22.愛しているから許した
「私は充分反省しました。だからエリシアを私の元へ返してください」
王太子の言葉に、父である国王は眉間を指で押さえた。ここが謁見の間ではなく、執務室だったのはまだ幸いだ、と考えを切り替える。
「エリシアはお前との婚約が破棄された。神殿側からの聖女を傷付けたと言及があり、断罪されて王都追放となった。お前はそれを分かっているのか?」
「はい。分かっております。だからエリシアを取り戻すのです」
戸惑う国王とは正反対に、王太子の目は真っ直ぐだ。
「私はエリシアの嘘によって傷付きました。婚約破棄をしたのも、私がどれだけ傷付き、裏切られたのかをエリシアに知ってもらうためです。私も傷付いて、エリシアも傷付いた。だから、これでお互い相手の事を許せると思うのです。現に私はエリシアを許しました。今頃エリシアは私がいなくて泣いているはずです。早く迎えに行かないと、エリシアが困っています」
「…………まず、な」
頭の中で整理をしながら、国王は口を開く。
「エリシアはお前を騙していない。エリシアの病名が判明した際、儂とルヴェリア公爵とエリシアの三人で話し合い、時が来るまでお前には黙っている事を決めた。嘘を吐いた訳でも、裏切った訳でもない。分かるか?」
「いいえ。裏切りです」
「……何故?」
「私とずっと一緒にいると、隣にいるとエリーは約束しました。離れようとするのは裏切りです。理由はどうあれ、結果が全てです」
国王は椅子に深く腰掛け、ため息を吐いた。
「婚約破棄を切り出したのは、お前からで、そうでなければエリシアはずっと一緒にいたぞ?」
「病で離れようとするからです! 私を置いて行くなんて……! ——病気を治そうとしないのはエリーの怠慢だ!」
王太子の低い声に、国王は口を引き結んでから、ゆっくりと開く。
「……エリシアには、高名な医者が治療に当たっていた。大人になるのが難しいと言われても、薬を飲んで、体調が悪くても、いつも問題ないように振る舞っていた。最期の瞬間まで、お前と共にあろうとしていた。——その献身を、お前は、怠慢と言うのか?」
父王の言葉に、王太子はぐっと言葉を飲み込んだ。「それでも……治そうとしないで死ぬのを受け入れるのは怠慢と同じです」と小さく呟いた言葉に、国王は息を吐く。
「病を発見した時には、もう治せない状況であった。それでもエリシアは気丈に振る舞っていたのだ。儂はそれを怠慢だと思わない」
「父上は知っていたからいいですが、私は知らなかったので深く傷付きました。聖女が気付いて教えてくれなければ、私はずっと知らないままエリシアを失っていたでしょう」
王太子の言葉に国王は眉を顰める。聖女は神殿が崇める女神の巫女であり、信仰の象徴だ。
今代の聖女は恩寵持ちで光魔法の使い手であると、国王は把握している。ひょっとすると、その力でエリシアが隠していた病に気付いたのだろう。
「お前と聖女の関係はなんだ?」
「前にも言った通り、協力者です。エリーを助けるために、二人で行動していました。——それなのに、エリーが聖女を害するなんて……」
ぎりりと拳を作った王太子に声を掛けようかと思ったが、続いた言葉が「私を愛するが故に……!」だったので、国王は天を仰ぎたくなった。……我が息子ながら、思考が救いようがないほど前向きだ。
「エリーは私のものです。最初からずっと。エリーも私の事が好きだから婚約はいくらでも結び直せます」
「余命が公表され、断罪されて追放刑に処されたのに、王太子妃の座に戻ってこれると思うか?」
「王太子妃でなくても、側にいることは可能です。私が愛しているのはエリシアだけです。愛しているのだからどんな困難も乗り越えられます!」
国王は、もう、返す言葉を失った。何を言っても、言葉は届かないと悟った。
側に従っている近衛騎士も——確か、名をカイルと言った——姿勢は変わらないが、分かりやすく顔を引き攣らせている。国王は机に肘を突き、額を押さえ、深く、深く、深いため息を吐き出した。
『……と、その場に居たカイルが真っ青になって俺に報告に来ました』
「そうか……」
『一応、聞いていいですか?』
「……何だ?」
王太子の言動に頭が痛くなりそうだったが、アルベルトはオスカーの問いに返事をする。
『エリシア様、王太子殿下を恋しがって泣いています?』
「いや。全く」
『……ですよねぇ。護送中の会話もそうでしたが、どうしてそう思えるんだか……ちなみにまだ続きがありまして』
