第46話 意味と愚答
俺たちはソロモンの入り口を出て、近くの草原に向かった。
そこは一本の大きな木があり、周りは見晴らしの良い場所になっていた。
「この辺りが良さそうじゃの」
お爺さんがそう言って、木の側で立ち止まった。
そして、振り返って俺とエミリアの方を見た。
「二人とも、場所はここで行う。
準備は良いかの?」
「私はいつでも大丈夫です」
「・・・僕も大丈夫です」
俺とエミリアが答えると、お爺さんは交互に俺達の顔を見た。
「なら、最後にルールの確認をしておこうかの。
時間はエミリアの魔力が尽きるまで、勝敗のつく条件は特にありはしないから各々勝手に決めてもらって構わん。
本当の戦場じゃ卑怯もへったくれもありはしないからの。
武器の使用などもすべてを認める。
何か質問のある者はおるかの?」
お爺さんの問いかけに、俺は腕をあげた。
「何じゃ?」
「・・・本当に、殺して良いんですね?」
俺が尋ねると、お爺さんは重く頷いた。
「・・・構わん、お主のやり方で殺してくれて構わんよ」
その言葉を最後に、俺とエミリアはお互いに距離をとり向かい合った。
最初お祖父様に話しをされた時は、正直またかと思いました。
前にも私の練習相手だという方々を相手にしたことがありました。
どの方も歯ごたえのない方々ばかりでしたけど。
当たり前の事ですね、なんといっても私は魔法学校でトップの成績なのですから。
お祖父様の血を受け継いでいて、幼い頃から魔法を習ってきたのです。
そんな私に一般人の方が相手になるはずなどありませんから。
それからしばらく、お祖父様が私に練習相手を紹介することは無くなりました。
それなのに昨日突然相手を見つけてきたと言って、いざ会ってみたらあんな子どもが相手だと言うではありませんか。
しかも、相手はこの私に握手すらしない常識を知らない無礼者。
何より、この私を殺すなどと言っている。
失礼極まりない野蛮な子どもには、少々お仕置きが必要ですね。
それにしても・・・
「特に合図を出す気はないから、お互い好きな時に仕掛けて構わぬぞ」
お祖父様はああおっしゃられていますが、あのガルファットという子どもは一切仕掛けてくる気配がない。
それどころか、今になって先程のような殺気が嘘のように消えてしまった。
こちらをじっと見たまま、動かない。
もしかして、今になって怖じ気づいたのでしょうか?
それもそのはずですわ、何といっても私は魔法学校の校長の孫娘。
私に何かあれば、自分が無事じゃ済まない事くらいさすがに気付いたのでしょう。
お祖父様があんな事をおっしゃられていたのも、多分私への脅しのようなものでしょう。
それなら、こちらから動いてじっくり料理させていただきましょう。
私はガルファットに右手の手のひらを向けた。
そして、魔力の注入を始めた。
属性は・・・水がよろしいですわね。
フフッ、初めて見る光景に驚いているのでしょう。
まったく動く気配がありませんわ。
それもそのはずです、無詠唱で魔法が使える者は少ないですからね。
私がそう考えた時でした、ガルファットがゆっくり一歩を踏み出した。
一歩、また一歩とこちらに歩いてきている。
自ら的になりに来ましたか、都合が良い。
距離にすればあと30数歩といったところですが、良い威嚇になりそうです。
「・・・水弾!」
私の放った水弾が勢いよく飛んでいく。
しかし、ガルファットはそれを何事もなかったかのように左へかわした。
なるほど、やはりこの距離では当たりませんか。
それにしても、無詠唱で放たれた魔法を動揺の色を見せずにかわすとは。
その度胸だけは認めますわ。
ですが、この私を殺そうなんて言ったこと後悔させて差し上げます。
私は、再度右の手のひらに水の属性の魔力を注入した。
今度は先程のようにはいきませんよ。
・・・これならいけますわね。
「水弾!連射!」
私が叫ぶと、ガルファットに向かって合計10発の水弾が放たれた。
さすがにあの数は避けきれないでしょう。
さぁ、その水で少し頭を冷やしなさい。
私がそう思った時だった、ガルファットが足を止めて両手の拳を体の前に持ってきて見たことのない構えをした。
何ですの?あれは。
そして、自分の体に迫ってくる水弾をすべて殴って防いだ。
・・・え?
な、何ですのあれは!?
見たことがありませんわ!
そしてガルファットはまた何事もなかったかのように歩き出した。
な、なるほど、あれだけの大口を叩くだけの事はありますわね。
ですが、数がダメなら質ならどうでしょう?
私はまた手のひらに魔力の注入を始めた。
属性は・・・土にしましょうか。
これなら、殴れば拳が無事ではすまないでしょう。
私は自分と同じくらいの大きさの岩を作った。
フフッ、せいぜい自分よりも大きい岩の対処に悩みなさい。
「・・・岩弾!」
私が放った岩弾は、迷うことなくガルファットへ向かって飛んでいく。
さぁ、どうするか見物ですわね。
すると、ガルファットは立ち止まり腰につけている剣の柄を握った。
まさか、あの岩を剣で斬れるとでも?
