52. この国と民の安寧を
晩餐会が行われた、数日後。
こちらからの要請に応じて国王陛下の使者が通信珠を持って侯爵邸を訪れた。
女神の神託——楽園の乙女を救うのが、愛だと言う、その内容の是非を問う為だ。
客室には盗聴防止の措置が施されている。
室内に残ったのは通信珠と私、それから父だけだった。
伯父様は通信珠を運んできた使者と共に安全を確認した後、「機密の多い話だろうから」と席を外している。
ただ、退出する前に私に「話せないことも多いだろうが、後で話せる部分だけでも教えてくれ」と耳打ちしたので小さく頷き返した。
アルベルトは、客室の入り口で待機している。
静かになった室内で、時計の秒針が刻む音が響き渡る。
そして時間になると、通信珠が淡く光って明るくなった。
『——エリシア。聞こえるか?』
「お久しぶりです、陛下」
通信珠から聞こえる懐かしく感じる声に、思わず顔に笑みが浮かぶ。
「ご機嫌麗しく。エリシア・フォン・ルヴェリアは、父クラウス・フォン・ルヴェリア公爵と共にここにいます。お元気でいらっしゃいましたでしょうか?」
『おお、エリシア。儂はこの通り元気だ。ずっと心配していたぞ。声に張りがあって元気そうだ』
陛下の嬉しそうな声が通信珠から聞こえてくる。
『クラウス、お前から見てもどうだ? エリシアは元気か?』
「王都に居た頃よりも伸びやかに過ごしております。付きましては陛下、早速女神の神託について確認を」
『その前にだ。エリシア、我が息子について謝らせて欲しい』
一拍、言葉に間が空いた。きっと向こうで頭を下げているのかもしれない。
『もう終わった関係なのに、我が息子が君に迷惑を掛けた。本当に、済まなかった』
「……謹慎は終わったと伺っていましたが、その後監視等はされていなかったのですか?」
淡々と、陛下に言葉を返す。陛下は好きだが、それとこれとは話が別だ。
『監視は勿論していた……が、神殿へ向かう動きまでは把握していたのだが、そこから監視を巻かれたのだ。こちらの目算が甘い部分もあった。本当に、申し訳なかった』
「かしこまりました。今後は私の居る間だけでも、侯爵領への立入りを禁じてください。それと監視の強化もお願いします」
『分かった。今後も君が心穏やかに過ごせるように配慮しよう』
はぁ、と陛下のため息が聞こえる。
『では、女神の神託の話をしよう。——先日、神殿から女神の神託があったと報告があった。その時の資料が、こちらだ』
通信珠が強く光って、目の前に紙の束が現れる。それを手に取って、目を通した。
中身は、神託を記した楽譜。それを読み解く資料。過去の神託からの抜粋。そして翻訳した結論が書かれている。
音階から『楽園』『乙女』『救う』『愛』と単語は読み取れている……が。
『どう思う? エリシア』
「……雑音やずれが少なすぎます」
呟いた言葉を、父が拾う。
「どういう意味だ」
「神託は、女神様が伝えた音を聖女様が受け取り、その口を通して伝えます。それを神官が聞いて記録するのですが、聖女様の受け取り方や喉の発声、そして神官の聞き取りによって誤差も生じるので、完全一致の綺麗な音になるのは難しいのです。なので一番近い音階の形から意味を予測するのですが、こんな音の揺らぎが少なく、綺麗な音階で記録されるのは滅多にありません。恐らく、聖女様の技量が高い証拠でもあると思いますが……」
資料から顔を上げて通信珠を見る。
「この神託を記録してもいいですか?」
『本当は駄目だが、エリシアに関わる可能性があるから、特別に赦そう』
「ありがとうございます」
「……この神託は、本物なのですか」
父が、押し殺すように呟く。
『ああ、神殿から提出されたから、恐らく本物だ』
「だとしたら、こちらを馬鹿にしているような内容だ! 愛でどうにかなるのだったら、エリーはとっくにどうにか……」
言いかけた父の言葉が、途中で消えた。記録するためにノートに向けていた顔を上げると、父の顔から血の気が引いている。
「そうじゃないから、今の状況なのか?」
「父様……」
そっと、膝の上で拳を握っている父に寄り添う。——そうじゃないと否定して欲しいが、私も、素直になれなかった部分があるから、受け取っていたとは到底言い難い。掛ける言葉が見つからなくて視線が落ちる。
『クラウス。まだそうと決まった訳ではない。……実は、儂も少々、この神託には腑に落ちない点がある』
通信珠から聞こえた言葉に、ゆっくりと視線を向けた。
『エリシア。恩寵者について分かることは?』
