04. 星空の下の語らいと、不落の剣
追放された私が、こんな穏やかな時間を過ごせると思ってなかった。
念の為護送を装っているので昼はあまり外には出られなかったが、夜の人通りが少ない街道沿いでの野営は、良かったらどうぞと外に出してもらえた。
星空と木々に囲まれた中、焚き木の側に座り、パンと作ってもらった温かな食事を頂く。
焚き木の爆ぜる音。澄んだ夜空。まるで前世のキャンプだよな、と淹れてもらったお茶が入ったカップを両手に包んで微笑む。
「お口に合いましたか?」
オスカー様の問いに、私は首を縦に振る。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「本当です? 普段公爵家や宮廷で出る物と全然違うでしょ?」
「それはそれ、これはこれの良さがありますよ」
「エリシア様って、優しいですよねぇ。普通の貴族ならもう根を上げていますし文句言っていますよ。騎士団の養成所で初の野外訓練に参加した貴族出身の奴らなんて、やれ、パンが固いとか、スープが不味いとか文句ばっかり」
「そういうお前は、今も文句言っているじゃないか」
「不味いものに不味いと言っているだけですー! 先輩はまだいいですけど、ほら、下手な人がいるじゃないか。あまり口に出せないけど」
「ああ、まぁ。あいつはな」
かなり打ち解けた口調でカイル様が話をし、オスカー様が口を挟む。それを聞いているだけで、久々に楽しくて口元が緩んだ。フードを被った人は、開け放たれた荷台に腰掛け、別の場所を見ている。どうやら見張りをしているようだ。
「ねぇエリシア様。俺の従兄弟がエリシア様と学園で一緒だったんだけど」
「ええ。存じております」
カイル様の家名からして、あの方だろう。クラスは違うから存在は認知している程度だ。
「そいつから聞く学園でのエリシア様の印象と、王城でのエリシア様の印象って違うんですよねー。使い分けされていたんですか?」
「どう違ったんだ?」
「優しいけど、冷たいし近寄りがたいし、何を考えているか分からなかったって」
「……ああ」
カイル様の問いに眉根を寄せる。
「体調が悪い日が多かったのと、忙しくて余裕が全くなくて」
「学園に通いながら王太子妃の教育を受けていましたよね?」
首を縦に振る。
「それに、余命に間に合うように、卒業後すぐに結婚式も執り行う予定でした。その準備もあって忙しかったのであまり余裕は……」
「はぁ!? じゃああの王太子、結婚間近だったのに婚約破棄したのかよ!」
「おい!」
カイル様の言葉に小さく笑って、視線を下げてカップのお茶を見る。焚き木の明かりが、お茶の水面に映っている。
「黙っていた私も悪かったのです。これからもずっと一緒にいると思っていた相手が、すぐ死んでしまうことを黙っていたなんて、やっぱり騙された気分になりますよね」
「それは……、それでも……っ!」
言いたい言葉を飲み込んで、カイル様が空を仰ぐ。その肩をオスカー様が叩いた。
「ちなみに渦中の聖女様とはどうだったのですか?」
「学年が違いますから、接点はあまりなかったです。公務で少々お会いする時があったぐらいかしら。後は……王太子殿下との距離が近かったので二回程注意をしたことと、聖女様がお祈りに使う聖水を私が捨てたのを見たと責められたことぐらいかしら」
「何か色々聞きたい言葉が出てきた!」
空を仰いでいたカイル様が復活する。
「学園でもあの二人は一緒にいたんですか?」
「ええ。同じ生徒会役員でしたけど、妙に二人で一緒に居たのを他の生徒にも見られて私に報告がありまして……御二方それぞれにご注意を申し上げたのですが、聞き入れてもらえず……」
はぁ、とため息をついて頬に手を添える。
「学園で燃える恋、と言うのは理解出来ますが、側妃に出来ない相手ですし、やるのなら秘密裏にやって欲しかったですわ」
私の中身は、現代で生きた日本人だ。
王太子と聖女。婚約者の公爵令嬢。学園でのあれこれ。
だから報告を受けて注意をしに行った時の王太子や聖女様の態度を見た瞬間に、ぴんと来たものがあった。
あ、これ、前世で流行りの悪役令嬢の婚約破棄系か? と。
