168プレイ目 リュリュアン
150プレイ目でエンペラークラーケンと戦ったというのに、今ごろ西の大陸に向かう集団
ブローゼスト王国の王都ブロムを出発した船は特にトラブルもなく、予定通りに西の大陸が見えて来るところまで進んで来ていた。
客たちが大陸のシルエットに気付いて歓声を上げる。椛もクランのメンバーやフレンドたちと眺めて声を上げた。
「こういうのテンション上がるー」
「ワクワクして来た」
だがその前に、お約束のバトルイベントが待っている。大陸が見えて来たら襲って来る魔物のボスがいるそうだ。
だがしかし。
乗っているプレイヤーの数で強さや魔物の数が増えることはないので、魔術士たちが魔法を放ち、召喚されたサンダー・エレメントたちの一斉攻撃でだいたい終わった。
「海の魔物は、やはりサンダー・エレメントさんの敵ではなかった…」
「なんで4倍にしたんだろうな」
「雨だと6倍じゃよ」
今は晴れているので、サンダー・エレメントさんの真の実力はこんなものではないごっこが出来る。
遊ぶくらいに余裕だった。
港に着くまであとどれくらいかな、と話していると一部のプレイヤーたちが何かに気付き、ロウガイが「新しい公式PVが出たようじゃ」と言った。
お知らせを受け取る設定によって、すぐに気付く者とそうでない者がいただけだ。
椛はプレイ中は気が散るので受け取らないし、クラメンたちも同じ設定の者が多かった。
頼闇あたりは情報の速さを重視しているようだった。
「時間があるし、見ておこうかな」
「そんなに長くないよな」
「お、視聴後にアイテム貰えるって」
今まで公式PVを見てアイテムなんて配ってなかったのに、と思いながら誰もが大人しく視聴した。
しばらく甲板上が静かになっていた。
PVの内容は二陣の起こした九尾の妖狐イベントをベースにしたものだった。
こちらのサーバーでは起きなかったIFルートの物語。
結局小狐か幼女の姿にしかならなかったので、初めて見た妖艶な美女の姿。本人が自慢するだけはある化けっぷりだが、妖狐なので作った美貌のはずである。
そして殺生石はまだ封印された物が多いからか九尾ではなく一尾だった。
だが殺生石をひとつ取り込んだ妖狐は、こちらのイベントで逃げ回っていた小狐とは別物だった。殺生石から立ち昇っていた禍々しい妖気を纏い、人々を自在に操り、高笑いしながら全てを圧倒していた。
これで殺生石1個分なので、最盛期に《七つの災厄》と呼ばれていた理由が少し分かった気がする。
プレイヤー以外はうかつに近付くと取り込まれるので、ほとんど戦力になっていなかった。
そこに現われる勇者たち。
勇者と聖女とエルフと虎人の4人しかいなかったが、その4人だけで妖狐を倒してしまった。
映画でも観ているかのようなバトルシーンだったのでつい夢中になったが、結末は酷かった。いや、バトルは勝利したのだが。
「ええ…移住者の株価が暴落どころじゃないじゃん…」
「うわあ、嫌われ者の集団になってる…」
「噂以上じゃな…」
移住者がわざと妖狐に殺生石を渡したとNPCたちにバレたらしいのだ。それが決定的な評価になってしまったということだ。
そして最後に流れたまとめ。
『プレイヤーの行動によって世界は変わって行きます。第一の世界と第二の世界は異なる道を歩んでいます。これからも貴方たちだけの世界を発展させて下さい』
嫌味なのか何なのか。
ついでに九尾の妖狐完全討伐報酬として、九尾の妖狐の伝承が書かれた本がプレゼントされた。こちらのサーバーの九尾の妖狐はまだ残っているはずなのに。
「これ、禁書かなんかのヤバいブツでは?」
「うむ、NPCには見せられん奴なのじゃ」
取り扱い要注意の劇物である。
変なもの寄越すな!と言いたい。
安全な宿の部屋でこっそり読むしかなさそうだった。
評価しがたいPVのことは忘れることにして、船がようやく港に着いたので新大陸へのワクワクを思い出した。
