158プレイ目 メルツ
「妖狐にゃーん!」
すっかり妖狐にゃん呼びが定着したもよう。
メルツの街の建物の屋根の上から見下しながら椛は思った。適当に言っただけなのに、狐がにゃあにゃあ鳴いたせいで。
いや、運営が狙って作った設定なのか。
それにしても、九尾ではない妖狐を探していてちゃんと見ていなかったが、操られていると思われる住民NPCたちとプレイヤーはあまり戦っていないようだ。
「関係改善クエストがー!」「悪評が悪評を呼びやがるー!」「好感度ー!」「貢献度ー!」「ホラーはやめてー!」「妖狐にゃーん!」「何でこんなことにー!」などなどの悲鳴が聞こえる。
確かに、イベントがどう進んでいるのか見ていなかったら、突然NPCたちがおかしくなったようにしか思えないだろう。ホラーである。
そんな中で妖狐にゃんに反応できたプレイヤーたち…業が深い。
他人事みたいに見物していたら、上にいる椛に気付いたらしい秘境ハンターが登って来た。斥候系ではないのに、軽装備で忍者度が高い男だ。
「ここ、安全だな…」
「登ってみたら誰も追って来なかったね」
「あれは何なんだ?九尾の妖狐戦が始まるってワールドアナウンスは何だったんだ」
「その妖狐に住民たちが操られているので、妖狐を倒して助けよう、って話だと思う」
「じゃあ何だよ、妖狐にゃんって」
掲示板に張ったスクショとにゃあにゃあ言ってた小狐のことを説明した。
だいたいは伝わったようだ。
「妖狐が幼女で語尾がにゃ」
「幼女はただの妄想だった」
「妖艶な美女はどこ行った?」
「殺生石に封じられてるよ、たぶん」
もう少し周知させて、プレイヤーをイベントに参加させたほうが良いとは思うのだが、椛にそんな拡散力はない。
そして住民たちの波に呑まれて動けなくなっているプレイヤーも多い。特に重鎧の人。
「あっちのほうでなんか盛り上がってる」
「妖狐か?」
プレイヤーたちの歓声が上がった。続いて妖狐にゃんコール。
状況が分からないままのプレイヤーたちが「なんなんだよー!」と悲鳴混じりに叫んでいた。
「…カオスすぎる」
「ホラー展開の途中で始まるオタクたちの妖狐にゃんショー」
「どっちも近付きたくないな」
「ですな」
しばし高みの見物をしてしまった。
見物しているうちに妖狐探しを任せていた光馬に乗った星影たちが戻って来た。
発見し損ねたようでがっかりしていたものだ。
隠れていたはずだが、発見されたからか出て来た妖狐は人々の頭を飛び石みたいに利用して逃げ回っていた。
それを見て、多くのプレイヤーも理解したらしい。
「妖狐にゃーん!」
「倒した奴が妖狐にゃんのご主人様になれるやつだな!?」
「オレと契約してくれ、妖狐にゃーん!」
「いやー!可愛いー!妖狐にゃーん!」
プレイヤーの歓声が増した。
妖狐にゃんの恐怖もうなぎ登りらしく「ぴぎゃあぁにゃあぁああぁ!」という絶叫が響いていた。
「…なんで奴までホラーの住人になってるのかな」
「意味の分からんオタクどもに追い回されてるからだろ」
「まあ、喜ばれたら混乱する、かな…」
早く妖狐を倒して住民たちを助けたいけど、妖狐にゃんを狙うプレイヤーたちの恨みを買うので余計に手が出なくなって来た。
本当にアレと契約できる設定なのかな、と煽った椛は目を逸らす。
こんなに妖狐にゃんが人気になるなんて。
収拾のつかないイベントを見下ろしていると、他にも建物の上に逃げて来るプレイヤーが増えて来た。
椛たちの姿が目に入ったらしい。
ぐったりと座り込む者もいれば、目を爛々とさせて妖狐にゃんを狙って攻撃し始める弓士もいた。
まあ、外してNPCどころかプレイヤーに流れ弾が当たっているだけだが。当たったと言ってもダメージは入らない。
