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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第二章 明日を数える日々

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13. 出来ること【アルベルト視点】

 ……流石に、言い過ぎただろうか。

 土を耕す手を止め、汗を拭いながら、アルベルト・グランツは何度目か分からないため息を吐いた。

 先程、エリシアが椅子から立ち上がった時に身体がふらついていた。本人は隠したつもりだったのだろうが、見逃すはずはない。

 それなのに、青白い顔で目眩を起こしていないと言い、よくあるから問題ないと言うのだから、つい言葉が強くなった。


 ——迷惑です。倒れられると困ります。


 自分の言った言葉が頭から離れてくれない。

 ……迷惑は余計だったかもしれない。

 しかし、何も間違ったことは言っていない筈だ。あの状態でさらに動けば倒れただろう。自分は護衛なのだから止めるべきだったと考え直し、頭を振ってからアルベルトは作業を再開させた。


 昔から、彼女はそうだった。

 王城ですれ違った時は、背筋を伸ばして何でも無い顔をしながら、限界まで我慢する。

 顔色は化粧で分かりにくくなっていたが、エスコートの時に触れる指先がとても冷たかった。

 護送中だって、明らかに辛そうなのに大丈夫と繰り返していた。

 そして今も、体調を隠して大丈夫だと言う。

 ——何も隠す必要なんてないのに。

 滴る汗をアルベルトは拭いながら、そう思う。


 ひょっとすると、彼女は貴族だから、公爵家の令嬢だから、弱みを見せてはいけないと振る舞っているのかもしれない。

 昨日も、真緑になって芽が出たじゃがいもが送られているのを見て、貴族だから慣れていると言っていた。

 いや、慣れてはいけないだろう。誰かからの悪意にも傷付いているはずだと思って彼女を見たら、とても諦めた、悲しい表情をしていた。


 王城では見たことがなかった、彼女の姿だ。

 

「……………………」


 何とも、難しい任務だ。

 余命の残り少ない彼女を守る。

 無理はさせず、それでも彼女の意志は大切にして、残りの時間を穏やかなものにする。

 ——これは、彼女を守るだけでなく、彼女の人生を守ることに繋がるのではないか。


 陛下はアルベルトを指名したが、本当に自分が適任だったのだろうか。

 ——いや、指名されたのなら、アルベルトが適任だろうと陛下は考えたはずだ。であれば、その信頼に応えるだけだ。

 

「…………もう昼か」


 畑に映るアルベルトの影が小さくなった。そろそろ正午が近い。昼食の準備をしなければ。

 彼女は、休んでいるだろうか。朝食は量を多く召し上がっていたから、胃が凭れていないといいが。

 朝のスープがまだ残っている。体調を確認して、もしそれすら難しいようなら別で粥にしよう。

 今から準備すると時間がかかるかもしれないが、良いだろうか。畑から取りかかってしまったから洗濯もまだやっていない。

 ここ数年は騎士団の寮での生活で洗濯や料理は任せきりだったから、自分で家事を行う生活はアルベルトにとっても久々だ。初日から色々と失敗している。

 挽回していかなければ、と思いながら、アルベルトは納屋に鋤を片付け、井戸の水で身綺麗にしてから、屋敷へと戻った。


 屋敷に入ると、暖炉の前にエリシアが座っていた。

 扉の音に振り返り、ぼんやりとした視線をアルベルトに向けている。


「お帰りなさい。そろそろかな、と思っていたわ」


 目を見開いて、固まって、アルベルトは現状を把握する。

 暖炉には、今朝使ったスープの鍋が掛けられている。そして、彼女の手には中身を掬う匙が。

 ——暖炉でスープを温めていた、と言うことか。


「休んでいてください、と申し上げたはずでは?」


 彼女の側に行き、視線を合わせるために座って、彼女を覗き込む。瞳が揺れていたが、耐えるように彼女は頭を横に振った。間違いない、目眩がまだ続いている。


「ちゃんと横になっていたわ。これなら、ソファーに横になりながら火の番も出来るでしょう?」

「しかし……」

「倒れたら、迷惑なのでしょう?」


 焦点が合っていないまま、彼女はアルベルトにそう答える。


「だから、倒れても問題ない範囲でやったわ。……包丁を使うのが辛かったから、勝手に麦を足したけど、良かったかしら?」

「それは……特に問題ありません」


 込み上げてくる想いを言葉にするために、アルベルトは口を引き結ぶ。ひとまず体調の悪い彼女をどうにかしようと、ソファーに掛けられた膝掛けを取って彼女を肩から包み、「失礼します」と声を掛けて彼女を支えるように肩に手を添えた。


