第86話 仮説とサイラ・リオルガ
パーティー会場の屋敷を出て、俺、アルマ、ライナスの三人は馬車でレイキュア家の屋敷へと向かっていた。
道中三人で同じ馬車に乗っていたわけだが、途中で襲撃されたり向こうから何か仕掛けてくるということはなかった。
個人的にはそのあたりを警戒していたのだが、まぁライナスもまさかこんな事になるなんて夢にも思っていなかっただろう。
しばらくすると馬車が止まり、ライナスがボソリと言った。
「・・・到着した」
そう言うと、ライナスは自分から先に馬車を降りた。
俺とアルマもそのあとに続いて馬車を降りた。
レイキュア家の屋敷、それはボニータ家の屋敷と比べれば確かに小さいものではあったがそれでも大きい類いに入るであろう屋敷だった。
ライナスは歩き出して、入口の門の両脇にいる兵士に声をかけた。
「今帰った」
『ハッ!!』
二人の兵士はライナスの言葉に、背筋を伸ばし大きな声で返した。
俺は少しその兵士二人を意識しながら門を通ったが、どちらも動く気配はない。
どうやら、後ろから襲われるという事はなさそうだ。
俺はふと、隣を歩くアルマを見た。
「・・・」
アルマは他の人に見られないように、首にかけた後隠していた指輪を取り出して両手で握りしめていた。
俺だってこれからどうなるか分からなくて不安なんだ。
アルマも多分同じ気持ちなのだろう。
アルマは握り終わると、その指輪を また見られないように洋服の胸元のあたりにしまった。
あの指輪はあいつにとって大切なものだからな。
何かの拍子に盗まれたりするのを防止するためだろう。
屋敷の入口までたどり着くと、扉の両端にいたメイド達がこちらに頭を下げた。
『おかえりなさいませ、ご主人様』
そして、扉を開ける。
中に入ると、中はそこそこシンプルな感じだった。
まぁ広さはあるんだけど、何というか貴族の屋敷っていうよりは俺たちと同じような価値観の人が家を広くした感じっていうのかな。
何も言わず歩いていくライナスの後を俺とアルマは黙って付いていく。
一階の左手側を歩いていると、目の前から40代後半くらいの油ギッシュなおっさんが立っていた。
その男はライナスの姿を見ると頭を下げた。
「ライナス様おかえりなさいませ。
今日は随分とお早いお帰りですね」
男の言葉に、ライナスは素っ気なく返す。
「あぁ、悪いが来客用の部屋を使わせてもらうぞ」
「ハイ、それは構いませんが何か御用が?」
「・・・野暮用だ」
ライナスはそう言うと、また歩き出した。
俺とアルマは相変わらずその後を付いていくのだが、先程の油ギッシュなおっさんが俺とアルマを凝視する。
少し気になったが、あえて気にしないようにした。
少し歩くと、ライナスは一つの扉の前で立ち止まった。
そして、その扉を開けて中へ入る。
中は少し広めで、真ん中にテーブルがありその周りに椅子が何個か置いてあった。
多分、ここが先程言っていた来客用の部屋なのだろう。
俺は後ろの扉を閉めて、置かれている椅子へと歩いた。
三人とも、椅子に腰を降ろした。
ライナスが扉側から見て奥側、俺とアルマが手前側だ。
ライナスは椅子の背もたれに寄りかかると、フゥーと息を吐いた。
「・・・どこから、話せばいいのだろうか」
ライナスがそう言った時だった。
突然アルマが椅子から立ちあがり、テーブルの上に乗ってライナスの胸ぐらを掴んだ。
まるで、オリビアの話を聞いた時の再現のように。
「お前が知ってる事を全部言え!」
「アルマ落ち着け!」
俺は慌ててアルマをライナスから引き剥がそうとした。
これでは、ゆっくり話を聞くもクソもない。
いや、アルマだって最初は大人しく聞く気はあったのだろう。
しかし、先程のライナスの態度が自分達に余裕を見せたと感じた。
多分、だからこそガマン出来なくなってしまった。
「言え!何で母さんを殺した!
