第63話 決着と高レベル
俺たちが食事をした部屋の前に行くと、イルカが立っていた。
「皆様、ちょうど良い所に」
「ん?何かあったんですか?」
「先程料理の準備が整いましたので、お探ししようと思っていた所なんですよ」
なるほど、それでか。
「では、どうぞ中へお入りください」
部屋の中に入ると、オリビアとギラールが椅子に座り話していた。
「あら、ガルファット。
さっきイルカから聞いたわよ。
ここに来るときに水を被ったらしいわね」
俺が近くに行くと、オリビアが笑いながら言ってきた。
「前を見て歩かなきゃいけないと痛感しましたよ」
俺は苦笑いしながらオリビアに言った。
「まぁ、あなたの父親はよくメイドに何かされても自分がやったって庇っていたわね。
・・・あなたはどちらかしら」
含みの言い方をするオリビアに、俺はギラールの隣の椅子に座りながら言った。
「僕はそこまで寛大な心は持ち合わせていませんよ」
「あら、残念ね」
オリビアはこちらに微笑みながら言ってきた。
多分勘づいてるな、この人。
「ギラールさん、お久しぶりで・・・はないですね。
毎日受付で会ってますもんね」
俺の言葉にギラールは笑ってこちらを見た。
「今日の朝も会っているからね。
それにしてもまさか君がオリビアの甥だったとは、驚いたよ」
「僕も昨日初めて知ったんですけどね」
そんな事を話していると、部屋の入口の扉が開かれた。
「どうやら、来たみたいね」
オリビアの言葉を聞いて、俺は扉の方を見た。
すると、前に食事をした時同様数人のメイドがクロッシュを乗せたワゴンを押して入ってきた。
そして、座っている俺たちの前に二つのクロッシュと皿を置く。
なるほど、この片方がロミアの作ったものでもう片方がファネッタの作ったものって事か。
脇にスプーンが用意される。
「では、これから皆様には二種類の料理を食べていただきます。
そして、二種類とも食べ終わった後にどちらの料理が美味しかったか挙手をしていただきたいと思います。
それでは、まず左の料理からどうぞ」
イルカの号令で、目の前の左側のクロッシュが上げられる。
「これは・・・」
そこに用意されていたのは、綺麗な赤色をしたスープだった。
これって・・・そうか、何かに似ていると思ったらミネストローネだ。
赤いスープに、小さい立方体の形をした数種類の野菜が浮いている。
まさしく、ミネストローネにそっくりだった。
だが、このスープからはとてもスパイシーな香りがする。
それがまた、食欲を掻き立ててくる。
周りを見ると、皆はもうスプーンを手にして食べ始めている。
俺も同じようにスープをすくい、口に含んだ。
「・・・旨い」
自然に口から出た第一声がそれだった。
程よい辛味が俺の味覚を刺激して、手を進ませる。
辛すぎるわけでもなく、だが決してスパイスを感じない訳でもない。
その絶妙な刺激が癖になる。
使われている野菜も、しっかりとスープが染みこんでいてそれぞれの野菜の食感を楽しみながら食べれる。
程よい辛味のおかげで、体がほんのりと熱を持つ。
その感覚が、とても気持ち良かった。
俺はあっという間にスープを完食していた。
スープを食べ終わった事に気付いたときには、もう終わってしまったのかという残念な気持ちに襲われたくらいだ。
周りを見てみると、皆も俺とほぼ同時に完食したらしく満足そうな顔をしている。
やっぱり皆もこのスープは旨かったか。
それにしても、これだけ美味しいスープが最初となると次のスープはよほどインパクトがないと厳しいな。
これは、食べる順番が間違っていないか不安だな。
「それでは、皆様食べ終わりましたので次の料理に参りましょう」
イルカがそう言うと、空になった皿が片付けられてもう1つのクロッシュが上げられた。
「・・・」
沈黙の空気が流れる。
いや、皆の気持ちはよくわかる。
先程、あれだけ見た目にも味にもインパクトがあり美味しい料理が出たのだこの料理にもよほど期待していたのだろう。
だが、実際に俺たちの前にあるのは
なんの変哲もない、普通のスープだった。
色はコンソメスープに近い、黄色と茶色を混ぜたような色。