バカですわね、岩が斬れる前に自分の剣が真っ二つですわ。
そして、ガルファットへ飛んでいった岩は・・・彼の体を避けるように左右に別れた。
文字通り、真っ二つにされたのです。
・・・嘘、でしょ。
そしてガルファットは、また何事もなかったかのように歩き始める。
さすがにここまでされるのは予想外でしたわ。
ですが、こちらにもまだまだ手はあります。
ここから・・・
「確かに、魔法の扱いはなかなかのものですね」
ガルファットが独り言のように私に言ってきた。
「フフッ、そうでしょう!
何といっても私は魔法学校の首席なのですから!
その辺りの一般人とは、まず根本的な出来が違いますもの!」
私が誇らしげに言うと、ガルファットは表情を変えずに言った。
「そうですか、それにしてはさっきからチマチマとめんどくさいですね」
「・・・は?」
「どうせやるなら、これくらいやらないとつまらないでしょう」
そう言うと、ガルファットは足を止めて右腕を空へ伸ばして手の平を上へと向けた。
すると、徐々に丸い水の塊が形成されていく。
なるほど、最初私が放った水弾のお返しという訳ですね。
それなら、私が見事に打ち消して力の差というものを見せてあげましょう。
私は右手の手の平をガルファットに向ける。
そして、魔力を注入しようとした時だった。
・・・おかしいですわ。
いくら遅くても、水弾くらいでしたらもう撃つ準備は出来ているはず。
・・・分かりましたわ、どうやら魔法は苦手のようですわね。
フフッ、それなのにこの私に向かって魔法を使うとは。
なんとも愚かな事を。
さぁ、ここまで時間が経っているのに未だに撃ってこないだなんて。
どれくらい下手なのか見てさしあげ・・・
「なに、あれ・・・」
私がガルファットの準備している魔法を見た時だった。
そこには、明らかに水弾とは違う魔法が出来ていた。
まず、何より大きさが違う。
「な、何ですの!?それは!?」
私の水弾の数十倍はあるかという大きさの水の塊が、激しい回転をしている。
「知らないんですか?
激流っていうんですよ」
ガルファットがさも当然のように、私に言ってきた。
「そ、それくらいは知っていますわ!
ですが!なぜあなたごとき一般人の子どもが高等な上級魔法を扱えますの!?
しかも無詠唱で!」
無詠唱で魔法が使える人間はごく一部のはず!
しかも、あの大きさの魔法なら今の倍の時間はかかってもおかしくないですわ!
それをこの短時間で・・・。
「あなたごとき一般人がって、あなたは一般人じゃないんですか?」
「私は大魔法使いラジーア・ボルグの孫娘にして幼い頃から英才教育を受けてきた天才!
貴方みたいな生意気な子どもとは元が違いますわ!」
そう、私は天才!
私が胸を張って言うと、ガルファットは私に冷たい視線を送った。
「そうですか、じゃあ1つ訊きたい事があるんですけど」
「な、なんですの?」
「確か、魔法学校を卒業した後は国の兵士になるんですよね?」
「それが何か?」
「何で、国の兵士になりたいんですか?」
何故なりたい?
そんなの決まっているではありませんか!
私はガルファットの質問に即答した。
「名誉のためですわ!」
私の返答にガルファットは首を傾げた。
「・・・名誉のため?」
「そう!戦場で名をあげて皆に私を尊敬させるのですわ!
皆が私を崇めるようになる!
それが私が兵士になる目的であり、たった1つの理由ですわ!」
「そうか、他に理由は無いんだな?」
「むしろ、他に理由が必要で?」
「分かりました、それなら・・・やっぱりここで殺します」
ガルファットはそう言うと、上げていた腕をゆっくりと伸ばしたまま私に向かって下げた。
すると、今まで維持されていた激流が落ちてくる。
私は、その中に呑み込まれた。
俺の激流に呑み込まれ、エミリアは水の塊に閉じ込められたまま上下左右に回転している。
多分、本人は上も下も分かってはいない状態だろう。
「・・・!?」
突然悪寒に襲われて冷や汗が出た。
体の、ピンポイントで心臓を貫くような視線を感じたのだ。
俺は視線を感じた方向を見た。
そこにはこちらを苦痛の表情で見つめるクレアと、静かに見つめるお爺さんの姿があった。
・・・分かってますよ、なにもそんなに念押しする必要もないでしょうに。
「・・・そろそろか」
水の落ちる音が聞こえた。
「ゲホッ、ゲホッ・・・」
振り返ると、そこにはうずくまり咳をするびしょ濡れのエミリアがいた。
激流が終わったのだ。
「さて、これで最後だな」
俺は腰の鞘から剣を抜いて、剣先をエミリアに向けた。
そして、今までと比べ物にならないくらいの殺気を向けた。
「ヒィィ!!」
それを見たエミリアは、丸まって頭を抱えたまま震えている。
水に混じって分かりにくいが、涙も流しているか。
「エミリアさん、あなたに最後の質問です。
これに答えたら、命だけは助けてあげますよ」
「・・・え?