何も悪くない母さんを!何でだ!」
アルマの怒声が聞こえる度に、ライナスを締め付ける強さが強くなっている気がする。
「ぐっ・・・」
ライナスも通常ならアルマみたいな子どもに力で負ける事はないだろう。
しかし、あまりに唐突なアルマの変貌ぶりに驚いてうまく力を入れることが出来てない。
「ど、こで・・・」
ライナスはそう言いながら、アルマの胸の真ん中あたりに右手を伸ばした。
アルマもそれに気づいたのだろう。
先程よりも一層大きな声で怒鳴った。
「触るな!!」
アルマはそう言うと、ライナスを椅子へ突き飛ばし先程ライナスが触ろうとしていたあたりに手を置いた。
いや、正確に言えばそこにあるものを握ったのだ。
先程の衝撃のせいだろう、服の中に入れておいた指輪が外に出ていたのだ。
「ゲホッゲホッ、ハー、ハー。
教えてくれ、その指輪をどこで手に入れたんだ」
ライナスが必死にそう言うと、アルマは鬼のような形相でライナスを睨んだ。
「うるせぇ!
それよりこっちの質問に答えろ!」
「頼む・・・教えてくれ」
教えてくれと頼むライナスに、それよりこっちの質問に答えろというアルマ。
このままではらちが明かない。
「この指輪はアルマの母親の形見です」
「おまっ!ガルファット!」
俺に向かって叫ぶアルマの方を見た。
「落ち着け、俺たちが知りたいのは真実だ。
それが聞けるなら、多少相手にも情報はやらなきゃダメだ」
俺はライナスを見た。
ライナスは、驚いた顔をしたまま固まっていた。
「・・・その女性の名は、もしかしてサイラ・リオルガか?」
俺は確認のために、アルマのほうを見た。
アルマは、ゆっくりと口を開いた。
「・・・あぁ、たしかに母さんの名前はサイラ・リオルガだが何でこいつが」
アルマがそこまで言うと、ライナスは膝から崩れ落ち両手を床についた。
「そんな・・・なぜ彼女が。
いや、それよりも私が、サイラを殺した?」
「ライナスさん、サイラさんという方をご存知何ですか?」
俺が尋ねると、ライナスは絞り出すような声で言った。
「サイラは、私が生涯で唯一愛した女性だ」
「二人とも、少しは落ち着きましたか?」
俺は、椅子に座り直して少し時間を置きライナスとアルマの二人に尋ねる。
二人からの返事はないが、これは落ち着いたという返しだと思っておこう。
俺もライナスに訊きたい事は色々あるが、まずは重要な事から訊く事にした。
「ライナスさん、とりあえず先程の言葉の意味を教えていただけますか?」
俺が尋ねると、ライナスも俺が何にたいしてそう言ったのか分かったのだろう。
コクりと頷いた。
「サイラは、私がレイキュア家の当主となる前からこの家にメイドとして仕えていた。
いつも明るくしっかり者で、よく私が失敗をすると注意されたよ。
ただ、根は優しく要領の良い女性だった」
そして、昔を懐かしむように少し笑った。
「何がきっかけか具体的な事は覚えていないが、いつの日からか私はサイラの姿を目で追うようになっていた。
そして、私の頭がサイラの事で一杯になった頃私はサイラに自分の気持ちを伝えた。
彼女も最初は軽く流していたのだが、私が何回目か分からない告白をした日渋々了承してくれた。
彼女からしたら迷惑だったかもしれないが、私は彼女と一緒に笑っている時が一番楽しかった。
そんな楽しい日々を過ごしながら季節が何周かした時、私はサイラにその指輪を渡してお互いに結婚するという約束を交わしたんだ」
ライナスはそう言うと、少し悲しそうな顔をした。
「しかし、メイドと貴族の当主の結婚というのはやはり周りが賛成してくれなくてな。
結局、私とサイラは結婚の約束はできても結婚自体は出来なかった。
サイラもやはりそれが嫌だったのだろう。
何も言わず、私の前から姿を消した」
ライナスはそこまで話すと、下を見たままの状態になった。
「・・・分かりませんね」
俺がそう言うと、ライナスは俺の顔を見た。
「何で、そこまで愛していた人を殺したんですか?」
俺の言葉に、ライナスは理解できないという顔をした。
「君たちは、さっきから何を言っているんだ?
