192プレイ目 アイボナ
罠を20個ほど仕掛けたのだが、鰐はかかっていなかった。
レア枠の中でも特に確率が低いのかもしれない。
「あの値段じゃなあ…」
椛は商業組合で聞いたワニ皮の素材の値段と、ワニ革のアイテムの値段を思い出して納得した。そんなに簡単に手に入るなら高騰していないだろう。
1頭分の皮だけで10万Rは下らない。その1頭分からいくつ作れるのか知らないが、1番小さくてまだ買える値段の財布が10万Rだった。
バッグはサイズで値段が変わるが、椛が見た1番大きいサイズは100万Rだった。どう考えても途中でぼったくられている。
組合で売る気も失せたものだ。もし手に入っても、フレンドの皮革師に売るかどうかしようと思った。獲物の解体もアンセムに戻った時にしてもらおう。
捕らぬ狸(鰐)の皮算用をしてから、椛は月牙に尋ねた。
「亀、食べる?」
月牙は黙って首を横に振る。この反応は確か2度目だ。
「臭いカエル肉みたいに、食べる気がしないんだね。大丈夫、鳥が捕れる所にも罠を仕掛けたから!」
今度は「うおん」と鳴いた月牙に、椛は亀を見る。本当に美味しいのかなという気持ちになったのだった。
推奨レベル70、危険度Eの水属性特化のダンジョンは予想通りに手強かった。
最初はこんなものと思えば、特に落ち込むこともない。負けまくって来たけど。
初日の成果を冒険者組合の買い取り窓口で確認しながら売って、獲物も売る。水鳥は月牙が食べるというので、何羽か肉だけ引き取った。
「鰐はもしも捕れたら超ラッキー!ってくらいレアっぽいね。激レアって言ったほうが正確じゃない?」
「まあね。そんなに簡単だったら高騰してないよね」
新人職員のような若い青年の買い取り窓口担当が肩をすくめる。解体した食材目当てで寄って来ていた酒場のマスターもうなづいていた。
「亀の鍋ってどんな味?」
「独特の匂いがあって、肉そのものより出汁が美味いんだ。一緒に煮込んだ具材に味が染み込んで、酒が進むし肌がぷるぷるになると女性にも人気だぞ」
「じゃあ4日後に1人前を予約しておける?」
「おう、用意しておいてやる」
1度は食べてみないと分からないので、椛はチャレンジしてみることにした。
お肌ぷるぷるはコラーゲンだろうか。なんかそんな宣伝を動画で見た覚えがある。
現実で食べたいメニューかもしれない。
「しかし移住者はキャットテイルの森にばかり行くと思ってたけど、違う奴もいたんだな」
「レベル上げしたいし、水属性の素材も欲しかったから」
「森で捕れる陸魚も美味いんだが、誰も捕って来ないし」
「りくぎょ?」
「何故か罠にかかっている魚だ」
罠で捕れる獲物は、罠にかかった状態以外では見たことがないと椛も思っていた。
しかし、だからと言って森で唐突に魚が捕れるのはどうなんだ。ファンタジーでもやって良いことと悪いことがあるのではないのか。
美味いが正義の椛でもそう思う。
「キャットテイルの好物とか?」
「聞いたことがないな」
「キャットテイルは肉食って聞くね」
猫は魚を食べるイメージだが、肉のほうが好きな子もいる。キャットテイルは肉派のようだ。
「…なんか気になるし、あとで罠だけ仕掛けに行こうかな。場所は遠い?」
「その水鳥のいるフィールドの東に森が見えなかったか?それがキャットテイルの森だ」
「ああ、見た見た。それならついでに行きやすいかも」
騎獣で走ればそんなにかからないだろう。
他のプレイヤーたちが捕って来るかもなんて欠片も思えなかったので、自分で手に入れるのほうが確実だった。
4月になってイースターのイベントが始まったが、プレイヤーが多い街でもイベントの話題はほとんど聞かなかった。
やはりイースターのイベントは微妙なのだ。
椛はそう思った。
同時に隣のサーバーは心機一転でワールドリセットされたはずだが、つながりがないので話を聞かない。掲示板では話題になっているかもしれないが、椛は覗いていなかった。
4月になって数日、椛は冒険者組合の酒場のカウンターにある特別メニューの立て札を見ていた。
「なんか数量限定の亀鍋、わたしが見るたびに完売の札が立ってる…」
「そりゃあお前が持ち込むだろ?仕込みなんかに時間がかかるから、店に出すのは翌日からになるだろ。だから明日は大忙しになるけど、だいたい1日で完売だよ」
「そんなに人気だったの…」