ここは港街リュリュアン。
ジダ公国とバラク王国の両国の統治下にある街だ。
犬獣人の国ジダと猫獣人の国バラク。
仲が良いのではなく、逆である。東の大陸との貿易港を巡って幾度も争い、収拾がつかないので現在は妥協しているだけだとか。
街の北側がジダ公国で、南側がバラク王国とはっきり住み分けられている。
領主館も両方にあるし、冒険者組合と商業組合も両方にある。
ひとつしかないのは街の中央の聖堂だけだそうだ。
「聖堂?西の大陸は神殿じゃないんだ」
「東と違って大精霊様を信仰してるのさ」
船員たちに少し聞いただけだが、けっこう違いが多いようだ。でも東の六柱大神信仰にも大精霊が出て来るので、違いが分からない。
その聖堂で転移門に登録するのは同じなので、行った時に聞いてみるのもいいだろう。
「犬派なので北側に行くけど、みんなは?」
「オレは猫派」
「俺も」
「騎獣見れば分かるよな」
どっちも好き派もいたが、好みで別れることにした。
エルフの国に直行するつもりだが、初めての街を見物したいし買い物もしたい。
それに今から出発してもログアウトの時間が近いので、テントで休むことになる。今日はここで宿をとって、集合時間を決めて解散した。
時間の合わない者も目的地は同じなので、また途中で合流できるだろう。出来なくても現地集合でも構わないし。
極論、集団行動する意味はない話だし。
商店街のほうに行く者、宿を探しに行く者とそれぞれだったが、椛は聖堂にまず行く派だ。
「だって後回しにすると絶対に忘れるからね…」
「オレも…」
うっかり派のタグと2人で向かった。他の人は忘れない自信があるらしい。
羨ましい。
街を二分する大通りは、犬派と猫派でキレイに分かれていた。たまに睨み合う犬獣人と猫獣人がいたが、余所者は近付かないほうが良さそうだ。
「…なんか分かりやすくイベントのフラグ立ってるね」
「イベントが全然見つからないって掲示板で喚いてるけどな」
「進め方が分からないだけなのか、これ見て何も感じなかったのか…それが問題だ」
「…後者ならもう、何も言えない…」
まさかね!と思ったことが本当に理解できていない人もたまにいる。
喚いている一部の連中以外は気付いていても黙っているだけだろう。余計なことを言ったら荒されるだけだから。
下手につついたら戦争に発展しそうで怖いイベントに見えた。
椛たちは関わらずに通り過ぎるつもりだ。
適当に大店の店頭を覗きつつ向かった先の聖堂は、神殿とは全く違う建築様式だった。
「モスクって言うんだっけ?」
「玉ねぎ屋根くらいしか知らねえ」
「ホイップクリーム派」
「こだわる所なのか?」
あくまでぱっと見のイメージであるが、壁などが砂色をしているし、神官というより導師という衣装の人たちがいる。
「こんにちは。えっと、神官様というより導師様って呼ぶべきッスかね」
「こんにちは。東からいらした方ですね。導師と呼んで下さい」
「聖書とか聖典のような物は買えますか?」
「ええ、もちろんですとも」
『精霊聖典』全10巻セットで1万R
東の『神話大全』と同じだった。お値段も。
タグに「え、買うの?」という顔をされたが、きっと買う羽目になるので必要経費と思ってセットを買った。
それにけっこうネタがあるものなのだ。たぶん。
これで勉強しておきますと言ってから、転移門の間の場所を尋ねて登録して、聖堂はあとにした。
「よくあんなの買うな」
「フクロウと契約すれば分かる…シラベも買わされてた」
「検証クランは趣味で買ってるだけだろ」
そうかもしれないが、フクロウと契約したら分かることだ。読めないくせに表紙を見ているだけで機嫌が良くなるのだ。
どういう設定なのか分からない。
それはともかく、用事は済んだので、猫派のタグとは別れて宿屋を探すことにした。
犬獣人の子供が可愛いと噂だったし、途中で会えないかなと思いながら。




