第93話 挑発と取り付け
その日の授業の無くなった放課後、俺はある人物と一緒に生徒会室に向かっていた。
「それで、何でイヴァン先輩がついてきているんですか?」
俺は隣を歩くイヴァンに尋ねる。
「内容が決闘というなかなかに危険なものですからね。
一人くらい付き添いがいたほうが良いかと思いまして」
「それはありがたいんですが、女の子をナンパしたりしないでくださいね」
「失礼な。
私だって四六時中女性の事を考えているような男ではありませんよ」
いや、あんた四六時中脳内ピンク色じゃないか。
俺が失礼な事を考えていると、イヴァンが少し笑った。
「それにしても、君が女性をめぐって誰かと決闘をするなんて意外ですね」
「言っておきますけど、恋愛感情とかではありませんよ
ロミアにも言ったとおり、お人好しな所が出ただけです」
「分かっていますよ。
ですが、相手はあのウィリアムですか」
「ウィリアムさんって、強いんですか?」
俺が尋ねると、イヴァンは前を向いたまま頷いた。
「周りの人達と比べれば、才能や実力はある方です。
それに、たしかあの方は剣術も扱えたはずです。
そちらの腕前は分かりませんが」
「剣術も、ですか」
まぁ、ジークより弱いとは思うけど。
あの人より強い人とか、俺の四肢が一瞬で胴体から切り離されちまう。
「骨が折れそうな相手ですね」
「実際この学校で何か問題があった時、武力が必要になった際のその武力は彼が担当していますからね。
生徒会の中での実力は、トップクラスでしょう。
しかし、それでも私は君が勝つと思いますよ」
「どうしてですか?」
「その歳であの量のトレーニングを行っている人など聞いたことがありませんからね。
大人でもついていけないかもしれないですよ、あれは」
そういえば、イヴァンは前に俺の朝のトレーニングを見たことがあったな。
そう言われても、もう癖のようなものだしな。
「最初はもっと少なかったんですけどね。
慣れていくうちに時間が余るようになってしまったのがなんか勿体無くて、今の量に増やしただけですよ」
「その言葉を聞く限り、もっと増える可能性もあるみたいですね。
恐ろしい子どもです」
イヴァンが楽しそうに笑った。
イヴァンは冗談で言っているかもしれないが、トレーニングの量は増やせそうならまだまだ増やす気なんだけどな。
俺とイヴァンが雑談をしていると、生徒会室の扉が見えてきた。
そして、扉の前に来ると二人で足を止めた。
「さてと、それじゃあ敵地へ乗り込みますか」
「先陣は譲りますよ」
俺は扉をノックして、自分の名前を言った。
「ガルファット・ファーリンです」
「お入りなさい」
中から声が聞こえたのを確認して、俺は扉を開けた。
「お久しぶりですね、ガルファット様」
部屋の中にいる人物の中で最初に声をかけてきたのは椅子に座っているエマだった。
その隣には不機嫌そうな表情のウィリアム、そして反対側には見たことのない女性がいた。
「お久しぶりです。
実はお話ししたい事がありまして、お時間よろしいですか?」
「えぇ、構いません。
どうぞお入り下さい」
「失礼します」
俺とイヴァンはエマ達の方へ頭を下げた後、エマの正面にある椅子まで歩き腰を降ろした。
「ところで、どうしてその方とご一緒に来られたのですか?」
エマがイヴァンを見たあとに俺に尋ねてきた。
「えっと、前に来た時の話の内容が内容だったので一人で来るのは少し不安だったもので。
エマさんは、イヴァン先輩をご存知なのですか?」
俺の質問に、エマは笑顔で頷いた。
「はい、ガルファット様がこの学校に入学される前までは生徒会室へ来られる常連の方でしたから」
エマがそう言うと、隣に座るイヴァンが綺麗な形で頭を下げた。
「お久しぶりです、エマ・ダルネシア様。
その節はご迷惑をおかけしました」
「あの頃は、よくあなたを学校から追放してくれと他の女生徒達がここに来ていましたね」
「今でも、あの頃声をかけた事のある女性からは恐い目で見られています」
そう言うと、イヴァンはエマの隣に立つ女性へと声をかけた。
「お久しぶりですね、レイナさん」
イヴァンは笑顔で優しく声をかけたのだが、レイナは軽蔑の眼差しを向けた。
「気安く声をかけるな。
ガルファット・ファーリン様の友人じゃなければ、叩き出しているところだ」
レイナの言葉に、イヴァンは困ったように笑った。
「なんか、ものすごく嫌われていますね」
「彼女にも、昔あの質問をした事がありますからね。
私を嫌うのも無理ありません」
あー、あの質問か。
俺はレイナの胸のあたりをチラッと見た。
・・・イヴァンの好きそうな胸の大きさだ。
「それでガルファット様、私にお話ししたい事というのは?」
「え?あぁ、そうでした」
俺はエマの顔を見つめた。
「実は、僕も少し気が変わりまして。
次の王位継承戦、エマさんの後ろ楯になってもいいかなと思って今日は話をしに来ました」
俺の言葉に、エマが、ウィリアムが、レイナが、俺とイヴァン以外の人間が驚いていた。
「その、急にどうされたのですか?