あまり聞きたくないと思うが、エリシアの身の安全のためにも知っておかなければならない。
『エリシア様の居場所を教えろと、北部侯爵様に噛み付きに……』
アルベルトは顔を覆いたくなった。
「北の侯爵! 話がある!」
「……これはこれは。王太子殿下。ご機嫌麗しく。ご挨拶頂き誠に感謝を……」
「御託はいい! エリーを早く私の元へ連れ戻せ!」
護衛騎士を連れて王城の廊下を歩いていた侯爵は、王太子に声を掛けられ恭しく頭を下げた。しかし、掛けられた言葉に顔が引き締まる。
「エリシア・フォン・ルヴェリア嬢は罪人として追放刑に処されました。私の領地で身柄を預かり監視していますが、そんな大罪人を殿下にお渡しするのは法が赦さないでしょう」
「法律はいい。私が許す。もう反省しているはずだから戻せ」
「……戻す? はて、何を仰っているのやら」
下げていた頭を、侯爵は上げる。
「婚約は破棄されましたので、例え王都に戻って来ても殿下の元には戻りません」
「いいや、戻らせる。エリーは私のものだ」
「……エリシアは貴方のものではない」
す、と侯爵は目を細めた。そして、向けていた体の踵を返す。
「これ以上は時間の無駄です。それでは失礼します」
「待て侯爵! 私を無視するつもりか!」
「今の殿下には、エリーは渡せません」
「いいや、取り戻す! さもなくば……」
「——さもなくば?」
侯爵は、足を止めた。そして振り返らずに、侯爵は口を開く。
「殿下、私に喧嘩を売るつもりですか? 北部の大侯爵で、国一番の穀倉地帯と馬を産出する――この、私に?」
「っ——!」
「喧嘩を売る相手と、方法は考えるのが賢明です。もう私は用がありませんので失礼します」
一度も振り返らず、侯爵はその場を後にする。そして充分距離を取ったであろう頃を見計らって、深いため息を吐いたのだった。
通信珠越しに、伯父様が深いため息を吐いた。流石に申し訳ない気持ちになる。
「対応ありがとう、伯父様。面倒事に巻き込んでごめんなさい」
『何、エリーのせいではないから気にするな。しかし……』
再び、伯父様からため息が漏れる。
『昔からああだったのか?』
「ええ、そうね……割と。御自身が正しいと思われる方だったわ」
『よく、耐えられていたな。私がエリーの父親だったら婚約の解消も視野に入れていたぞ』
「そうね。でも父様から見れば従兄弟の国王陛下の御子息で、私にとっても親戚だから、見捨てられないのよ」
『親戚か……いくら親戚でも、あれはな……』
言い淀んだ伯父様だったが、話を変えようと口を開く。
『先日そちらに行った時に、お前の護衛騎士が生活に苦労している様子だった。便が良い様に離れを建てようを思う』
「……離れを?」
伯父様の言葉に目を瞬かせる。
「グランツ卿からは、特に話を聞いてないわ」
『それは、男同士の話だからな』
「男同士、ねぇ……」
そういう話なら、不便を感じているのだろうか。しかし、私が夜ソファーに座るとグランツ卿が遠慮して座らないから、さっさと自室に上がる様にしていた。寛げていないのだろうか。
「私の護衛騎士なのだから、一度確認してみるわ。話はそれからでもいい?」
『ああ……しかしな、エリー。お前は女で、相手は男だ。どうしても話せないことはお互いにあるだろう?』
「……深夜のお楽しみに私は邪魔という事?」
『エリー!』
嗜めるような、伯父様の声が通信珠から響き渡る。
「冗談よ。一度聞いてみるから、どうしても私に話せない事は伯父様に相談するように伝える。それでいいかしら?」
『うむ……まぁ、それで。お前も話しにくい事があれば……その際は妻を呼ぶから遠慮なく言ってくれ』
もごもごと言う伯父様に笑みを浮かべる。大方、伯母様が私と話すのに夢中になって放って置かれるのが嫌なのだろう。伯父様は愛妻家なのだ。
「では通信を切るわね。ありがとう伯父様」
『ああ、エリー。またな』
通信を切ろうとすると、向こう側から「エリーはあんなにしっかりしているのに、どうして殿下はああなんだろうな」「ひょっとすると甘えていたのかもしれませんな」と、伯父様と伯父様の護衛騎士が話す声が聞こえる。聞こえない振りをして、通信を切った。
「さて」
伸びをしてリビングのテーブルから立ち上がる。まずは本人に相談だろう。そう考えて、グランツ卿の自室の扉をノックしたのだった。




