175プレイ目 ダースティン
「バレンタインの告知が来てるな」
ログインした椛は、宿の一室で起き上がってまずイベントの告知を確認した。
そろそろ来ると予想していたので驚きはない。内容も改悪された様子はなかった。
「余ったチョコレートの欠片は品質10の特別なチョコレートと交換できる…?好感度と美味しいチョコを天秤にかけて来た…!」
チョコレートの欠片を集めて義理チョコ、義理チョコの2倍の欠片を消費して本命チョコを作る。ここまでは分かる。
しかし義理チョコの10倍のチョコレートの欠片で品質10の美味しいチョコレートが交換できる。この特別なチョコレートを本命として贈るのも良いですよ、と書かれていた。
きっと本命チョコの5倍の好感度が稼げるのだろう。でも自分で食べたい欲求が押さえられない。
いやいや、料理人プレイヤーなら作れるようになっているはずだから、品質10のチョコレート…!
でもイベントでしか手に入らない特別なチョコレートである。バレンタインの時期にしか買えない有名ブランドの限定チョコと同義ではなかろうか。
もちろん椛は毎年自分用にご褒美チョコと称して買っている。会社の男性陣には同僚たちと連名でテキトーに贈るだけだし、恋人などいないし、駄菓子でもいいからチョコを、チョコを恵んでくれえとチョコレート難民がゾンビ化して現われたりもするし、トリック・オア・トリート!チョコレートをくれないと末代まで祟ってやるぞー!とか言い出すアホも沸くが、それはともかく。
「そうだった。どこかで安いチョコを買って対策しておこう…」
美味しいチョコレートは見逃せないなと思う椛だった。
椛が現在いる場所はイズダス帝国の帝都ダースティンだ。
西の大陸の入口の街リュリュアンのあるジダ公国・バラク王国の西隣に位置する国である。
古サマリータ王国のマリンシアの街で防熱スキル付きのアクセサリーを入手した後、砂漠は行きたくなかったので移動して来た。
ムビア内海を船で渡って来たが、ログアウトしている間に到着する距離だった。
このムビア内海は隕石が落下して出来たものらしい。頼闇にした与太話をクランチャットでもしてみたら、メンバーの1人がどこかで聞いて来たのだ。
椛も聖堂で導師に尋ねて、神代の昔の出来事だと教えてもらった。神様のおかげで被害は少なかったが、大きな穴はどうしようもなくて海になってしまったそうだ。
半分神話なので隕石落下が事実か怪しいところだが、ゲーム内設定なら意味のある話なのだろう。
そのフラグがいつ回収されるのかは不明だが、隕石落下前は大陸の一部だったという三日月の形の島の話も聞いた。内海の南にある大きな島だ。
クレタ国と呼ばれているが、現在は人が住んでいない島だ。強烈な呪いに侵されている場所だから。
神代の時代にクレタ国という国があって、呪いが蔓延して酷いことになってるところに隕石が落下したらしい。近付いてはいけませんよと注意されたが、呪い耐性100%以上ないと確実に呪われると言うのだ。
そんな所に行くのはアホだけだろう。
たぶんマップを見て「この島は何?」とでも聞けば教えてもらえる話だろう。主要都市は載っているマップなのに、何もないから気になる場所なのだ。
「…いや、誰も気にしてないからこんなフラグにも気付かずに、イベントが見つからないって騒いでたんだっけ…」
話を聞いた人はいただろうが、掲示板で周知しなかったのかもしれない。近付けないからイベントを進めようがないし。
でもマップを見るだけで感じる違和感に気付かない者もいたのだろう。
西の大陸は変な地形が多いから、マップも気になって見てしまうはずなのに。
「謎解きとか苦手そう…いや、検証クランに早く調べろとか言ってるし、攻略情報見ながらゲームするタイプだし、そもそも頭使って何かするのが駄目な人種か…?」
