第68話 年上組と年下組
「んー、んぅぅ」
俺は目が覚めて、ベッドから上半身を起こした。
頭がボーッとしていて、状況がイマイチ理解できていない。
俺は上を見上げた。
よく知っている宿の天井だ。
寝息が聞こえて横を見ると、いつもどおりアルマが寝ていた。
・・・そうだ、思い出した。
魔法学校の入学が決まったお祝いだって言って、皆で騒いでいて・・・疲れて寝ちまってたみたいだ。
ギラールが宿の一階を貸切状態にしてくれて、シガラを含めた俺達5人とギラール、あとは宿の従業員の人たちと一緒にパーティをした。
最初にギラールに合格の報告しに行った時は、涙流して喜んでいたなぁ。
ファネッタとロミアの料理勝負の事といい今回の事いい、結構情に厚い人なんだよな。
従業員の人達も宿の大きさが大きさだからなかなかの人数がいたけど、皆ロミアとシガラの合格を喜んでいたっけ。
やっぱり、そういうのを祝ってくれる人がいるのって純粋に嬉しいよな。
「んっ・・・」
声が聞こえ、俺は隣のベッドを見た。
すると、ぐっすりと眠っているロミアの奥にゆっくりと起き上がる人物がいた。
その人は伸びをすると、辺りをキョロキョロと見て俺と目が合った。
「ガルファット君・・・」
クレアは俺の名前を呼ぶと、ベッドを降りてこちらに近づいてきた。
「ガルファット君も起きちゃったの?」
「はい、いつもは朝までぐっすり寝てるんですけどね。
今日は皆と騒いだから、テンションが高まったままなのかもしれません」
「そっか、皆楽しそうだったもんね」
クレアは笑顔でそう言うと、窓際に行き椅子に腰かけた。
「そういえば、僕途中から記憶が無いんだけどガルファット君何か知ってる?」
「えっ・・・」
本当の事を言ってしまえば、俺はクレアの記憶が抜けているであろう部分も、その原因も知っている。
だけど、本人に言うべきなのだろうか。
「ガルファット君?」
俺からの返答が無いからか、クレアが首を傾げる。
いや、今のうちに言っておいたほうが良いか。
後々になってクレアが知った時に、何で教えてくれなかったんだって言われても嫌だし。
俺はベッドから降りて、クレアの向かいの椅子に座った。
「とりあえず確認ですけど、クレアの記憶が無い所は多分一杯目を飲み終わったあたりからですよね?」
俺の質問に、クレアは頷いて返した。
「そうだね、一杯目を飲んでいる途中の記憶は何となく覚えてるし」
そう、今日のパーティでクレアは酒を飲んだのだ。
お祝いで、成人もしているということで。
だが、人間その時になってみなければ分からないこともあるもので。
「それでは、とりあえず何があったかを話しますね。
まず、クレアは二杯目のお酒を飲み始めたあたりからベロンベロンに酔っぱらってました。
それはもうベロンベロンに」
「え・・」
俺の言葉にクレアが凍りつく。
「そんなに酔っぱらってたの?」
「はい、明らかに無意識なんだろうなぁっていうのが見て分かるくらいに」
「僕、他の人に迷惑な事とかしてなかった?」
クレアが不安そうに恐る恐る尋ねてきた。
「大丈夫ですよ、他の人に迷惑はかけていませんでした」
「そっか、良かったぁ」
クレアが安心したように息を吐いた。
「ただ、僕は色々されましたけど・・・」
俺の言葉に、さっきまで安心した顔をしていたクレアの表情が一気に変わった。
「な、何をしたの?」
「とりあえず、順番に言っていきますね」
俺はクレアにされた事を説明した。
「簡単に言うと、顔を胸に押し付けられて、口にキスをされて、寝るまで膝に座らされて拘束されました」
「・・・それって、皆の前で?」
「そうですね、あのパーティに参加していた人は全員見ていたと思います」
俺の言葉を聞いた瞬間、クレアは顔と耳を真っ赤にしてテーブルに突っ伏した。
「まぁまぁそんな顔しないでください。
僕なんかとの色んな行為を見られたのは嫌かもしれませんが、次からお酒飲むときは気を付ければいいんですから」
俺はクレアの肩に手を置いて言った。
「ガルファット君から慰めという名の追い打ちが来た」
「何故!?」
何か知らないけど、俺の慰めは追い打ちだったらしい。
それって実質慰められないじゃん。
「むぅーー」
ふと、クレアが俺の顔を頬を膨らませながら赤い顔で見つめてきた。
どうしたんだろう?
