230プレイ目 リンシーからルーチン
リンシーの街は中華モチーフのメイファ国の首都である。
西海岸に面した港街で、西の大海を臨む風光明媚な土地柄だ。
あの海の向こうに何があるのか、この世界が本当に丸いのか、誰も知らない。
海に恐ろしい怪物が棲んでいるから。
「深海の主みたいな、見ただけで恐怖に震える怪物らしいよ…」
「妾も西の果てのことは知らないにゃ…」
椛と天狐は臨海公園でベンチに座って肉まんを食べながら、怪物の棲む海を眺める。
恐ろしくも美しい海だが、そんな恐ろしさはいらなかった。
パンダは契約できたので、地雷原のフォンシャンの街を出て首都に移動して来たのだが、この街にも問題があった。
イベントがらみなのだろうが、NPCたちの態度が悪いのだ。
移住者が嫌いという話ではなく、他国民は全て敵とでもいう態度なのである。フォンシャンの人々は普通だったのに。
エルフの国も似た状態だったが、あれはエルフの英雄に認められたら解除されるので攻略方法があるだけマシだった。
クリア出来ない人たちは怒り狂っているけど。
このリンシーではそういう攻略方法も見つかっていないようである。椛も探す気はなかった。
話題になっていなかったから知らなかったが、居心地が悪いのでプレイヤーも居付かず、来て損をした気分にさせられた。
いや、転移門の登録のために1度は立ち寄る必要があったのだ。無駄足ではなかった。
でも人のいない公園で寂しく肉まんをかじるくらいには、選択を誤った気分だ。
つい話が出来て肉まんの美味しさを共有できる天狐を召喚してしまったものだ。
「北西方向にあるルーチンって街に行こうかな。お米があれば、美味しい炒飯が食べたかったなあ…」
「米ならヤマト国にあるにゃ!」
「カニが邪魔して行けないんだよ」
「…早くカニ鍋にしてやるにゃ!」
元凶が美味い飯のために怒っているが、いつ解禁されるか不明なのである。
「ところでヤマト国の人たちも、他国民にはこんな態度で居心地悪いの?」
「ここまで酷くないにゃ。平民は客に愛想を振りまくくらいはするにゃ!」
「普通はそうだよね…」
鎖国して引きこもり体質なヤマト国の民も、偉そうなのは地位の高い一部の者だけのようだ。
「ジェネリック九尾の妖狐がこの都を支配してないんだよね」
「九尾に至ったのは妾だけにゃ!妾は分裂増殖するような、下等な存在じゃ…なかったはずにゃあ…」
「うん、そうだったね」
移住者たちに分配されて、数千体に分裂増殖してしまったが。
椛もそこは少し同情したのだった。
首都リンシーに長居する理由が何もなかったので、椛はルーチンの街に移動して来た。こちらの住民は門番から愛想良くあいさつしてくれる、まともな街だった。
南門から入ったので、先に冒険者組合に寄ってから街の中央の聖堂へ。中華なカラーリングも3回目なので少し慣れて来た。
転移門も無事に登録したので、椛はリンシーでは行く気もしなかった商店街へ向かう。
だが料理人プレイヤーは思ったよりも少なかった。
「中華メインの料理人って少ないの?」
「そんなことないけど、ほとんどフォンシャンの街にいるよ。隣のゼネイド王国から食材が入って来るし、他のプレイヤーも多く来てるし」
「ここも悪くないけど、うちのクランもフォンシャンに戻るか相談してる」
「…パンダ狙いの連中が冒険者組合にゴロゴロしてて居心地最悪なんだよ!」
冒険者組合に行かない生産職には分からない気持ちだろう。素材を買いに行くことはあっても、買い物を済ませたらすぐに出るだけだし。
推奨レベル70のフィールドだから狙われるプレイヤーは限られるはずだが、レベル70以下の戦闘職だってあんなのがいる組合には入りたくないだろう。
「あいつら自分はそこらのレベル5くらいの最弱ウサギにだって勝てるか怪しいくせに、相手がレベル70以下だと舌打ちして「使えないわね」とかほざきやがるんだよ!」
「あー…それは最悪だな…」
「そういえば、組合に行きたくないって言う戦闘職のプレイヤーが多いみたいだったね…」