そして、具材らしきものは何一つない。
液体、つまりスープだけで固形の物が見当たらない。
本当に、THE・普通なのだ。
俺はスプーンを手に取った。
正直、先程のスープのほうがインパクトがあり印象的だった。
これだと、よほど味が良くなければ勝つことは難しいと思う。
俺はそう考えながら、スープをすくって口に含んだ。
「!?」
瞬間、俺の脳に衝撃という名の電気が走る。
スープを口に含んだ瞬間、本能が求めるかのように体に吸収されるのを感じた。
そして、まるでその代わりと言わんばかりに体の中の不要な物を出すかのように俺の目からは涙が流れていた。
それはあまりの旨さによる衝撃だったかもしれない、もしかしたら他の要因があるのかもしれない。
でも俺には、先程の理由が1番納得できた。
「旨い」
いや、もはや旨いという言葉で表現してもいいのか分からない。
ただ、それでも俺の手は口にスープを運ぶ事を止めない。
先程のスープとは明らかに違う。
このスープは、俺の肉体が、精神が欲している。
「・・・ふぅ」
スープを完食し、俺は一息ついた。
あっという間だった。
ひと口食べてから食べ終わるまで、一心不乱に食べていた。
なのに何故だろうか、この満足感と清々しい感覚は。
「皆様食べ終わりましたね。
それでは、最初の料理が美味しかったと思われた方は挙手をお願いします」
イルカの声に、誰も反応するものはいない。
「それでは、最後の料理が美味しかったと思われた方は挙手をお願いします」
その声に、全員の手が上がった。
「満場一致ね」
オリビアがその光景を見て、笑いながら言った。
「それでは、対戦者の二人を連れて参りますのでしばらくお待ちください」
イルカはそう言ってお辞儀をすると部屋を出た。
「それにしても、どちらもレベルが高かったわね」
オリビアの言葉に俺は頷いた。
「そうですね。
これじゃあどちらにしろ、どっちを誰が作ったかは分かりませんね」
「ファネッタとロミアちゃん、どっちが勝っていてもおかしくない戦いだね。
何かドキドキしてきた」
俺の隣で、シガラが緊張気味に言っている。
確かにシガラの言う通りだ。
何だろう、シガラのが移ったのか俺まで緊張してきた。
「二人をお連れしました」
入口の方から声がしたのでそちらを見ると、イルカがこちらにお辞儀をしていて後ろにはロミアとファネッタの姿があった。
二人は前を歩くイルカについていき、オリビアの横へ行った。
すると、イルカが少し大きめの声で言った。
「それでは、結果を発表いたします。
今回の料理勝負・・・」
緊張の瞬間だ。
勝ったのははたしてロミアなのか、ファネッタなのか。
勝者の名前がイルカの口から伝えられる。
「勝者は・・・ロミア様!」
「・・・え?」
少しの間、部屋の中に沈黙が流れていた。
そして、1番その結果に驚いているであろう人物が口を開いた。
「私の、勝ち?」
その言葉を合図に、驚いた表情で固まっていたファネッタがその場に両膝をついた。
「ロミア」
俺が名前を呼ぶと、ロミアはこちらを向いた。
そんなロミアに、俺は微笑みながら頷いた。
「私が、負けた・・・?」
ファネッタは、未だに負けたことが信じられていないようだ。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
「その通りよ」
ファネッタの言葉に答えるように言ったのはオリビアだった。
「あなたはロミアちゃんに負けた。
それは紛れもない事実よ」
それはひどい追い打ちの言葉だと思う人もいるかもしれないが、結果の出てしまった事実だ。
「・・・はい」
ファネッタは立ち上り、落ち込んでいるからなのか体の周りから負のオーラが見えるような感じでオリビアの前へ行った。
すると、俯いたままのファネッタの頭をオリビアは優しく撫でた。
「あなたにこんな事言っても無駄かもしれないけど、上には上が絶対いるものなのよ。
あなたなりに頑張れば、もっと成長できるから頑張りなさい」
「・・・はい」
ファネッタは、堪えながらも涙を流していた。
まぁ、ファネッタからすればショックはデカイだろうからな、色々と。