俺の慰めという名の追い打ちで不機嫌になってしまったのだろうか?
俺がクレアの不機嫌の原因を考えている時だった。
クレアが突然俺に抱きついてきた。
「ど、どうしたんですか急に」
「多分、ガルファット君は気付いてくれないと思うから僕の気持ちを言うね」
クレアが消え入りそうな声で言う。
「僕は、本気だよ」
そう俺には聞こえた。
本気?・・・本気?
え?なに?俺この状態から首でも折られるの?
それとも、ブレーンバスターとか投げ技とかやられるの?
本気の力を出して、俺の命を取るってこと?
「えっと、僕はどうなるのでしょうか?」
俺が尋ねると、クレアはゆっくりと俺から離れて先程とは違い笑顔で言った。
「ガルファット君はそのまま変わらないでいてくれればそれでいいよ」
そう言うと、クレアは俺に「おやすみ」と言ってロミアの寝ているベッドに入りすぐ寝てしまった。
どうやら、俺の首を取る事はしないらしい。
いったい何だったのだろう?
・・・まぁ、考えても分からないし寝るか。
俺はアルマの寝ているベッドへ行き、眠りについた。
「ん、うぅー」
いつもどおりの朝がやってきた。
いや、こんなに穏やかな朝を迎えれるなんて1ヶ月前の俺じゃ想像すらしていなかっただろうな。
「ん?」
俺は上半身を起し隣で動く人物を見た。
珍しいな、ガルファットがまだ寝てるのは。
こいつはほとんど俺たちより早めに起きている。
前に訊いたら体が覚えてるって言ってたな。
こいつ、家でどんな教育受けてきたんだ。
「ふぁぁーー」
隣のベッドであくびと同時に伸びをしている奴が視界に入った。
「あっ、アルマおはよー」
ロミアは眠そうに目を擦りながら俺に挨拶してきた。
「あぁ、おはよ」
俺はロミアに挨拶を返して窓際の椅子に座った。
「珍しいな、俺とロミアが二人で起きてるのも」
「そうだね、いつもだったらガルとクレアも起きてるもんね」
そう言うと、ロミアはこちらに来て俺の向かいの椅子に座った。
「そういえば、クレアは昨日すごい酔い方してたな」
人は見かけによらないと聞いた事はあったが、酒が入ってあんなに変わる奴もいるんだな。
「最後までガルを離さなかったもんね」
ロミアはそう言って寝ているクレアを羨ましそうに見た。
そうか、今思い出したけどロミアは昨日のパーティの時にガルファットにあまりくっついていなかったな。
いつもは自分から腕に抱きつきに行くけど、昨日は宿の従業員の人達もいたから自重したのだろう。
そんな中、酒で酔っていたとはいえクレアはガルファットに色々してたからな。
ロミアにしてはよく自制したほうだと思う。
「なぁ、ロミア」
別に朝だから眠気で思考停止していた訳ではない、もちろん血迷っていた訳でもない。
だけど俺は、普段なら訊かない事をロミアに尋ねていた。
「クレアは、ガルファットのどこを好きになったんだろうな」
ロミアは俺の言葉に反応してこちらを見たが、すぐにクレアを見つめた。
お互いに沈黙が漂う。
俺はその重い沈黙に耐えきれずに口を開いた。
「悪い、今の話しやっぱり忘れ・・・」
「私も詳しいことは知らない」
俺の言葉をロミアは遮った。
「だけど、クレアがガルの事を好きになったのがいつぐらいからかは何となく分かるよ」
「そう、なのか?」
俺が尋ねると、ロミアはこちらを見ずに頷いた。
「クレアが家庭教師としてガルの家に来た最初の頃は、クレアは何ていうか背伸びをしてたんだよね」
「背伸び?」
「うん。
ガルの師匠になるからお手本にならなきゃとか、恥ずかしい所は見せられないとか、多分心が焦っていたんだと思う」
その気持ちは分かる。
誰だって、自分より下の奴に恥ずかしい所は見せたくない。
人は皆、大なり小なり見栄や虚勢を張るからな。
「だけど、何があったかは分からないけどある日突然クレアのガルに対する接し方が変わったんだ」
「どう変わったんだ?」
「それまでは修行とか授業じゃない時でもちゃんとしなきゃって感じだったんだけど、その日から授業ではしっかり、日常生活は本来のクレアでガルに対しても他の人に対しても接するようになったんだ」
「つまり、背伸びをやめたって事か?」
「うん。
その頃からだと思うんだ、クレアがガルに対して好きだよってアピールし始めたのは」