前までは貴族には興味すらないといった感じだったと思うのですが」
少し戸惑いながら尋ねてくるエマに、俺は笑ったまま表情を変えずに返した。
「少し話が飛びすぎましたね。
先程のは、本題の半分の条件です」
俺の言葉に、エマは首を傾げた。
「半分の条件?」
「はい、もう少し詳しく話しましょうか。
実は今日僕がここに来たのは、そこにいるウィリアムさんと決闘をさせていただく為です」
俺の言葉に、ウィリアムは部屋に入った時に見たような不機嫌そうな顔に戻った。
「決闘だと?」
ウィリアムに尋ねられて、俺は頷いた。
「えぇ、僕とウィリアムさんで決闘をしてもしウィリアムさんが勝ったら僕はエマさんの後ろ楯になりますよ。
もちろん、ボニータ家の名前を使って」
「ガルファット様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
そう言って俺のほうを見たのは、レイナだった。
「はい、何ですか?」
「先程の条件、あまりにもこちらに有益すぎる気がしました。
ガルファット様からこちらに求めるものは何かございませんか?
そうでないと、失礼ですがこちらも疑ってしまいせっかくの好条件の提案に首を縦に振ることができません」
へぇ、このレイナって人は真正面から訊いてくるタイプか。
こういう人は話しやすいから好きだ、変に探りにこられるとめんどくさいし。
「そう言っていただけると、こちらからも話しやすくて助かります。
さっきの決闘の話し、ウィリアムさんが勝った場合は僕が王位継承戦でのエマさんの後ろ楯として参加ですが、もし僕が勝った場合はアネッタさんをください」
俺の言葉に、ウィリアムとエマは驚いた表情で固まりレイナは首を傾げた。
「アネッタ?」
「はい、ウィリアムさんに仕えている獣人族のメイドの方です」
「ガルファット様、私達からすればメイド一人でガルファット様の後ろ楯を貰えるのなら決闘などせずに今すぐにでもお渡しいたしますが・・・」
そう言ったのはエマだった。
まぁ、それはそうだよな。
メイド一人渡しただけで、王位継承戦がかなり有利になるんだ。
大抵のやつはそうするだろう。
ただ残念な事に、俺は今でも貴族の事に関しては関わりたくないんだよ。
俺は首を横に振った。
「いえ、それではダメです。
どちらにしろウィリアムさんには僕と決闘してもらいます」
「何故ですか?
ガルファット様がウィリアムと決闘する目的がアネッタを手に入れることなら、我々は喜んでアネッタをあなたに譲りましょう。
それでガルファット様の望みは叶うはずです」
「エマさんに、一つお訊きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
「ウィリアムさんは、あなたがこの学校を卒業した後もずっとあなたを護衛しますか?」
「もちろんします。
ウィリアムとレイナは私の腹心とも言える者達です。
それが何か?」
俺はエマの質問にウィリアムを見ながら答えた。
「僕はまだ一度もウィリアムさんの実力を見ていません。
たしかにここで僕がエマさんの後ろ楯になるのは可能ですが、それを護衛する人の実力を知らないのでは話しになりません」
「・・・それは、俺の実力を信用できていないということか?」
ウィリアムが不機嫌そうに尋ねてくる。
いや、不機嫌っていうよりは半分怒っているのか。
「見たことないものを信用することは難しいでしょう。
だから、決闘してあなたの実力を知りたいんです」
俺の言葉に、エマが考え込んでいた。
俺がどうやってアネッタをウィリアムから奪うか考えていた時、アネッタをくれたら王位継承戦の力になるっていうのは最初に考えた。
しかし、それだとさっきみたいにじゃあアネッタあげるから力貸してになってしまう。
出来ることなら俺はどんな形であれ王位継承戦に参加はしたくない。
それを考慮したうえで辿り着いたのがウィリアムとの決闘だった。
勝った条件負けた条件という事にすれば、あちらも乗らない訳にはいかない。
あちらからすれば、自分達にものすごく有益な条件なのだから。
それに、今までの情報を整理するにウィリアムはプライドが高い人間だと俺は考えている。
だから、決闘の理由をあえてウィリアムを挑発するように言ったのだ。
少しでもあっちが決闘に応じてくれるように。
まぁ、これで俺が決闘に負けるのが一番最悪な状況になるんだけど。
俺がそんな事を考えていると、エマが真剣な表情で俺のほうを見た。
「分かりました。
その勝負、お受けいたしましょう」
「ありがとうございます」
俺はエマに頭を下げた。
「日時と場所はどういたしますか?」
「このあと演習場でどうですか?
あそこなら、周りに被害がいくのも防げるでしょう」
演習場というのは、授業で魔法を実際に使用する際に使われる場所だ。
周りに被害が及ばないように結界が張ってある。
「演習場ですか。
分かりました、それでは後程」
エマの言葉を最後に、俺とイヴァンは生徒会室を出た。
「どうやら、私は必要なかったみたいですね」
隣を歩くイヴァンが少し笑いながら言った。
「いえ、今日はうまくいったから良かったですけど失敗した時のためにいてくれると助かります」
「それならいいのですが。
・・・それで、勝率はどれくらいですか?」
そう尋ねてきたイヴァンに、俺は冗談っぽく返した。
「イヴァン先輩、生徒会室に行く前に僕が勝つと思うって言ってませんでしたか?」
「あれはあくまで私の予想であり、願望です。
実際戦う君からすれば別の話でしょう?」
「そうですね・・・多く見積もって四割が良いところですね」
俺の言葉に、イヴァンが驚いていた。
「そんなに低いんですか?」
「あいにくこっちは実戦経験が乏しいもので。
師匠や先生には未だに勝ったことがありませんし。
他に戦った事のある人がほとんどいないので、自分がどのくらいの力量を持っているのか分からないんですよ」
ジークには一撃も入れた事はないし、シルビアにも読みあいで負けるし、クレアには投げ飛ばされてばかりだし。
「そういうことですか。
ですが、それでも審判は公平に務めますよ?」
「えぇ、そうしてください。
その方が、お互い納得できるでしょうし」
少し不安を抱きつつ、俺は準備のために自室へと戻った。