私は、サイラを殺してなどいない」
その言葉に、アルマは立ちあがり叫んだ。
「じゃあ、何で私と母さんの住んでいる家を燃やすように依頼したんだよ!」
「私はそんな依頼などしていない!
私が依頼したのは、ウィルズ兄弟の家を燃やしてほしいという依頼だ!」
ライナスの言葉に、俺とアルマは固まった。
「ウィルズ兄弟って、あの貴族専門の泥棒のですか?」
俺が尋ねると、ライナスは頷いて返した。
「あぁ、あの火事の数日前この屋敷から財産の一部が盗まれたのだ。
しかし、その盗み出した者の姿を誰も見ていなかった。
だから私はウィルズ兄弟の犯行だと推測して、部下であるモンドイの助言を受けてウィルズ兄弟の住んでいる所を燃やすように依頼したんだ」
なんだ、何がなんだか分からないぞ。
俺たちはライナスがアルマの家を燃やす依頼をしたと考えてここに来た。
しかし、実際は違くてライナスはウィルズ兄弟の家を燃やすように依頼していた。
・・・どういうことだ。
ライナスが嘘をついているのか?
いや、そんな嘘を考える時間はなかったはずだ。
なら、何でも屋のジェイクが仕事の失敗を隠したのか?
実際、アルマの住んでいた建物とウィルズ兄弟の住んでいた建物は隣同士だ。
間違えてもおかしくない。
・・・でも、なんだ?
何かが引っ掛かる、俺はなにかを忘れている?
(ジェイクは直接ライナスから依頼を受けた訳ではないけど、依頼をしてきた男は自分の主はライナス・レイキュアだと言っていたらしいわ)
前のオリビアとの会話でのオリビアの言葉が俺の脳裏に浮かび上がる。
それと同時に、これまでの今回の会話の内容を思い出す。
そしてある一つの仮説が導き出された時、俺は今までに感じたことのない寒気を覚えた。
「・・・アルマ、訊きたいことがある」
俺はその仮説が正しいか確かめるために、アルマに話しかけた。
「なんだ?」
「ウィルズ兄弟って、頻繁に盗みをするか?」
俺の質問に、アルマは少し考えた。
「・・・いや、あいつらは一度盗みをしたら最低でも一ヶ月は盗みをしないはずだ。
あまり頻繁にやると、リスクが増えるからな。
だけど、それがどうしたんだ?」
俺はアルマの質問に答えず、ライナスのほうを見た。
「ライナスさん、あなたは確かジェイクに依頼をする時部下を使ったんですよね。
あなた自身は、ジェイクと面識はありますか?」
俺の質問に、ライナスは首を横に振った。
「いや、そういう輩の人間と直接会うのは良い噂にならないから私自身は会っていない」
「じゃあ、もう一つ尋ねます。
あなたは自分の財産が無くなっているのを最初に知ったのは誰かに教えてもらったんですか?」
「あ、あぁ、朝起きたら部下の一人が盗まれている事に気付いたらしくてな。
私もしっかりと確認したが、確かに無くなっていた」
「・・・じゃあ、最後の質問です」
俺にとって、これが最も重要な質問だった。
「それを教えてくれた部下と、ジェイクに依頼をしにいったの部下はそのモンドイという人ですか?」
俺の質問にライナスは頷いた。
「確かにそうだが、なぜそれが分かったんだ?」
俺の頭の中で、仮説が確信へと変わった。
俺は急いで立ち上がって、ライナスとアルマの二人に言った。
「二人とも、一刻も早くこの屋敷から出ましょう。
僕の予想が正しければ、僕たちはこのあと殺されます」
俺の言葉に、アルマが驚いた顔をした。
「は!?どういうことだよ!?」
「今は説明している余裕がない!」
俺がそう言って、入ってきた扉へ向かおうとした時だった。
扉が勢いよく開け放たれた。
「あなた達をこの屋敷から出すわけにはいきまさんね」
扉の先にいた人物が俺たちに向かって言う。
その人物は、廊下で会った油ギッシュなおっさんだった。
そして後ろには鎧を来た大量の兵士がいる。
「モンドイ!これは何の真似だ!」
ライナスの言葉に、モンドイは笑いながら答えた。
「何のため?決まっているでしょう。
・・・お前達を殺すためだ」