とはいえ当てられた人は怒って罵声を返していた。
「エイム能力って自前で用意するしかなかったっけ?」
「器用を上げれば命中率が上がるって聞いた気がする。もとの能力に加算だろ」
「もとの能力が重要なんだな」
弓士の掠りもしない腕前をしばし見物した。
まぐれでも当たる日が来ない気がする。
妖狐にゃんがそれだけ素早いだけで、普段のバトルでは問題ないのだろうが。
「ちなみにわたしのエイム能力は雑魚レベルだよ」
「奇遇だな。俺もだ」
なので批判する気はないのだ。ただ見てると呆れたくなるだけで。
射撃とか選ぶ気もしないのでほぼやった経験のない2人が、近付いてぶん殴るのが正義だなあ、などと思っていたら、妖狐が壁を登って屋根の上に来てしまった。
「き、貴様は!にゃあ!」
「止まると当たるよ」
「にゃああ!?」
別の建物の屋根にいる弓士がチャンスとばかりにアーツを放つ。一応、下にアーツは撃たないくらいの気遣いはしていたらしい。
椛たちは巻き込まれないように隣の建物の屋根に飛び移る。
でも逆に妖狐にゃんに近付こうとして自ら巻き込まれた者もいた。
「ふざけんな、てめえ!」
「邪魔すんな!狙えねえだろ!」
ケンカが始まるが、妖狐は椛たちのほうに来てしまう。
「こっち来んな」
「こうなったら貴様も巻き込んでやるにゃ!」
「えいやっ」
振り向いて一蹴り。
妖狐の腹を捉えてポーンと良く飛んだ。
「妖狐にゃん、ガンバ!」
「うにゃあぐぎゃあぁあぁあ!?」
「妖狐にゃんが降って来た!」
「恵みの妖狐にゃーん!」
「嫁に来てくれ妖狐にゃーん!」
落ちた先には妖狐にゃんファンの群れ。
次々と伸ばされる腕の波は、腐界に囚われかけた悪夢を連想させた。
「…ホラーだね」
「お前が放り込んだんだろ。怖え」
ケンカしていた弓士たちに文句を言われたが、外すのが悪い、こっちに来させたのが悪いで乗り切った。
それに妖狐は必死に逃げ回っていて、まだ捕まってはいなかった。
「妖狐にゃんの肉球スタンプいただきましたー!」
「あー!あたしも踏んで妖狐にゃーん!」
「妖狐にゃんのしっぽが!ふわふわ!」
「こっちにも妖狐にゃーん!」
「んにゃあああぁあっ!にゃあぁあんっ!こいつらキモいにゃあぁあっ!」
妖狐が半泣きで叫んでいる。
それはそう…とちょっと同情しないこともない。
終わりのない地獄の様相と化していたが、唐突にワールドアナウンスが流れた。
《九尾の妖狐が戦意を完全に喪失したため、戦闘を終了します》
《参加者に特殊勝利報酬が配布されます》
妖狐がふっと消えて、操られていた人々が正気に戻った。街に混乱は残っているが、プレイヤーたちは報酬を見て勝利の雄叫びを上げる。
「勝鬨の声じゃなくて、雄叫びだよね…」
「どっちでも同じじゃね?」
特殊勝利報酬:九尾の妖狐(分身)の召喚獣
いらねぇ…と思った椛は少数派だろう。
その後、イベントの事後処理が行われた。
二大国のテコ入れがトシュメッツ国に入ったが、大国同士で睨み合う分トシュメッツ国にはさほど不利な状況ではなかったらしい。
椛の指名手配も解かれて、間違いだった、前科持ちではないと説明されたはずだ。
汚名の全てが消える訳ではないが。
殺生石は聖女様たちがどこかに封印したらしく、噂を聞いたヤマト国の人間が押しかけて来たものの聖女様には勝てずに容認して帰ったそうだ。
もちろん転移門経由でのやり取りだ。
「話を聞いて誰かがやると思ったのに、漁船じゃ東のレイドボスが見つからなかったの?」
「そうなのよう!ヤマト国があ!」
そしてヤマト国に至るイベントはまた行き詰まっていた。
まだフラグが足りないようだった。
分身=数千体に分けられて参加したプレイヤー全員に配布の意




