、姿勢を正してクッションの上に座す。この身は追放されたが、今は町娘の格好だけれど、中身は公爵令嬢なのは変わらない。ここまで甘えていたが、ここから辺境の屋敷に着くまでは気品を保っていなければ。……こうやって人前で気品を保つのは、最後になるかもしれないけど。
「すげぇ、エリシア様が公爵令嬢モードだ」
「こら!」
「悪役令嬢も出来ます?」
手で口元を隠し、不敵に御者台を見上げれば、ぐっ! とカイル様が親指を上げ、オスカー様に叩かれていた。グランツ卿も静かに笑っている。お陰で少し気が楽になった。心の中で二人にお礼を言う。そして、少しだけ、悲しくなる。
多分、もうじき別れが近付いている。
辺境に入ってすぐの街から、さらに次の街、さらに街道を逸れて丘を幾つか越えた先。
ようやく、馬車が停まった。
荷台の扉が開かれる。立ち上がると、側に控えていたグランツ卿が先に降り、私の方に手を伸ばした。
その手を取って、荷台を降りる。
「……ここが、辺境」
護送用の馬車からは見えない世界が、王都に住んでいたら知らない世界が、目の前に広がっていた。
青々としたなだらかな丘陵の先には森が広がり、さらにその先には険しい山々がそびえ立っている。もう初夏だというのに山の上がまだ白いのは、それだけ標高が高いと言うことだろう。
そして、目の前には一軒の石造りの古い家。塔が付き、煙突があり、塀があり、小さな厩がある。王都の公爵邸とは比較出来ないが、田舎にある一軒家だとしても、小さい部類に入るのだろう。
ここが、私の家。私が最期を過ごし、この身を燃やして果てる家なのだ。
「エリシア様、遠路はるばるようこそお越し下さいました!」
侯爵家の騎士の声に感傷から現実へと引き戻された。こちらに敬礼する騎士たちに体を向ける。
「案内ありがとうございます。こうして無事に着きました」
「辺境への到着が遅く心配していました。お体の具合はいかがですか?」
「ええ。今は大丈夫です。お気遣い感謝致します」
「エリシア様、使用人や侍女は……」
騎士の言葉にゆるく微笑んで、首を横に振る。
「そうですか……そちらの方は?」
「アルベルト・グランツ卿です。王国の近衛騎士団副団長で、今回私の護衛騎士として陛下から賜りました」
グランツ卿が胸に手を当て、侯爵家の騎士達に一礼をする。
「本当に大丈夫なのですか? 御身の安全は?」
「既に誓いを済ませました。彼は私の剣です」
「でも……」
「例え何があろうと、ルヴェリア公爵令嬢をお守りする所存です」
「そうですか……閣下にご報告し、侯爵家の侍女や使用人の手配を進言することも出来ますが」
「結構です。……巻き込む人を、出来るだけ増やしたくないの。ごめんなさいね」
眉尻を下げてそう言えば、侯爵家の騎士達が、息を飲んだ。
「エリシア様ー! 副団長ー! 積荷を降ろし終わりましたー!」
背後でカイル様が声を掛けたので振り返る。荷台に載っていた荷物が、敷布の上に全て降ろされていた。
「どうしましょう? 家の中まで運びましょうか?」
「そうね……」
屋敷の方を見る。見るからに古いから、まずは掃除が必要そうだ。しかし廃墟同然ではなく、人が入ったような気配がするのはどうしてだろうか? 伯父様が人を雇って掃除をしたのかな?
「荷物も少ないし、ここで大丈夫です。……家の中が把握出来ていれば、お茶を出したいのですが、探す所から始めないと……」
「いいんですよ。俺たちは任務でここまで来たのです。荷物と令嬢を送り届けたら、王都に帰るのが仕事です」
「どうか道中お気を付けて。本当にありがとうございました」
深々と、彼らに一礼をする。
「お二人とグランツ卿のお陰で、無事にここまで来れました。道中とても楽しかったです」
「俺もです。あなた様と談笑出来ましたこと、何よりの喜びでありました。――副団長も、どうかお気を付けて。エリシア様のことを、よろしくお願いします」
言葉にせず、グランツ卿がしっかりと頷く。
「じゃあ帰るぞ、カイル! ……カイル?」
俯くカイル様の、喉が鳴った。
「エリシア様……」
「どうしました? カイル様」
何も言わず、ひくりと彼の喉が鳴り続ける。
「……堪えろと言ったじゃないか」
そう呟いたオスカー様の言葉に、眉尻が下がって口角が上がってしまった。
私との別れを、惜しんでくれている。もう会えないのが嫌だと、全身で訴えてくれている。それがなんて、嬉しいことだろう。
「カイル様。……この地であなた様のご健康とご活躍を、何より願っておりますわ」
「他人行儀、です……」
「またね、が言えないのです。どうかご理解ください」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
鼻を啜ったカイル様が顔を上げ、こちらに手を差し出す。意図を汲み取って、その手に私の手を重ねて握った。
「……さよならは、いいません」
「ええ。では私も。ありがとうございました。道中とても楽しかったです」
手を離し、女性として最上位の礼であるカテーシーを彼に送る。対する彼は、目と鼻を赤くし、びし、と敬礼を返してくれた。
「長旅お疲れ様でした! これにて失礼します!!」
敬礼が終わると、踵を返し、そのまま大股で馬車の御者台へと向かっていった。オスカー様が敬礼に、すぐにカイル様の後を追う。すん、とこちらも鼻を啜ってしまった。
「とても善い方達でした」
「自慢の部下です」
侯爵家の騎士達も、役目を終えたと挨拶をして馬へと乗る。何かあったら侯爵家に連絡するように、念押しをされた。心配をされているのだろう。とてもありがたいことだ。
「本当に、あなたはここでいいのですか?」
辺境の丘の上にある一軒家に、いるのは私とグランツ卿だけ。訊ねるとグランツ卿は胸に手を置き、頭を下げた。
「俺はあなた様の剣です」
「王都の生活より厳しくなって、私の体調のせいでご迷惑をかけると思います。戻るのなら今のうちですよ」
護送馬車は、丘をひとつ越えた先に見えている。走って声を掛ければ、まだ間に合うかもしれない。
「構いません。それでも、俺はあなた様の側にいます」
「…………分かりました」
説得は無駄か、とひとつ息を吐いてから、気分を変えようと手を叩く。
「ではまず家の中を確認しましょうか。でないとやるべきことが見えてきませんね」
そう言って、彼を伴って屋敷へと近付き、扉を開ける。
……が、目に飛び込んできた光景にお互い何も言えず、そのまま扉を閉めてしまった。
「……今の、何?」
「俺にもよく……」
「魔法による幻術とか?」
「……見破れますか?」
「解毒なら分かるけど、幻術看破の類は普通習わないわ」
二人で顔を見合わせて、背後を振り返る。
侯爵家の騎士の姿はなく、護送馬車は丘の向こうへと消えてしまった。
「……どうしましょう、これ」
二人で顔を見合わせてから、もう一度扉に目を向ける。
扉の先には、予想していなかった光景が広がっていたからだった。