体調不良で回りにくい頭だったけど、少し考えてから放っておくことにした。
何故なら私は公爵家の令嬢ではあるものの、悪役ではないし、聖女を虐めてはいない。婚約破棄されたらされたで……あのとても苦労して選んだ、素敵な結婚式のドレスが着れなくなることは残念ではあったが、別に王太子のことは好きではなかったので、そうしたら残りの余命は公爵家か領地に引き篭もって、のんびり引き篭もろうと思っていたのだ。……悪役令嬢、エリシア・フォン・ルヴェリア。ちょっと語感いいな、なんて思ったりもして。
――まさか余命を黙っていたことでの、王室詐欺罪で訴えられるとは思ってもみずに。
逡巡が終わって、顔を上げると二人が固まっていた。心なしか、フードの人の視線もこちらに向けられている。
「どうしました?」
「あ、ああ、いや、その」
「……聖女様から責められた件をお聞きしても?」
「ええ。いきなり犯人扱いされて、とても驚いたのです。だって、聖女様と学年が違いますし、ロッカーに入れていたと仰っていましたが、私はそのロッカーがどこにあるか存じ上げませんし、そもそも学園に祈りの場はないはずですから聖水を持ち込むこともどうかと思いますし……」
「つまり、やってない?」
「ええ、やっておりませんよ?」
「神殿側は認めたと仰っていましたが……」
「興味がない、と申し上げました」
あの時も、同じように「興味がありません」と言って話を切り上げた。――最初に私がやったと言ってきて、やってないと言ったら食い下がって堂々巡りになったので引き離すためにそう言ったのだ。
「小娘の妄言に付き合える暇は、私にはありませんから」
もし、私が彼女と仲が良くて、無くしたと相談に来たのなら、手伝いはしたが、親しくない他学年の彼女がいきなり私のクラスに来てそう言うものだから、どうにも出来ることはない。
「……エリシア様、学園ではそんな感じだったのですか?」
「ええ、こう見えても元未来の王太子妃でしたから。下手な態度を取って舐められるのも嫌ですし」
「はぁ……かっこよ。巷で言う悪役令嬢ってこんな感じです?」
「あの大衆向けの演劇で流行っていたやつか? 妹が面白いと言っていたな」
「あれ出来ますよ」
「出来るの!?」
「友人とふざけてやっていたのです」
んん、と咳払いをしてから、得意げな顔をして、手元で扇子を広げて口元を隠す真似をする。
「おーっほっほ! 身の程を知りなさい! たかが平民風情がこの私に歯向かえるとお思い? 生まれ直して来なさいな!」
背後から思い切り噴き出す声が聞こえた。振り返ればフードを被った男性が咳き込んでいる。
「ご、ごめんなさい! 聞き苦しかったですよね? 友達からも下手と言われておりまして……あの、今のは劇中での台詞なので本当に思っておりませんから!」
「ぷっ、あははははは!」
振り返ればカイル様は腹を抱えて笑い、オスカー様は声を出さずに震えて笑っていらっしゃる。
……流石に、恥ずかしくなって髪を触った。
「た、高笑いは流石に似合わな……ひぃ……」
「も、申し訳ありません……エリシア様に、そのような特技があるとは思いもせず……」
「……下手なら下手と仰ってください」
「んんっ、申し訳ありません。決して馬鹿にしたつもりでは」
フードの男から、声が聞こえた。聞き馴染みのある声に、思わず目を丸くする。
「その声……アルベルト・グランツ卿?」
「あ」
「あーあ、もうバレちゃった。副団長ー! これから一緒に行動するのですから、ここらで顔合わせでもしたらどうですか?」
荷台から降りて立ち上がった男の人が、フードをゆっくりと外す。現れた姿に、目が釘付けになった。
焚き木の明かりに照らされるのは、黒に近い茶色の短髪に、深い灰色の切れ長の瞳。背の高い引き締まった体。
――平民出身でありながら実力で近衛騎士団に選出され、若干二十二歳で副団長に抜擢をされた、別名『王家の盾』『不落の剣』のアルベルト・グランツ卿本人がそこにいたのだった。
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