「申し訳ありません。言葉が悪かったです。迷惑だとは思っていません」

「……そう? でも、事実でしょう?」

「迷惑ではありませんでした。倒れられるのが、その……心配でした。先程の発言を撤回させてください」

「そんなの、別にいいのに」


 そう言って、彼女は小さく笑う。


「一応、水を足しているわ。麦を入れたから味が薄まっているかも。塩も足しているけれど、念のため味を見てくださる?」

「分かりました……料理が、出来るのですか?」

「……趣味程度になら、多少は」


 彼女は膝掛けの中で腕を抱くようにしながら、そう答える。


「もう少し目眩が落ち着いたら、もっと豪勢なのを作れたのだけれど、流石に今日は無理だったわ。ごめんなさいね」

「謝らなくていいです。むしろ助かります」

「そう。力仕事をしてこれだけでは足りないと思うから、好きに足していいわ。パンもあるし、貯蔵庫に腸詰め肉があったわよ。エールやシードルもあったから、好きに飲んで」

「ありがとうございます。……食事の前に、約束をしてもいいですか」


 彼女が、顔を向ける。アルベルトも彼女に向かい合うように座って、目を合わせた。


「無理はしないでください。必ず」

「……無理はしていないわ」

「目眩や体調が悪いのを隠さず、大丈夫じゃないのに大丈夫だと言わないでください。長年そうやって耐えられてこられたのでしょうから、すぐに全部とは言いません。出来る範囲で結構です」

「……………………」

「出来る範囲で何かすることは、構いません。助かります。その代わり、無理をしないで、出来ないことは俺を頼ってください」

「……もう充分、頼っていると思うけれど」

「もっとです」

「……もっと?」


 こくりと、アルベルトは頷く。思案するようにエリシアの目が伏せられる。


「でも、これ以上頼ったら、あなたが潰れてしまうわ。ただでさえ私で迷惑をかけているのに」

「……もし、あなた様が悪い令嬢だったら」


 アルベルトが、言葉を紡ぐ。


「面倒なことは全部俺に任せて、御自身はごゆっくり寛いでいるのではないですか?」

「出来ないわよ。そんなこと」

「したっていいんですよ。俺は護衛で、あなた様の騎士です」


 苦笑しながら言えば、彼女が顔を上げた。薄い淡青の瞳はまだ揺れているが、それでも光を取り戻したようだ。

 湖面みたいだと、アルベルトは思う。


「だから、俺を頼って、無理しないでください。倒れられたりあなた様に何かあったら、俺は……とても嫌です。ですから、少しくらい悪い令嬢になって俺を使ってください」

「……私、演技は下手よ?」

「存じております」

「そこは、少しは否定してほしいのだけれど」


 小さく笑えば、彼女の身体の強張りがほんの少し緩んだ。そして、少しだけアルベルトの支える手に重みが加わる。


「では、私からも一つだけ」

「何でしょう?」

「……出来ることをどうか取り上げないで。何も出来ないと思われるのは、少し嫌よ」


 言葉を聞いてから、ゆっくりとアルベルトが首を縦に振る。


「かしこまりました。ただ俺もあなた様が何が出来るのかを存じ上げないので、その都度聞いてもいいですか?」

「分かったわ」

「ただし、体調は絶対に優先して下さい」

「そこは譲らないのね」

「譲りません」


 ようやく、彼女が笑った。口元に手を当てて小さく笑う姿に、アルベルトもようやく肩の力が抜ける。


「では昼食にしましょう。スープは後は味見だけですか?」

「ええ。好みで胡椒を加えたり、チーズを加えてもいいと思うけれど……」


 彼女から匙を受け取り、アルベルトは口にした。

 その瞬間、味の変化に目を丸くする。

 朝、アルベルトが作ったのは簡単な牛乳のスープだった。麦が入って味がぼやけるかと思ったが、味がさらに引き締まって、何故だか深みまで出ている。


「……何かされましたか?」


 アルベルトの問いに、エリシアは困惑した表情を浮かべる。


「塩を足したわ。後、麦を入れて、さっき仕上げに牛乳を入れて、深みを出すために油を入れたの。……バターだとくどくなって私が食べられないから、別のにしたけれど……何か問題が?」

「とても美味しいです」


 目を見開いた彼女が、ふふと笑う。その顔が、とても愛らしい。


「よかったわ。お口に合いまして?」

「とても。どうやらあなた様の方が得意なようだ」

「褒められてとても嬉しいわ」


 嬉しそうに笑う彼女に、アルベルトも口元が緩みそうになる。預かった匙を彼女に向けた。


「体調が良ければ、引き続きお願いしてもいいですか?」


 匙とアルベルトを交互に見た彼女が、それを手に取る。


「ええ、でもあなたの朝のスープも美味しかったわ。またお願いね」

「恐縮ですが、喜んで」

「では、持ちつ持たれつでいきましょう?」

「はい」


 そう言うと、彼女は匙を手にまるで花のように笑ってみせたのだった。

2026/8/15 加筆修正

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