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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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14/24

14. 恋は望めません

2026/4/2 加筆修正済

 昼食後。居間に置いている薬が詰められたトランクを開け、昼に飲む薬を用意する。

 体調は、まだ大丈夫だ。目眩もしていない。頭痛もしていない。体力もまだ大丈夫。でも、午前中に日に当たったから午後から疲れてくるかもしれない。体内に溜まる魔力もまだ暴れていない。許容量は超えていない。……でも、いつ超えて暴れ出すかは分からない。

 ふぅ、と息を吐き出すと、流しで洗い物をしているグランツ卿がこちらを向いた。


「どうしました?」

「何でもないわ。……その、飲む薬の量が多いと思っただけよ」

「そのトランクの薬を、全て飲まれているのですか?」


 グランツ卿の問いに首を横に振る。

 

「いつもではないわ。常に飲むのは何種類かで、後は時と状況に応じて使い分けしているの。今は体調が良いから、まだ少ないわ」

「……その量でも、少ないのですか?」


 トランクを覗き込みながら、グランツ卿は訊ねる。


「そうよ。さらに目眩がするならこちら、頭痛がするならこちら、魔力が暴れ始めるようなら……この辺り、と言った所かしら?」

「本当に、今日は少ないのですね……体調は如何ですか?」

「絶好調、ではないけれど、まだ大丈夫よ」


 少し微笑んでみせるが、完全に元気ではないから、どうしても顔が引き吊りそうになる。私を見て、グランツ卿は何とも言えない表情になった。

 大丈夫だ、ともう一度しっかりと微笑んでみせて、薬を瓶から手のひらに取り出したが、数粒落としてしまった。異変に気付き、瓶をテーブルに置いてみる。

 手が、震えている。

 ——今日はもう休んだ方が良さそうだ。


『エリシア、無事か? そこにいるか?』


 居間の片隅に置かれた通信珠に、光が灯る。咄嗟にテーブルの薬を拾って口に放り込み、通信珠を手に持って台座ごとテーブルの上に移動した。


「けふっ、伯父様、エリシアはここにいますわ」

『おお、エリー! 今日の調子はどうだ? 食事は取れているか?』

「ええ。今日も調子が良くて、食事も先ほどお昼をいただいたわ」


 薬は残っていた白湯で一気に飲み干して、朗らかに答えた。心配しているであろう伯父様に、弱っている所は見せられない。


『そうか。調理はどうしているのだ?』

「朝はグランツ卿が、昼は私が作ったわ」

『あの護衛騎士にエリシアが? 何を作って食べたのだ?』

「朝は、スープにパンに焼いた卵とベーコンを。昼はあり合わせでパンに具を挟んで。あ、朝グランツ卿がパンを持ってきた子に会ったようなの。あれは伯父様の采配?」

『そうだ。辺鄙な場所にあるから毎朝パンと牛乳の配達を、近くの街のパン屋に頼んでいる。ちゃんと届けたか?』

「ええ。もちろん」


 グランツ卿が、ソファーにあったブランケットを取って私の肩に掛けてくれた。小さな声でありがとうと礼を伝える。


「とても美味しくて助かったわ。持ってくる頻度や量はこちらで調整してもいいかしら?」

『エリーの体調や食べる量にもよるだろう。好きにしなさい』

「ありがとうございます」


 グランツ卿に目配せすると、彼はひとつ頷いた。これでパンの問題は解決しそうだ。


『調理は困っていないか? 今からでも侯爵家の使用人や侍女を派遣するぞ』

「今のところは大丈夫よ。でも、どうしてもの時はお願いしても?」

『構わない。無理しないで助けが欲しかったらすぐに言うんだぞ』


 伯父様の言葉に頬が緩む。こうやって、助け舟をすぐに出してくれるのがとても嬉しい。


『そうそう、伝えることがあって連絡したのだ。侍医を派遣する日が決まったぞ。明日にでも侯爵家の騎士を連れて王都から向かわせるからそのつもりでいてくれ』

「まぁ、王都から? こんな遠い所まで来てくださるの?」

『社交界で息子夫婦も次期侯爵として王都に来ているからな。孫を診るために今は王都に一緒に来ているのだ』

「そうだったのね。ルシは元気?」

『ああ、元気だ。今度通信にも参加させよう。エリーと話せると知って喜ぶぞ』


 伯父様の声が嬉々としていた。次期侯爵の長男夫婦の元に生まれた男の子だ。伯父様も可愛くて仕方ないのだろう。しかし、ふと気付いて微笑むのを止める。


「……私の元に侍医を向かわせたら、ルシに何かあった時は誰が診るの?」

『エリー程魔力過多症は酷くないから心配しなくていい。この間も庭を凍らせた位だ。王都の我が邸宅にあるあの大きな木を丸々一本凍らせたのだぞ? 我が孫ながらすごいだろう?』

「それは……すごいわね」

『だろう? 将来は大魔法士になるかもしれないぞ!』


 嬉々として話す伯父様の声に口元を引き攣らせる。伯父様の邸宅にあまり遊びに行ったことがないから、どの木かわかっていないけれど、それでも相当な魔力の放出だったに違いない。……私と違って、氷なのが羨ましい。私なら燃やしてしまうだろうから。


