第62話 溝と無茶
「皆様時間になったら、こちらにお集まりいただくようにお伝えしております」
そう言うイルカについていってたどり着いたのは、前に食事をした部屋の前だった。
イルカは静かに入り口の扉を開けた。
「あっ、ガル」
部屋の中から、1番初めに俺に声をかけてきたのはシガラだった。
「久しぶりだな、シガラ」
俺は部屋の中に入り、シガラの元へ行った。
「久しぶりだね、元気そうで何よりだよ」
「シガラもな。
ギラールさんは受付で毎日見るけど、シガラは同じ宿の中にいるのになぜか会わないから久しぶりに会った気がするよ」
俺が言うとシガラは笑った。
「僕は厨房にいたり、お客さんの目に入らない場所で作業したりすることが多いからね」
「なるほどな、そういえば魔法の方は順調か?」
俺が尋ねると、シガラは笑顔で頷いた。
「うん、このまま順調にいけば最低限の形にはなると思うよ。
ロミアちゃんにも休憩時間に見てもらってアドバイスとか貰っているし」
「そっか、それなら良かった。
3人で試験合格しようぜ」
「うん!」
俺が右こぶしをつき出すと、シガラも左こぶしをつき出して俺の拳にポンッと合わせた。
「そういえば、皆はどこにいるんだ?」
俺は辺りを見渡した。
この部屋には、メイドと執事がチラホラいるが俺が知っている人物はシガラしかいなかった。
「ギラールさんとオリビアさんは別の部屋で二人で話していて、ロミアちゃんは今この屋敷の厨房で料理の真っ最中だよ」
「もう作り始めてるのか?」
俺が尋ねるとシガラは頷いて返した。
「うん、さっき料理対決のルールがオリビアさんから発表されてね。
二人が作り終わるまでは、皆自由行動になっているって感じだね」
「俺が大変な事になっている間に決まったのか」
「ん?大変なことって何かあったの?」
首を傾げるシガラに、俺は首を横に振って返した。
「いや、こっちの話だ。
それより、対決のルールってどんな内容だったんだ?」
まさか、全裸でメイドさんと会ったなんて口が裂けても言えない。
「ルールは、まず第一に作る料理はスープ一品。
材料や調理器具は自由に使って良い。
そして、最終的には僕、ギラールさん、ガル、オリビアさん、クレアさん、アルマちゃんの計6人で料理を食べ比べてどちらが美味しいか決めるんだって」
「ん?俺たちで決めるのか?
それって、票の操作にならないか?」
例えばだけど、二人がどっちの料理を作ったか分かれば、最低でも俺とクレアとアルマはロミアが作った料理の方に入れることができる。
料理の出来を無視してだ。
まぁ、さすがにそんなことはしないけど。
「それなら心配ないよ。
僕たちが料理を食べるときは、どっちを誰が作ったか分からないようにするって言ってたから。
仮に票が半分ずつに分かれたら、メイドさんか執事の人をランダムに一人選んでその人にも同じようにどっちが美味しいか判定してもらうみたいだよ」
「なんか、ルールが気合い入ってるな」
「多分、それくらいやったほうがファネッタがやる気出すからだと思うよ。
昔からかなり負けず嫌いだし」
「シガラ、ファネッタさんの事知っているのか?」
俺が尋ねると、窓へ近づき外を見ながら言った。
「ファネッタと僕はほぼ同時にオアシスで働き始めたからね。
元同僚っていうのかな、同い年って事もあってよく二人で喋ったりしてたよ」
「へぇ、仲が良かったんだな。
でも、それなら何でファネッタはこの屋敷に来たんだ?」
俺の問いかけに、シガラは少し悲しそうに笑いながら話し出した。
「さっきも言ったようにファネッタは負けず嫌いで、特に料理に対しては人一倍真剣に取り組んでいたんだよ。
その中で自分で色々な新作の料理を作ったりもしていてね。
何品かメニューに載せてほしいってギラールさんに頼んでたんだよ。
でも、実際は上手くはいかなかった」
「何があったんだ?」
「・・・お金の問題だよ」
「金の問題?」
俺が尋ねると、シガラはこちらを見ずに頷いた。
「商売をやるうえで、色々な経費が出てくる。
店の総売上からその色々な経費を抜いたものが、そのお店の純利益になるんだけど、うちはその純利益が少ないんだ」
「でも、オアシスって素人目の俺から見てもかなりお客さん多いぞ?