「そうか・・・」
クレアがガルファットを好きなのは俺も感じ取ってはいた。
ガルファットだって、クレアの事は好きなはずだ。
あいつはクレアの事を自慢の師匠だと、俺の憧れであり目標だと言っていた。
だけど、ガルファットのクレアに向けている好きはそういう憧れや友人としての好きだ。
そこに、恋愛感情は含まれていない。
しかし、クレアは違う。
たしかにクレアもガルファットの事を自慢の弟子だと言っていたし、誇らしげにしていた。
だけど、クレアがガルファットに送る眼差しには時々そういう師弟としての物ではない物が含まれている。
それは、いうなら女が男に向ける恋愛としてのものだ。
一緒にいて日の浅い俺が分かるんだ、もっと長くいるロミアならとっくに気付いているだろう。
その事に気付いていない当人のガルファットには溜め息が出る。
「お前は、どこを好きになったんだ?」
唐突すぎた。
しかし、俺の体は脳が処理する前に口を動かしていた。
クレアの事をここまで冷静に観察していたロミアだ、よほど自分に自信があるのだと思っていた。
そんなロミアがガルファットを好きになった理由を知りたいという好奇心が、俺の口を動かしたのだ。
俺が尋ねると、ロミアは体の向きを変えて寝ているガルファットをじっと見つめた。
「私がガルを好きになったのは、ガルと初めて会った日かな」
「初めて会った日、か」
なるほどな、一目惚れってやつか。
それなら、ここまであいつの事を好きなのも分かる。
「だけど」
俺が納得した時、ロミアは少し嬉しそうに笑って言った。
「私が本当の意味でガルを好きになったのは、ガルの誕生日の時だと思う」
「本当の、意味?」
俺が尋ねると、ロミアは笑顔で頷いた。
「ガルの5歳の誕生日の時、内緒でガルに食べてもらう料理を作ったんだ。
フィーネさんやママやガルのママに教えてもらって、いっぱい練習して、パパやガルのパパに食べてもらっておかしなところがあったら作り直して。
そうやって、最終的においしい料理を作れるようになったんだけど皆においしいって言われてもどうしても不安だったんだ。
自分でも美味しく出来たって思った時も、でもガルにとって美味しくなかったらどうしようって心配になってたの」
ロミアは当時の事を思い出しているのか、その表情は少し暗くなっていた。
「それで誕生日当日もガルにバレないか、美味しくなかったらどうしようって不安になりながらも何とか料理を作って、ガルの目の前に料理が運ばれた時は胸がドキドキして痛いくらいだった。
そして、ついにガルが私の料理を食べた瞬間」
俺は、何も言わずにロミアの話を聞いていた。
聞いているこちらでさえ、少し緊張する。
「ガル、嬉しそうに笑ったの」
そう言ったロミアの顔が笑顔になった。
「美味しそうに私の作った料理を全部食べてくれて、食べ終わった後に”ありがとう、美味しかったよ”って私の顔を見て笑顔で言ってくれたの。
その時、私の心に嬉しいとか、良かったとか、色々な気持ちが溢れてきたんだけどその中にとっても温かい物があったんだ。
今になって思い出してみると、多分それが私がガルのお嫁さんになりたいって気持ちだったんだと思う」
嬉しそうに言うロミアを見ながら、俺は驚いていた。
ロミアは俺が知っている限り、弱音を吐くところを見せたことがなかった。
魔法学校の入学試験の日でさえ、ガルファットやシガラが緊張している中ロミアだけはいつもどおりだった。
そんなロミアが抱えていた不安をガルファットは見事に安心に変えた。
好きになるのは当然だろう。
「でも、やっぱりフィーネさんには勝てないかな。
ガルの頭のどこかには、いつもフィーネさんがいるし」
「フィーネって、お前たちの会話で時々出てくる人だよな。
どんな人なんだ?」
「フィーネさんは、ガルのお家のメイドさんで私とガルより10歳年上のお姉さんみたいな人なんだ。
料理とか掃除とか家事は完璧にできるし、色々な事知ってる物知りさんでとっても綺麗で」
ロミアの目が少し悲しそうに笑った。
「そして、私たちの何倍もガルの事を好きな人、かな」
つまり、ライバルって事か。
「でも、そのフィーネって人お前の話だと今17歳くらいだろ?