「まぁ、あなたと同じくらいに悔しがっている人がそこにいるけどね」
そう言って、オリビアがこちらを見てきた。
その視線の先にいたのは、ギラールだった。
ギラールはオリビア達のほうを見ずに、目を閉じて静かに聞いていた。
「あなたがここに来てから約3年間、あなたにバレないようにうちにちょくちょく様子を見に来ていたのよ。
あの素直じゃない人は」
オリビアの言葉に、ファネッタは驚きながらギラールを見た。
「・・・悪いが、生憎と歳をとってからは記憶力が悪くなってしまって。
覚えていませんな」
ギラールは相変わらずオリビア達の方を見ずに、静かにそう言った。
「まったく、素直じゃないんだから」
オリビアはそんなギラールを見て、少し笑いながら呆れたように溜め息をついた。
「ファネッタ、このあと半日はあなたは休みにしなさい」
「で、ですがまだ昼食の準備が」
「あなたは休みの日でさえ料理していたいからって休まないでしょう。
こういう時くらい休みなさい。
これは主人命令です」
そう言うオリビアに、ファネッタは反論できなかったかのか俯いた。
「はい、承知しました・・・」
ファネッタはそう言ってオリビアにお辞儀をした後ロミアの方を見た。
「ありがとう、ございました」
ファネッタにお礼を言われて、ロミアも慌てて返した。
「あ、ありがとうございました」
ファネッタはロミアの言葉を聞くと、こちらの方に歩いてきた。
そして、ギラールの後ろをファネッタが通り過ぎようとした時だった。
「ファネッタ」
ギラールが、ファネッタの名前を呼んだ。
ファネッタもそれに反応して、その場に立ち止まった。
「済まなかった」
ギラールからのファネッタへの第一声は謝罪だった。
「あの時、私にもっと経営の腕があれば君の料理をメニューに載せる事ができたかもしれなかった。
私の腕不足だった」
相変わらず前を向いたまま話すギラールの言葉に、ファネッタは俯いたままボソッと言った。
「いえ、そんなことはありません」
ファネッタの言葉に、ギラールはゆっくりと目を開けた。
「ギラールさんが、毎晩仕事場に残って遅くまで私のためにお金の工面をしてくれようとしていたのを私は知っていました。
業者の方に自分から頭を下げて、代金の値引きを頼んでいたのも知っていました。
それを知っていたのに、私がワガママを言ってしまっていたんです」
「・・・お互い、未熟だな」
「・・・はい」
「ファネッタ」
ギラールはファネッタの名前を呟くと、少し嬉しそうに言った。
「スープ、美味しかったよ」
ギラールの言葉に、ファネッタは堪えながらも大粒の涙を流した。
そして、走ってその場をあとにした。
俺は笑顔でシガラの顔を見た。
シガラもこちらを見て、嬉しそうに頷いた。
こうして、ロミアとファネッタの料理対決はロミアの勝利により幕を閉じた。
その日のオリビアの屋敷から帰る時、クレアがロミアに嬉しそうに言った。
「ロミアちゃん、あのスープものすごく美味しかったよ」
その言葉を聞いて、ロミアが笑いながら返した。
「ありがとう。
でも、料理対決はなんか勝った感じがしないなぁ」
少し残念そうに言うロミアにアルマが首を傾げて尋ねた。
「何でだ?
全員ロミアの作ったスープのほうが旨いって思ったんだぞ?
圧勝じゃねえか」
「それはそうなんだけど。
なんか、食材に助けられた気がして。
実際に料理の腕は勝ってたかって訊かれると、素直にうんとは言えないんだよね」
「まぁ、めったに手に入らない食材使ってたからな」
ロミアの気持ちが分からなくもない、例えるなら試合に勝って勝負に負けたというやつだろう。
「そんなに納得できないならまた再戦すれば良いじゃねえか。
次は使う食材も同じとかにして」
アルマの提案にクレアが賛同した。
「それも面白そうだね。
実力がハッキリ分かるだろうし」
「そうだね、今度ファネッタさんにお願いしてみようかな」
空を見ながらそう言うロミアの頭を俺は撫でた。
「まぁでも、今日のスープすごく旨かったぞ」
「えへへ、ありがとう」
ロミアが少し照れながらも、嬉しそうに返してきた。
昼を過ぎた午後、俺たちはそんな会話をして笑いながら宿へと帰った。