それでも少ないのか?」
「うちは安くて品質が良いが売りだからね。
料理でもそれは同じで、なるべくコストを抑えて美味しい料理を提供する事を第一に考えているんだ。
でも、ファネッタの考えた料理はどれもコストが高かったんだ。
案の定、ギラールさんはファネッタの料理をメニューに載せられないって言った。
もちろん、ファネッタだってその事が分からない訳じゃなかったと思う。
でも・・・」
「譲る事ができなかったのか・・・」
「料理だけは、誰にも譲れないっていうプライドがあったからね。
いつもその事に関してはギラールさんと言い争いをしていたよ。
ギラールさんだってファネッタがそういう性格だって事は知ってたし、なんとかできないか色々考えていたんだけどね。
結局、解決策が出なかったんだ。
そんなとき、うちにオリビアさんが来たんだ」
シガラは俺の方に体を向けた。
「オリビアさんはファネッタの料理をかなり気に入ってね、自分の所で料理を作らないかって誘ったんだよ。
自分の所に来たら、色々な料理を作らせてあげるという条件付きで。
オリビアさん、食道楽な所があるから」
「なるほど、それでその誘いにファネッタさんはのったのか」
「うん。
僕を含めて引き止めようとした人達が何人もいたんだけどね、ファネッタの料理への思いを考えると強くは引き止められなかったね」
「・・・シガラ的にはどうなんだ?
引き止められなかった事、後悔してるのか?」
「後悔、か。
確かにファネッタと一緒に働けなくなったのは寂しかったけど、それ以上にファネッタが楽しく料理を作れているなら僕は後悔してない、かな」
「・・・そっか」
俺は少し微笑みながらシガラを見た。
シガラ自身はちゃんと割りきれているみたいだな。
「そういえば、アルマとクレアはどこにいるんだ?
さっきから姿が見ないけど」
「たしかクレアさんが会いたい人がいるって言ってて、アルマちゃんもそれに付いていったと思ったよ」
「会いたい人?
・・・もしかして、昨日言っていた人の事か?」
昨日、オリビアにクレアを紹介している時にそんな事言っていたな。
名前はたしか、ヘラクって言っていたな。
「その人かどうかは分からないけどね」
そう言って、シガラが窓から外を見た時だった。
「ん?あれってもしかしてクレアさんかな?」
シガラの言葉に、俺は反応して同じように窓から外を見た。
「どこにいるんだ?」
「ほら、あの庭にいる人」
俺はシガラの指差した方を見た。
それはたしかにクレアの姿だった。
そして、クレアと今まさに戦っている人物がいる。
「もしかして、あれがヘラクか?」
クレアの相手は、クレアの1,5倍は身長が高くガタイが良い男だ。
「シガラ、見に行ってみようぜ
多分、面白いものが見れるから」
「う、うん、分かった」
俺はシガラにそう言って、庭へと急いだ。
「なに、あれ・・・」
庭に行き、クレアとヘラクの戦いを間近に見たシガラの第一声がそれだった。
俺は、二人の戦いを近くで立ち尽くしながら見ているアルマに近づいた。
「アルマ」
俺が声をかけると、アルマはこちらを向いた。
「ガルファットか」
「何でこんな状況になってるんだ?」
俺が尋ねると、アルマはクレアたちの方を見てボソッと呟いた。
「話の内容は覚えていないが、気づいたらこうなってた」
「そ、そうか」
正直何が何だか分からないが、まぁいいか。
「ガルファット、1つ訊いていいか?」
「どうした?」
俺が返すと、アルマはこちらを見ずに俺に尋ねてきた。
「アレって、どっちが強いんだ?」
そう言われ、俺はクレアとヘラクの戦いをしっかりと観察した。
どっちが強いか、ねぇ。
「ヘラクだな、間違いなく」
「何でだ?」
アルマに尋ねられて、俺はクレアとヘラクを見ながら話した。
「よく見ると分かるけど、ヘラクは攻撃をしかけているのに対してクレアは防戦一方だからな」
「でも、それだけで優劣が決まるのか?」
「アルマはクレアが戦っている姿を見たことがほとんどないから知らないだろうけど、クレアは元々カウンター型なんだよ」
「カウンター、型?」
こちらを見て首を傾げるアルマに、俺は頷いて返した。
「相手の攻撃を利用して反撃するカウンターをクレアは使用することが多いんだ。