いくらなんでもガルファットが大人になる前に他の奴と結婚するんじゃないのか?」
俺が尋ねると、ロミアは首を横に振った。
「多分フィーネさんはガルが誰かと結婚するまでガルの事好きだと思う」
「だけど、実際の話それで確実にガルファットとフィーネって人が結ばれるなんて保証はないだろ?
だったら・・・」
「それでも、フィーネさんはきっとガルが自分の気持ちに気付くのを待ち続けるよ。
そして、仮にガルが自分以外の人と結ばれてもそれを喜んであげると思う。
それぐらい、フィーネさんは強い人だから」
「・・・」
俺はロミアにかける言葉が見つからなかった。
そして、何故かは分からないが俺の胸は苦しいという痛みを訴えていた。
「私はフィーネさんみたいな強い心は持っていないし、クレアみたいにかっこよくもない。
そして、アルマみたいにガルを安心させてあげられる事もできない。
私がガルにくっついてるのは、皆みたいな魅力がないから誰かに取られてしまうんじゃないかって不安なんだよ」
ロミアはそう言って、苦笑いしながら俺を見た。
しかし、俺はロミアの言葉に疑問を持った部分があった。
「ちょっと待てよ、フィーネとクレアのは分かるけど俺は別にガルファットを安心させるような事をした覚えはないぞ」
俺の言葉に、ロミアは首を横に振った。
「アルマは気付いていないかもしれないけど、ガルって私といる時は自分がしっかりしなきゃって思ってるけど、アルマといる時はアルマがしっかりしてるから安心して甘えてるんだよ」
「甘えるって、ガルファットは俺といる時冗談とかバカな事ばっかり言ってるぞ?」
「それだよ。
だって、普段のガルはあんなに冗談とか言わないもん。
でも、アルマが一緒の時は楽しそうに冗談とか言ってるんだよ。
それって、甘えたり頼ってるって事でしょ?」
ロミアに言われて納得するところはたしかにある。
ガルファットは俺といる時にやたらとバカな事や冗談を言ってきていた。
元々そういう奴だと思っていたが、言われてみればたしかにロミアやクレアに対してはそこまで頻繁に言っていなかった気がする。
「そういうのって、羨ましいなぁって思うんだ」
羨ましい、か。
そういえば、あいつが冗談とか言ってるときは俺も何だかんだ言って楽しかったっけ。
それにしても、俺の中でのロミアの印象がかなり変わったな。
主に良い意味で、だが。
ロミアがまた少し暗い顔をする。
また俺とロミアの間には沈黙が漂う。
・・・やっぱり、こういう空気は嫌いだ。
「ロミア、風呂入りに行くぞ」
俺はそう言って立ちあがり、ロミアの手を引いた。
「急にどうしたの?」
「今のお前の顔見たら、ガルファットやクレアが何があったか絶対訊いてくるだろ。
愚痴とか弱音は俺が聞いてやるから、お前はいつもどおり笑ってろ」
俺の言葉に、ロミアは嬉しそうに笑った。
「アルマ、ありがとう」
「別に・・・俺はただ、暗いのが嫌いなだけだ」
俺はロミアの手を引いて、部屋を出た。