なのに他人を押し退けて1番になって目立ちたいという自己顕示欲は人一倍なのだ。
欲求と能力が噛み合っていないというか。
どうでもいい赤の他人なのに「生きづらそう…」みたいな気分になってしまった。
他人に迷惑をかけて平然としている連中なので同情はしないが、能力不足は本人の責任ではないのだ。
努力不足は本人の責任だから、どうこう言う気はなかったが。
つい宿屋でぐだぐだと考えてしまったが、椛は冒険者組合にやって来た。
この帝都に到着した時にあいさつは済ませたし、聖堂で転移門の登録もした。
ついでに商店街で美味しいもの探しもちょっとして来たが、それはともかく。
「この国の皇帝陛下が勇者様って他の所でも聞いたから知ってたけど、なんか不穏な噂ばっかりなんですが!」
「わたくしどもからはお答えいたしかねます」
「闇堕ち暗黒皇帝って感じの話ばっかりだった…」
受付嬢も職員たちも困った顔しかしない。
否定もしない所に、この国での勇者の立場が透けて見える気がした。
他の国では勇者ドライデンの名前は憧れを込めて語られるのに、祖国では眉を顰めて声も潜めて不穏な噂がささやかれる。
引退して帰国した勇者はたった1人で帝国軍を壊滅させて、先代の皇帝から帝位を奪ったとか。
帝位について20数年、政治は貴族たちに押し付けて国は荒れる一方だとか。
皇帝や貴族におもねる商人たちが大きな顔をして、経済面ではさらに荒れているとか。
椛は二陣の九尾の妖狐討伐PVを見返して、そんな感じしないのに、と頭を抱えたものだ。
「本人に会って確かめてみたい…」
「役所で面会申請すればお会いして下さいますよ」
「…変なところでフレンドリー!?」
「取り次ぎの段階で役人や貴族たちから袖の下を要求されて、幾らかかるかはその時で変わるそうですが」
悪いの貴族と役人じゃね?
でもそいつらを放置しているのが皇帝であり、部下の不始末は全てトップが責任を取らされるものだ。
下に責任を擦り付けてトカゲの尻尾切りをする連中もいるけど。
椛は聖女様に頼んだら紹介状を書いてもらえるかな、と思う。
エルフの国で集めた花蜜もまだ届けていなかった。
あと勇者への手土産も聖女様に聞いて選びたい。
「そういうの知ってて放置してるの、勇者様」
「…どうなのでしょう。わたくしどもにはうかがい知ることが出来ませんので」
「分からん…」
この国のイベントは勇者関連だろうとは思う。だがかつての勇者の仲間たちも関わって来るのか否か。
椛はチラリと組合内を眺める。
居合わせたプレイヤーたちが「勇者と面会できる!」とはしゃいで、我先にと出て行ったのでNPCしか残っていなかった。
しかし袖の下の話は聞きもしないで出て行ったのだ。どうでもいいけど。
他人が聞き出した情報を悪びれもせずに横取りして、早い者勝ちだとドヤるつもりなのだろう。
でも要求される金銭が払えない可能性もある。システムが払えないものを要求させて、何かフラグを立てないと進まないようにしているかもしれないのだ。
うまい話には裏があるものだし。
「とりあえず申請して、役人の要求の内容を聞いてから考えよう…」
「拒否しても申請が通らないだけですから、試してみるのもいいかもしれませんね」
この国の住民でもないので、役人をちょっと怒らせても実害はないだろう。
国民だったらどんな嫌がらせを受けるか分からなくて怖いかもしれないが。
そんな訳で帝都の役所で皇帝に面会申請してから、椛は転移プレートでゼロイスの街に戻った。
聖女様のいるアンセムの街は近いので、何かと頼ってしまう。
いっそアンセムに転移プレートを置きたいなあ、とまだ組合2軒と役所の建物しかない移住者の街を眺めて思ったものだ。
学生時代の悪友(男)とかゲーマー仲間(男)が多めの椛さん