「はい……大昔に勇者が召喚されてから異世界とこちらに通り道が出来、異世界で亡くなった魂が女神様の導きで新たな命を授かった者、です」
『そうだ。そして、女神の神託は実は二種類ある』
「……二種類?」
それは初耳だ。神託の本にも書かれていない。
『ああ、一つは、女神の言葉や思いを聖女が受け取り、音として伝えた物。——そしてもう一つが、恩寵者が前世で得ていた、この世界に関する知識を伝えたものだ』
「……この世界に関する、知識?」
『そうだ。過去の記録では、この世界の出来事を“物語”として知っていたと証言した恩寵者もいる。どちらも便宜上は『女神の神託』だ』
陛下の言葉に、目を見開く。
『ただ、大抵は若者の恋だの婚約だのに関する話でな。今の所国家を揺るがす事態には至っていない。もし今回の一件も同じなら、君が馬鹿息子に婚約破棄されたことにも、この知識が関わっていた可能性がある』
私の心臓の音が、聞こえる。喉が渇く。
『エリシア、君も恩寵者だ。この件について何か知らないか?』
父が、こちらを見る。私は、通信珠から目を逸らすことができない。
もし、それが本当なら、……私は。
何かの作品で、登場人物だった、と言うことだ。
* * *
それは、王太子が謹慎に入る少し前のこと。
——王都、神殿本部。
王太子が、近衛騎士団団長を伴い聖女の間へと歩を進めていた。
この後、王太子は謹慎へと入る。
しかしその前に、神殿で聖女と面会し、話をしたいと団長に嘆願した。
団長は王城と連絡を取り、国王に確認した上で、承諾した。
ただし、近衛騎士団団長を伴うこと、面会後は速やかに謹慎することが、条件である。
王太子はすぐに頷いた。
そして、聖女に謁見を申し入れ、今に至っている。
「あら、ご機嫌よう。殿下。如何でしたか?」
聖女の間で、聖女は正装に身を包み、錫杖を手に神官と話をしていた。
顔はヴェールで覆われ、口元しか見えていない。
「聖女、話がある」
「はい、何でしょう?」
聖女の前に、王太子が立った。表情には、怒りと戸惑いが入り混じっている。
「エリシアに会って話をした」
「……そうでしたか。それで、どうでしたか?」
「どうも何も……! エリー……エリシアは、君を加害していないと言っていた。それは、本当か?」
「………………」
王太子の言葉に、聖女は動きを止めた。そして、なるほど、と頷いてみせる。
「そうでしたか……やはり認めないのですね。しかし、それでいいのです。後はどうとでもなりましょう」
「どういう意味だ?」
「殿下」
錫杖を持った聖女が、王太子に前のめりに近付く。口元は弧を描いている。
「いつまであの方にしがみついているのですか?」
「何……!」
「あの方は、御自身の病気を殿下に告げないまま、将来の王太子妃として振る舞っておられました。それでも、あの方の言葉だけを信じるのですか?」
「……君は」
感情を抑えながら、王太子が言葉を発する。
「エリシアと私の仲を手助けすると言ったではないか。なのにどうして引き裂こうとするんだ」
「私がお引き受けしたのは、殿下とエリシア嬢の仲を取り持つことではありません」
そう言って、聖女は身体を起こす。
「エリシア公爵令嬢が元気がない。だからどうすればいいかと相談を受けました。そして、エリシア嬢に嫉妬させるよう手伝ってほしいと言われ、それを受けました。私がしたのは、それだけです」
「君が……君がエリシアの病のことを隠していれば、エリシアは私の側に居たんだ。物事を明るみに出して、しなくていいことをしたのは君ではないか!」
こつん、と聖女が錫杖で床を叩く。口元は変わらず、笑みを浮かべただけだ。
「私は、婚約破棄をしろとは一度も申し上げておりませんよ?」
「何……!」
「エリシア嬢との関係を裂いたのは御自身の判断です。話は以上でございますか?」
聖女の動きが、大人びた女性から年相応の少女の物へと変わる。
「では私はこれで。殿下のご健勝を心よりお祈りします」
恭しく聖女が一礼する。頭を、上げない。聖女の間からの退出を促している。
「……殿下。頃合いです。戻りましょう」
「待て。最後に聞きたいことがある」
聖女が、身体を起こした。にこやかに微笑んでいる。
「何でしょう?」
「目的は、何だ。何がしたい」
殿下の問いに、聖女は——口元に柔らかな微笑みを浮かべた。
「私は女神様にお仕えし、この国と民の安寧を——心より祈っております」
ここで5章終了です。お疲れ様でした。
次から6章なのですが、少しお休みをいただきます。更新予定は11/7(土)です。よろしくお願いします。




