99 白日の裏稼業
「6章登場人物まとめ」一番下にルザール語暴言録を追加しました。
教会での騒ぎが落ち着き、初夏の日差しが心地よい今日この頃。
────私は、彫り師として名を馳せていた。
「……はい、終わり。」
お姉さんの皮膚に図柄を描き終わりペンを置くと、横で控えていたエリックがお姉さんに退出するよう促す。
「い、痛くなかった?」
「ハイ! アリガタキ幸セ。」
満面の笑みでそう言って去っていくお姉さん。
この光景を見るのはこれで19人目である。
「これで本日の予約は終わりですね。お疲れ様でした。」
どこぞのクリニックの助手のような感じでリストにチェックを入れるエリック。
リストにはあと6人の名前がある。つまり村にいるルザール全員である。
こうなったのは、約一ヶ月前。
シレーアや他のルザールが少しずつ村での暮らしに慣れてきた頃、シレーアが私の彫った翼の模様を仲間に見せたらしく、何故か「私も私も」が殺到した。
狭いコミュニティでの口コミ効果ありすぎ。
なんか怖いので、そんな誰でもホイホイできないと言ったら、エリックによって村での研修一ヶ月記念のご褒美扱いにされた。
なんとこれが研修一ヶ月の給料代わり。一ヶ月働いた報酬が素人の刺青。なんというブラックヴィレッジ…………人身売買教会も真っ青のブラックぶりである。
そしてそんなブラックな報酬にルザール全員が食いついたのがさらに怖い。
「さすが魔女様、日々手際が良くなっておられますね! ね!」
何故目を輝かせて「ね」を2回言う。
「……あなたには彫らないわよ。」
この彫り師業だが、ペンに魔法の破壊成分を纏わせて描いている。実際に墨を入れているわけではないが、魔法で破壊した箇所が自然治癒しないため、ずっと柄が残るという仕組みだ。
要は治らない怪我なので、体の丈夫なルザールにはできるが普通の村人には危険なのでできないという建前で断った。
ルザールは、シレーアに一度やってしまっているので仕方ないにしても、村人までみんなしてなんか彫ってくれとか言い出したら恐ろしいので危険を強調してなんとか諦めさせたのだ。
彫り師とかヒロインのやっていい職業じゃないし。ていうかそもそも彫り師って何?! Holy shit!!
……動転しすぎてまた変な親父ギャグを並べてしまった……にしてもおかしくない? ネズミ駆除とか刺青とかヒロイン以前に乙女ゲームに存在していいの? 許されんの??
お仕事体験ゲームの職業ラインナップにもかすりもしない職業だし。
乙女というより任侠ものの方が合ってない??
「………………じゃ、帰るわね。」
もう結構な回数やったので慣れてきた上に、加減を失敗して変に傷付けないようものすごく気を遣った結果魔法の操作まで上達したので多分人間にも普通にできるが、言わない。
残念そうなエリックを残して外に出ると、ちょうど向こうからザッハが歩いてきた。
《……また変なモノを拾ってきたね。》
少し先を歩いている先ほどのルザールを遠目に見ながら、呆れたように呟く。
《それもたくさん………………》
仲間のもとへ戻り、たった今彫りたてほやほやのヤツを見せて盛り上がっている彼女の姿を眺めた後、じと〜っと音が出そうな目でこちらを見てくる。
「ち、違うわ、あれは…………自然発生よ。」
そう。私が拾ったのではない。
家に帰ったらいた。
あちこちで動物を拾ってきて家をワンニャンで溢れさせる子みたいな目で見ないでほしい。
《お前が連れ帰ったのが来てから悪化したように思うが。》
た、確かに……最初に見た時は普通のルザールの集団に見えたが、シレーアを混ぜてちょっとしてから様子を見に来たら、全員すっかり立派なエリル村の住人と化していた。
しかし私は何もしていない。シレーアがちょっとおかしくなったのはもしかすると私のせいかもしれないが、一人がおかしくなったからと言って他の多数まで伝染するなんてまさか。
……いや、なんかデジャヴを感じる。
一番最初に村がおかしくなった時も最初はエリックだけ変になったような…………そういえば今回もエリックが、「魔女様の素晴らしさを伝える」的な不穏なことを言っていた気がする。
まずい。
《魔法に催眠効果でもあるんじゃないだろうね?》
「ない、はず……だけど………………?」
エリックにもシレーアにも、目の前で魔法を使った。
確かゼノリアスも魔法で撃ち抜いたら求婚してきた────
「──いやいやいや、ザッハの前でも使ったけど何もないじゃない。焦ったわ。」
