02. 献身の果てに得た、追放という自由
2026/3/28 加筆修正済み
「エリー!」
「……お父様」
神殿の拘置所で冷たい石壁に背を預け、冷たさを求めていると、父が公務先から駆け付けてくれた。立ち上がってふらつきながらも柵に近付くと、父が頬を両手で包む。
「酷い顔色じゃないか! 薬は!?」
「……毒物かと思われて、没収されて」
「患者の治療にも携わっているのが神殿だ!そんなのも分からないのか!」
「父様、声、が……」
「すまない。薬を持ってきた。が……」
側で見張りをしていた神殿騎士が父に近付く。
「罪人に薬の受け渡しは禁じられています」
「この子は病人なんだ!では薬を飲ませず死ねと言うのか!」
「……しかし、彼女は王室を騙した罪の疑いで拘置されております」
「罪人にも、治療を受ける権利が、あります。法律に、ちゃんと明記もされて、おります」
息も絶え絶えになりながら、神殿騎士に告げる。
「私が持っていた薬と、父が持って来た薬は、同じ物です。成分調査を、してからでも、構わないので、服用の後許可を願います」
「分かった。上に確認してくる」
「出来るだけ急げ! 急がないとこの辺り一帯が火の海になるぞ!」
「えっ!?」
「この子は魔力過多症だ!」
すごい脅し文句ね、と思いながら、ずるりとその場に崩れ落ちる。息をするだけでも、辛い。父の焦る声が聞こえる。発熱で意識が朦朧とし始め、ゆっくりと瞼を閉じた。
私の病気は、魔力過多症だが少し詳細が異なる。
魔力変換に異常を起こしていて、外の大気や大地に含まれる魔力因子・マナを使うのではなく、体内の生体エネルギーを変換して、魔力を供給している。
だから、普通の人は寝て休めば魔力は回復するのに、私はずっと体力を削られ続ける。そして、上限を超えても、ずっと、止まらずに作られ続ける。
その大きく溜まった魔力は、燃料のような物。溢れたり暴発した場合は、どうなるかはお察しである。
余命を告げられたのは、王太子との婚約成立後、二年が過ぎて、七つの時だった。
両手から炎が上がり、室内を燃やさないように必死で押さえ、水の張った桶に手を入れたらその水も沸騰し出すのだから、火傷で泣き叫ぶ中そのまま神殿へと担ぎ込まれた際に診断されて告知された。
父は神殿に口止め料や口外しない契約を交わして、治すためにすぐに医者探しに奔走していた。
しかし、どの医者に診せても余命は変わらず、治す手立てがないことも告げられた。
その旨は、もちろん今後の婚約の解消を加味した上で国王陛下に父が相談した。
陛下が出した答えは、婚約の続行だった。
何故なら王太子に年齢が近い家格の娘が、私しかいないこと。それに私の魔力量の高さや能力も加味して、体力の続くまで――死ぬまで、婚約が続けられることが決定となった。
「エリー、すまない。お前には苦しいことばかり背負わせてしまう」
ベッドの側で項垂れる父に、その時の幼い私は小さく微笑む。
この時の私は、小さい頃に母を亡くしたショックで前世の――現代日本人だったことを思い出した、中身が大人だった。だからこれくらいのことなら、耐えられる。
「仕方ありません、お父様。きっとそういうものでしょうから」
あの時の父は、私の言葉を聞いて片手を顔に当てて泣いていた。――泣かせたいつもりは、なかったのだけれど。
次に目を覚ましたのは、知らない天井だった。冷え切った神殿の拘置所とは違う、温かな室内に、上等ではないけれど柔らかなベッド。
「おお、ようやく目が覚めた」
「国王、陛下……」
声に意識が一気に覚醒して、体を起こそうとする。
「待て。ようやく熱が下がったのだから無理をするでない。大人しく寝ていなさい」
「しかし……」
「いいから」
陛下に促され大人しくベッドに横になる。
「ここは……?」
「王城の一室だ。君の罪状は王家に対するものだからと神殿から身柄を預かったよ」
ふぅ、と陛下が息を吐く。