『この通信珠も侍医に持たせるから、私とは明日以降しばらく話せなくなる。もし体調が急変したらすぐにこの通信珠を使うのだぞ』

「わかったわ」

『私と話せるのは今のうちだ。何か話しておきたいことがあれば、遠慮なく話すといい』

「では伯父様。伯父様の所でコーヒーを淹れているのは誰?」

『何? コーヒー?』

「ええ」


 伯父様の問いに頷く。


『私の所は執事長だが、どうしたのだ?』

「いつも一人分しか淹れないのだけど、二人分淹れたら失敗してしまったの。お湯の注ぐ量や時間について教えていただけないかしら?」

『…………エリシア様。お久しぶりです。侯爵家の執事長でございます』


 聞き覚えのある老成された低い声にまぁ、と声が出る。


「お久しぶりです。お元気ですか?」

『ええ。私はとても。侯爵様から代わりました。コーヒーの淹れ方ですね? 使っている豆や量、挽き方についてもお聞かせ願えますか?』

「分かったわ」


 使っている豆、一人当たりの量、時間とお湯の量を伝えると、ふむ……と執事長が考え込む。


「単純に全部倍にしたら時間が掛かって美味しくなかったの。どうすればいい?」

『私と使う豆も淹れ方も異なりますのでやってみないと分かりませんが、ひとまず私が行う二人分の淹れ方をお伝えしましょう』

「助かるわ。書くものを持ってくるから少し待ってね」


 立ち上がると通信珠の向こうから『何、コーヒーとはそんなに面倒な物だったのか?』『美味しく淹れるために何処までも拘れる代物です。ご主人様に最高の一杯をお出しするために私も日々研鑽を積んでいるのです』と話す声が聞こえる。それを背後で聞きながら、自室に上がってノートとペンをまだ荷解きしていない荷物の中から取り出す。

 立ち上がった瞬間、立ち眩みがして、静かに目を閉じて耐える。状態が良くなったのを確認してから、すぐに階下に向かった。何か話しているな、と思って居間を覗くと、通信珠の前にグランツ卿が立っている。


『つまり、お前はエリーの手料理を食べて、エリーの淹れたコーヒーを飲んだのか!?』

「は、はい。閣下」


 その場で崩れるかと思った。何を話しているのだ伯父様は。


『実に羨ま、いや、けしからん! 昔エリーが手作りの菓子を食したことがあるが、あれは絶品だったぞ! どうだったのだ味は!?』

「それは……」


 流石に、絡まれているグランツ卿が可哀想だと、間に入る。その足がよろめく前に、グランツ卿が手を伸ばして私を支えてくれた。


「ふぅ……伯父様、私の騎士に何を話しているのかしら?」

『エリー! もしかして、二人分を淹れるのは此奴のためか⁉︎』

「そう、ですが」


 小さな声でグランツ卿が大丈夫かと私に訊ねる。首を縦に振って、大丈夫だと示した。

 息を呑むのが、聞こえた。伯父様が明らかに動揺している。


『お前達……もう……そんな、仲なのか?』

「……一体何をおっしゃっているのですか」


 伯父様の問いに息を吐く。


「グランツ卿がコーヒーを飲んだことがないと伺ったので、ご馳走したのですよ」

『そ、そうか』

「陛下の命と言えど、辺境までもうじき死ぬ私に付き従うグランツ卿にあまりに失礼です」

『しかし……お前とグランツ卿は性別が違うではないか。私はエリーが心配で……』

「伯父様。騎士の忠誠の誓いまでした方です。私も、婚約破棄されたばかりですもの。そんな余裕ありませんわ」


 グランツ卿が、はっとした表情でこちらを見た。通信珠の向こう側でも、息を飲むのが聞こえる。


『エリー……お前、まだ王太子殿下のことを……』

「あくまで建前上の話です。グランツ卿、もう洗い物は終わったかしら?」

「はっ」

「でしたら、畑仕事に戻っていいわ。私は今から執事長にコーヒーの淹れ方について学ぶから」

「……かしこまりました。何かありましたらすぐにお呼びください」

「分かったわ」


 グランツ卿が一礼後屋敷を出るのを見送り、息を吐いて椅子を引いて席に着く。


「伯父様。気持ちは分かりますが、あまり心配なさらないで。私とグランツ卿はそんな仲ではありませんわ」

『そうは言ってもな、エリー』


 伯父様の言いたい事は、分かる。好意がなくても、男女が一つ屋根の下で暮らすとなれば、余計な勘繰りをしてしまうのは必然だろう。


 ――明日も、お願い出来ますか?

 

 先ほど、グランツ卿はそう言ってくれた。嬉しかった。頼りにしてくれることが、こそばゆかった。

 でも、私にとって明日は、確実ではない。――期待に応えられない事が、胸が痛い。


「伯父様」


 泣きかける気持ちをぐっと堪えて、口角を上げる。


「もう、この体に恋は望めません」


 通信珠の向こうが、静かになった。ただ、小さく鼻を啜るのが聞こえる。


「さ、話を元に戻しましょう。執事長、淹れ方を教えていただいても?」

『かしこまりました。豆の量はそのまま倍でよろしいです。抽出の時間と湯の量ですが……』


 執事長の言葉を聞きながら、ノートにメモを取る。通信珠の向こうから執事長の声の他に、鼻を啜る音が時折聞こえてきたのだった。

大変お待たせしました!!!遅刻です!!(スライディング)

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