盗賊とか警備隊の前でも使った。
どちらも信徒化とかしてない。
催眠の魔法を使ってるとしたらむしろエリックの方だわ。攻略対象の固有スキルとか。まぁそういうゲームじゃなかったけど……。
というか洗脳が固有スキルの攻略対象とか嫌すぎるわ。
とにかく、エリル村だけの珍現象だろう。
「ほらアレよ、エリル村の磁場とか瘴気とかそんな感じのアレのせいでしょ。」
住民を自分色に染め上げる土地。オマエを俺色に染めるオレ様彼氏よりヤバい。
そんなとこの近くに住んでて大丈夫だろうか、ちょっと不安になってきた。
《なら良いが。……ところで、もう一人変なのが来ているよ。》
「久しぶりぃ♡」
ザッハに言われて家に戻ると、もう一人の変なの────セシルがいた。
「……久しぶり。」
もうテーブルについているものは動かしようがないため、渋々対面に座る。
続いて、面倒そうなジルが貰った花を飾り終えると私の隣の席に着いた。
「あー、そーいう素朴な感じのもかわいい♡ そのレースどこの?」
開口一番、指をハートの形をなぞるようにくるんと動かしながら、村人に献上されたワンピースを褒める。
エリル村製の品は、なんか怨念というか念がこもっていそうな気がするが、可愛いのでまあいいかと思い着ているものだ。
胸元にレースのリボンの飾りがたくさん付いていて、色味はシンプルだが凝っていておしゃれ、品がよい。
「近くの村の生産品よ。」
「え〜、あとで買いにいこ!」
生産品は生産品だが、これ売ってるんだろうか……。
B級品は村外に売り付けてるといったようなことを聞いたことがあるので、売る用のがあるかもしれないが……エリックに聞けばいいか。
「にしても、こんな森の中に住んでたんだね。なんか地味〜と思ったけど、こうしてみると童話感あっていいかも?」
セシルは家の中を背景に、手で作ったフレームにいろいろな角度から私を収めてから、今度は隅にいたザッハに駆け寄る。
「こっちのオオカミちゃんもかわい〜し! 森の動物にしてはちょ〜っとイカついけど! フリルのヘッドドレスとか意外と似合うかも〜!」
抱きついてワサワサと撫でられながらザッハがこちらを見てくる。
セシルに魔物だと知られないように気を遣ってか、されるがままだ。
《……………………。》
ま、まずい。初めての友達がかわいいに狂う変態だと思われている。いや実際そうなんだけど。
こんなのと友達なのか? とかザッハに思われたら嫌だわ……
「ちょっと、ザッハにそんな取って付けたかわいさを押し付けるのやめてよね。」
ザッハからセシルを引き剥がし、ザッハの毛を整える。
「でもかわいーと思うんだけどな〜……」
「そういうのはその辺の狼でもいいでしょ。ザッハはそのままの方がかっこいいんだから弄らないで。」
イケオジ魔狼なんだからシンプルに元の素材で通用すんのよ。ゴテゴテ飾るよりもシンプルが一番。
《……お前も何を張り合っているんだ。》
ボソッと呟かれた。
あ、ダメだ。私も呆れられている。
黙って席に戻ろう。
「で、何か用事?」
「なんか歓迎されてない感じ? こんなにかわいいボクが遊びに来たのに?」
きゃぴっと音が出そうな感じで両手首を内側に合わせて頬にグーを添える。
歓迎されてない感じなのにぶりっ子ポーズを披露するんじゃないわ。
私がセシルの上目遣いを下目遣いで見ていると、隣のジルが無言のまま「要件はよ」と目線で返す。
「もう、さっさと本題なんて情緒がないなぁ。」
セシルは頬を膨らませつつ鞄をまさぐると、書類を出して机に乗せた。
「これ、マーカス元神使の調書なんだけどぉ……ま、まずは読んで?」
なんだろう、嫌な予感がする。
この前の教会の件を何でセシルが持ってきてるんだ。普通の事後報告なら手紙で良いはず。
騎士団でもないセシルが来てるのも違和感が……おじさまのお使いとか……なら今ここで「本題」とか言って読ませる必要はないわけだし……………
「──ってことで、一緒に闇オークション見に行こ♡」
……うわこれ一番下の紙に王様のハンコついてる。
ジル「乙女ゲームには合わないけど転生ものならいけるんじゃない? 彫り師。」
ミスティア「『転生したら破壊能力に目覚めたので彫り師として一花咲かせます♡』……みたいな?」
ジル「そうそう。で、異世界の人々に桜吹雪を咲かせていくやつね。」
ミスティア「一花どころじゃないわ。」
ジル「吹雪だからね。」
ミスティア「もう着物を半分脱いだおっさんの背中が花見会場みたいに並んでる絵面しか想像できないわ……」