「まずは、君に詫びねばならない。儂が留守の間に息子が君に酷いことをした。この場を借りて息子の非礼を詫びよう」
「陛下、どうか頭をお上げください……私はもう気にしていませんから……」
「気にするべきだ! あの馬鹿者。今日の今日まで心を尽くしてくれた優しい婚約者を、聖女の甘言に惑わされてあっさりと切り捨てて……! 結婚も間近だったのに、しかも他の貴族の前で余命を告知するなど愚かなことを……!」
「陛下」
ぎりぎりと拳を握り締める陛下を見て、思わず声を掛ける。
「私も、殿下を諌めることも止めることも出来ませんでした。申し訳ありません」
「エリーが謝る必要はない。……しかし、そうか。もうエリーと呼ぶことすら叶わないのか」
陛下の大きな手が、私の頭を撫でる。それだけで、十分だ。
「息子が宣言したせいで君との婚約は破棄された。王族が口にしたのだから、これは覆すことが出来ない。……出来るが、息子は痛い目を見た方がいいだろう。すまないな」
「いえ」
「余命については儂も承知の上で、エリシア公爵令嬢は余命が尽きるまで王家に尽くすつもりだったと公表をした。これで君の評価はこれ以上下がることはないだろう」
「ありがとうございます」
「礼を言われる程君への今までの忠節と今回の非礼の分は返せておらん。……しかし神殿側は、聖女への非礼や悪虐を認めたのだから、相応の罰を受けるべきだと主張している」
「罰、とは?」
「君の王都追放だ」
仰々しいのではないか、と眉を顰める。
「社交界追放ではなく?」
「ああ、王都から居なくなることを望んでいるようだ。エリシア、念の為の確認だが、聖女の恨みを買った理由は……」
陛下の言葉に首を横に振る。
「やはりなぁ。エリシアにそんな暇も時間もない。大方聖女のでっち上げだろう。――君がここに勾留されていると聞いて、聖女が面会を申し入れてきた」
「はい?」
「悪虐を施してきた相手に会おうとしてくるのはどうかしている。君を守るためにも、一度は要求を呑んだふりをするのが良さそうだ」
こくりと、首を縦に振る。
「神殿側が望んでいるのは、君を修道院に送ることだ」
「やめた方がいいでしょう。居場所を相手が把握しておりますし、何かしらの接触があるかもしれません」
「なら、君はどう考える?」
陛下の言葉に、口角を上げる。
「エリシア・フォン・ルヴェリアは悪虐非道。淑女がいたら聖女と同じ目に合わせるだろう。彼女は一人、誰も来ない地でその命を尽きさせるのが一番の贖罪だ。……こんな所で、どうでしょうか?」
私の言葉に、陛下の目が悲しげに歪む。
「公爵令嬢の君を、そんな場所に一人送るのか?」
「国王陛下が悲しむ程、手酷い罰に見えるはずです。どうか、これまでの私の頑張りとして、手筈をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……あんまりではないか。本当に命を落としたらどうするんだ」
陛下の言葉に微笑む。
拘置所の冷たい石壁に囲まれて、熱に浮かされながら、考えたのだ。私の献身は、努力は、何だったのだろうかと。
大人にはなれないと子供の頃に言われてからも、体調が悪くても、明日が怖くても、私はずっと頑張って来たのだ。王太子妃になるための教育も、学園の成績も、社交も、殿下のお相手も、何もかも。
挫けそうになっても、必死にもがいて、進んで来たのだ。
その結果が、これだ。
もう私は、疲れてしまった。
「その言葉だけでも嬉しいです。どうか最期の時間は、私の好きなようにさせてください」
私の頭に手を置いて、陛下は声もなく涙を流した。
……その涙で、ほんの少しだけ、報われた気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。重い腰が上がってようやくオリジナル小説が書けました。
水土の更新の予定ですので、お付き合い頂ければ幸いです。