そのクレアがほとんどガードさせられている。
普段なら攻撃を避けてカウンターのチャンスをうかがっているはずだ。
なのに、今は避けることさえできずにほとんどガードをしている」
「つまり、相手にカウンターをする隙がないってことか」
「そういうことだ」
正直な話、これには俺自身が1番驚いている。
俺からしたらの話だが、クレアは決して弱くない。
むしろ、かなり強い部類の人間だ。
そのクレアが手も足も出てないのだ、その事実だけでヘラクの強さがよくわかる。
クレアとヘラクの戦いは、はたから見れば一方的なイジメにも見えてしまうかもしれない。
2メートル以上の身長を持つヘラクが物凄い速さで打撃を繰り出している。
正直、俺でも時々攻撃が見えないときがある。
あれが元チャンピオン、か。
俺がそんな事を考えていると、クレアとヘラクが距離をとりヘラクのほうがクレアに向かって言った。
「このくらいにしておこう。
でなければ、君の体がもたないだろう」
ヘラクの言葉を聞いて、クレアが両ひざに手をついた。
「ハァ、ハァ、ありがとう、ございました」
クレアがお礼を言うと、ヘラクはどこかへ歩いていった。
俺は息を切らして、肩で息をしているクレアに近づいた。
「クレア、大丈夫ですか?」
俺が近づくと、クレアは汗をダラダラと流しながら俺の顔を見た。
「ガルファット君、見てたの?」
「少し前からですが、見てました」
「・・・そっか」
そう言うと、クレアはまるで糸が切れた人形のように俺に体を預けてきた。
「ハァハァ、ごめんね。
少し、こうさせて」
そう言ったクレアの体を、俺はしっかりと受け止めた。
「お、おいガルファット、クレアの腕・・・」
「腕?」
俺はアルマに指摘されて、クレアの腕を見た。
「・・・なにやってるんですか」
俺はクレアの腕見て、そう呟いた。
クレアの腕は赤く腫れ上がっていて、いつもの二回りは大きくなっていた。
「へへっ、久しぶりに無茶しちゃった」
クレアは静かに俺の耳元でそう呟く。
「とりあえず、腕を治療しますね」
俺はそう言って、クレアをその場に座らせた。
そして、後ろから覆い被せるようにクレアの両腕に自分の手のひらを乗せた。
そして、魔法の準備をした。
注入する属性はもちろん治癒だ。
クレアの反応からして骨に異常がなさそうなのが幸いか。
「癒せ」
俺が魔法名を言うと、クレアの腕が治療されはじめて腕の腫れが徐々にひいていった。
「あの人がヘラクさん、ですか」
「うん・・・やっぱり強い人だったよ。
手も足も出なかった」
「クレアが手も足も出ないんじゃ、僕なんて瞬殺されますね」
俺は笑いながら言った。
治療が終わり、俺はクレアから少し離れた。
クレアの腕はいつもと同じ大きさに戻っていた。
「ありがとう」
クレアは俺に向かってそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「ふぅ、やっぱりまだまだ強くならなきゃ」
自分の腕を見ながら言うクレアに、俺は後ろから釘を刺した。
「だからって、なるべく無茶はやめてくださいよ」
「ん?ガルファット君心配してくれるの?」
意地悪な笑顔で言うクレアに、俺は頷いて返した。
「もちろんです。
クレアの強さは僕が1番知っていますが、それでも今回は相手が悪すぎですよ」
「まぁ、無茶って所じゃお前がクレアにとやかく言えた立場じゃないだろうけどな」
隣でアルマが俺に言ってきた。
「俺は無茶した覚えはないぞ?」
「女探すために街を走り回ってぶっ倒れる奴のどこが無茶してないって?」
そう言うと、アルマは俺の頬をつねって引っ張った。
「イテテテ、分かりました。
私も無茶をしておりました」
アルマが俺の頬を引っ張るのをやめる。
クレアがそれを笑いながら見ている。
「とりあえず、屋敷の中に戻ろうか」
「そうですね、シガラ行こうぜ」
「う、うん」
俺はシガラに声をかけて、一緒に歩き出した。
「クレア」
「ん?どうしたの?アルマちゃん」
「俺も言えた義理じゃないけど、無茶しすぎるなよ。
早死にするぞ」
「フフッ、アルマちゃんも心配してくれるんだ」
「・・・別に、ちょっと言いたくなっただけだ」
「そっか、ありがとう」