あまり組合に長居しないプレイスタイルなら我慢出来るのかもしれないが、椛は組合内の酒場で飲食するのも好きだし、受付嬢たちと会話するのも好きである。
NPCとの交流を楽しむのもゲームの遊び方のひとつなのだ。
だから連中がいる間は、あの街は椛には行きたくない場所でしかなかった。
「全然いない訳じゃないし、しばらくはこの街でいいかな。あ、ランクの高い美味しいタケノコ買う?」
「買いたい!」
「食感が良くなるから、けっこういろんなメニューで使うよね、タケノコ!」
パンダの棲む竹林で集めたタケノコを屋台を出していた料理人プレイヤーたちに売った。
竹林フィールドは他にもあるため、どこで取って来たか気付いていないようだった。
椛も説明する気はない。
ただ、美味しい料理のためにここにいる間はなるべく食材を売りに来ようと思う。
専属食材ハンターにスカウトされない程度にだが。
ルーチンの街に来て数日が過ぎた。
椛も周辺のフィールドで手に入る食材が分かって来たし、美味しい中華にも満足していた。
でもふと気付いてしまった。
「これは立派な食材ハンターなのでは…?」
ゲームは好きに遊べばいいと思っている。
しかし椛は食材ハンターになりたかった訳ではないのだ。
つまり何かを忘れているのだ。きっと。他にやることがあるはずなのだ。
街の聖堂前広場のベンチに座って、椛はメニュー画面を確認した。
メモを見て、いろいろ書きすぎてなんだか分かりにくくなっていた。
「あ、救援クエスト…クエストと言えば特殊クエストの確認…あとランダムクエスト…」
クエストリストも確認してみた。たくさん増えていた。
「『リンシーの住民たちの謎』…謎ってなんだ。ヒント皆無じゃん!」
クエストはあったが、何も分からないままだ。イベントですよというお知らせでしかない。
そういえば西の大陸の解禁直後は、大きなイベントが見つからないとか文句をたれている連中がいた気がするが、こういうクエストは見ていなかったのか。
見ても分からなかったから、ないことにしたのか。
椛もこれは見ても分からないけど。
「知らないうちにクリアしたランダムクエストもあるなあ。『ゼネイド王家に鹿肉を献上しよう』…いや、献上はしてない」
椛は商業組合に売っただけである。
クリア報酬が王家の好感度上昇になっているので、こういうクエストで稼いで行くと特別なクエストに発展するのかもしれない。
他も確認すると、勇者との面会もクエスト扱いになっていた。何度も通うと進展するのだろうか。
「…『幻のワニ革!』ってマジで幻だったくせに!」
この理不尽さをシラベにメッセージで伝えてみたら、ランダムクエストは人によってかなり違うので、まとめるのは諦めたと返された。
共通して現われるクエストだけなら、一応は更新しているまとめスレがあるそうだ。
『リンシーの住民たちの謎』も載っていたが、謎以外のコメントがなかった。分かる。
「うーん、でもクエストをやりたいと思ったことがあったかな…あんまりないな…」
救援クエストで召喚獣を増やそうと思ったのは覚えている。パンダと契約して満足したというか、名前のせいでちょっと休みたくなったというか。
ちなみにパンダは拳で戦うタイプで、木属性魔法(笹竹)を使う。木属性の魔法だが、笹と竹を生やして攻撃する以外の木属性魔法は使えない。
きっとパンダ専用魔法だ。
「でも何か忘れて…あ」
メモを再度確認して思い出した。
鍛冶師の助次郎に言われたことを。
「迷宮都市で追加素材集め!それで装備の新調…!メインで使う汎用装備…!」
またやらかしたー!と叫びたい。
レベルを上げたのに装備が古いままなのだ。いつ作ったものか、椛も覚えていない。
それにステータス画面を良く見て、アクセサリーの存在も思い出した。ずっと忘れ続けている気がしてならない。
「そうだ。西の大陸にも迷宮都市のダンジョンみたいなところがあるって誰か言ってたような気が…!」
芋づる式に関連した情報を思い出して来た。
忘れそうなのでシラベにメールを送っておく。
なんで装備の新調を忘れるの?そんな状態で魔神戦がキツいキツいって言ってたの?とマジレスされて、言う人を間違ったと悟るのだった。