椛も1回だけ食べたが、思ったより美味しいとは思った。ちょっと匂いが気になるが、嗅覚の鋭い狼には無理でも、人間なら許容範囲だった。
臭いカエル肉より余程マシだった。椛はカエル肉は食べていないが、酒呑みたちはクセになると言って食べていたものだ。
そしてアバターの肌がぷるぷるになったかどうかは、気の持ちようとしか言えない。女性NPCたちは喜ぶらしいから、きっと効果があるのだろう。
「鰐をちょっぴり期待して多めに仕掛けてるけど、これ以上は面倒くさ…じゃなくて、時間がかかるからな」
「冒険者にとっちゃ副業みたいなもんだろうからな」
酒場のマスターはご機嫌で言った。
客たちに好評だから、作った者として嬉しいようだ。
でも椛は、亀鍋より水鳥の串焼き、つまり焼き鳥のほうが好みだった。
照焼きにしても美味しそうな肉なのだが、西の大陸はスパイスが豊富なのである。
マスターのオリジナルスパイスを使った焼き鳥は、椛好みのクセになる味だったのだ。
ちなみにキャットテイルの森の陸魚は淡白な白身魚で、肉厚で美味しかった。海で捕れる魚との違いが分からないくらい魚だった。
森に行く人たちがついでに捕るくらいで、わざわざ捕りに行くほどとは思えなかったものだ。
アイボナに集まっているプレイヤーたちは、最初に図々しい連中に遭遇したせいでイメージが悪かったが、大半はまともなプレイヤーだった。
ただ猫派なので、犬猫論争だけは避けたほうがいい。
「オレも完売の札が気になって1回食べたけど、なんかこう、日本酒が呑みたくなる味だった…ヤマト国…」
「あれは味噌煮込みにしても美味いと思うんだ、ヤマト国…」
「ああ、合いそう」
少し話すようになったプレイヤーたちに会って、亀鍋の話をしていた。
女性客のほうが多かったが、酒呑みたちも呑みながら食べたいたそうだ。
「そういえば、ワニはどうなったんだ?」
「いや、思った以上に全然。捕らぬ狸の皮算用をしたせいかな…」
「物欲センサーが起動してしまったか…」
椛もそんな気がしている。
他のフィールドのレア枠の獲物なら、もっと簡単に捕まっていただろう。
「キャットテイルは倒すのも難しいって聞いてたけど、なんかコツでもあるの?」
「麻痺が効く」
「そう、先制で麻痺が入れば、麻痺を切らさなければ…!」
キャットテイル・ハンターたちの間では有名な方法らしい。麻痺攻撃できる武器を作っているらしいが、確率はそんなに高くならないようだ。
椛は麻痺を入れる技について思い出してみた。双剣術にはないのだ。
「錬金術で作れる麻痺薬以外は知らないなあ。あと砂漠のサボテン」
「弓士は状態異常系を付与するアーツが多いぞ。サボテンってなんだ?」
「あ、誰でも契約できる幻獣って話があったっけ」
「そうそう、兎の国の話と同時に出たから注目を集めなかった奴。あと砂漠が地獄で諦める人が多かったからね」
ついでに氷の平原での雪の子探しもついて来てサヨナラされたイメージだ。
「そのサボテンそっくりの召喚獣が最初から使える技が『サボテン針』って言って、麻痺を与えるんだよ」
「麻痺率によっては、契約したい…!」
「検証クランじゃないから適当だけど、麻痺薬よりはちょっと確率高そう」
椛は自作の麻痺薬を出す。
素人作りなので効果はいまいちだが、店売りより劣る訳ではない。錬金術師メインのプレイヤーの作った物よりはだいぶ劣るというだけだ。
「使ったのこれだから、錬金術師のアレより!?って勘違いしないように」
「ああ、普通の麻痺薬だな」
「毎回薬使ったら破産するから、あんまり効果知らないんだよな」
使うなら高確率で麻痺の入るボスに使う。そういう位置付けのアイテムだろう。
椛は自分で採った素材があったからちょっと作っただけだ。
しかしそこまで苦労して、ドロップ率も怪しいタマゴを求めてキャットテイル狩りを続ける猫派の熱意には感服する。
今のところ犬派が歓喜する魔物は見つかっていないが、見つからないほうが良い気もして来た。
椛にそこまでの熱意があるのかどうか、自分でも分からないのだから。
□焼き芋が1本5Rの世界の100万Rなので、家が買える値段です
プレイヤーの家も1番小さくて100万R〜で、最大まで拡張すると300万Rは必要です(オプションはもちろん別料金)
□武器に状態異常攻撃を付与する場合、追加素材を使うので攻撃力が低くなります
(椛の場合は追加素材で攻撃力強化に全振り)




