〈Ⅴ〉風がわたる
朝陽がのぼる。
やわらかく、厳かに。まばゆい光の腕が大地を抱きしめて、あまねく命を黄金に染める。
見渡すかぎりの草原は生き生きとそよめき、水辺は澄んだ青空を映して水鏡のごとく輝きだした。
小高い丘の上。生まれ変われたような清々しさと、泣きたくなるほどの安堵がナジャの胸を満たす。
守れた、と。
(──わたしも、生きている)
広大な自然のなかにあっては取るに足らない小さな存在でも、やり遂げることができたのだ。
もう、自分の無力さを嘆きはしないだろう。
首からさげた骨笛を見下ろせば、それは傷だらけになりながらも誇らしく陽光を弾き、きらめいていた。
「これからどうするつもりだ? 姫さん」
背後から投げかけられたアスランの声に、ナジャは振り返って力強くほほえんだ。
「王国をしろしめす偉大な阿保を殴りに行く。草原にいる兵器を探し回るより、頭を叩くのが効率的だろ」
鉄の王国──未知の大国と、そこに君臨する女王を相手取るという宣言だ。
先の見えない旅になるだろう。今まで以上の危険を伴うことになるかもしれない。それでも。
自らの手で運命を拓きたいと思えた。
アスランとの出会いが、戦いが、ナジャを変えた。
風となって見守ってくれているだろう家族たちに、胸を張れる生きかたをしようと気付かされたのだ。
「おまえも一緒に来い、アスラン。姉君に一発くらい返してやらないと」
屈託のない笑顔でナジャは誘う。
道連れにするなら彼がいい。自分にはない力を持つアスランとはきっと、楽しい関係を築けるだろう。
年は離れていても相棒として、戦友として──叶うならともに歩いてみたい。この先に待ち受けるものが何であっても同じ景色を見てみたいと。
そう、思ったから。
虚を突かれて呆けていたアスランが、やがて覚悟を決めたように笑う。輝かしい陽光を背負ったナジャを見つめ、彼は晴れやかに首肯した。
「──喜んで」
風がわたる。
ときに風切羽の耳飾りとたわむれながら、ナジャの頬を、赤毛を慈しむように、優しくくすぐって。
果てのない大地に明るい息吹をもたらしていく。
草を踏みしめて歩みだす少女の背中が、見えない手に押された気がした。
〈了〉