ほ、ほんとに?」
エミリアの震えが止まり、ポツリと呟いた。
「えぇ、本当です」
「わ、分かったわ!何でも答える!」
エミリアはそう言うと勢いよく立ち上がった。
しかし、その足は震えており先程のようなプライドなどは微塵も感じられない姿になっている。
「じゃあ仮にあなたが国の兵士として戦争に行って、貴方の国の軍隊が劣勢で貴方も今の状況のように追い詰められたとしましょう。
敵は貴方に自国の情報を売ればあなたの命だけは助けると言っています。
あなたは、自国の情報を売りますか?」
俺が質問すると、エミリアは即答した。
「・・・もちろん情報を売りますわ!」
エミリアの目に迷いは微塵も無かった。
「本当ですね?」
「もちろんですわ!
劣勢って事は自国も堕ちる前ということ!
それならそんな国に用はありませんわ!
自分の命が最優先ですもの!」
はぁ、溜め息しか出てこないな。
「そうですか、分かりました」
俺は再度、剣先をエミリアの喉に向けた。
「まっ、待ってください!
質問に答えたら命は助けてくれるのではなかったのですか!?」
「敵から情報を引き出せたら、もうそいつに用はないでしょう。
用済みは生かしておいても仕方ないですし」
「だ、騙したのですね!」
エミリアはそう言って後ろに逃げようとしたが、足に力が入らなかったのかその場で尻餅をついた。
「戦場で騙したもくそもないでしょう。
そういうことで、さようならエミリアさん」
俺はそう言って、剣を持った腕をひいた。
まるで、弓の弦のように。
「きゃあーー!!!」
エミリアの悲鳴が俺の耳に届く。
俺はそんなエミリアに向かって、剣を勢いよく突き出した。
そして、俺の剣がエミリアの喉をつらぬ・・・かなかった。
剣がエミリアの喉に刺さるほんの数センチ前で寸止めしたのだ。
俺は剣を鞘に収めた。
エミリアはというと、気絶して地面に横たわっている。
「・・・ふぅ」
そして、気絶しているエミリアに歩み寄りその体をお姫様だっこの要領で抱き上げた。
「まったく、自国の住民が死んだら誰があんたを崇めるんだよ」
敵国に亡命したとしても一度国を捨てたやつを敬うやつなんているわけがない。
エミリアが言ったことは自分で自分の首を締める行為だ。
・・・本当に救いようがないな。
俺はそう思いながら、クレアとお爺さんの元へ向かった。
「何はともあれ、一先ず礼を言うぞ。
ありがとう、坊や」
二人の元に着くと、お爺さんが僕にお礼を言ってきた。
「いえ、元はエミリアさんの魔力が尽きるまで練習相手になるって約束でしたが、多分それも出来そうにありませんしお礼はいらないですよ」
俺はそう言って、エミリアの体を木のそばに置いた。
「それにしても、お主は本当にお人好しじゃのぉ。
わざわざ自分から嫌われ役を買って出るとは」
そう言うお爺さんのほうを俺は向いた。
「お爺さんの方こそ、何でよくわからない子どもにこんな殺しを許可したんですか?
僕がエミリアさんを本当に殺す可能性だってあだたでしょう?」
俺が尋ねると、お爺さんは声を出して笑った。
「ホッホッホッ、お主がそんな事をしないお人好しなのはあのお嬢ちゃんとの一件で何となく分かっておったからのぉ。
殺すの意味も、エミリアの考え方自体を殺すという意味じゃったのだろう?
最後は殺気がほとんど出ておらんかったからのぉ」
そこまでお見通しだったのか、このお爺さんは。
「そうです、まぁあそこまで言うとは思っていませんでしたが。
あのまま兵士になんてなってたら、戦場で早く命を落としていたと思います。
お爺さんも、それを心配してエミリアさんを一度殺したかったんでしょう?」
俺が尋ねると、お爺さんは重く頷いた。
「・・・その通りじゃ、わしとてエミリアは可愛いから出来ることなら戦場へは出したくなどない。
しかし、エミリアが望んだのなら止めようとは思わなかった。
じゃが、だからといってあんな状態で兵士になんてならせる訳にはいかんからのぉ」
「まぁ、それはそうですよね。
それにしても、あんなに殺気を僕に送ることはないでしょう。
エミリアさんよりも、そっちの方が怖かったですよ」
「すまんのう、お主が本当にエミリアを文字通り殺そうとしたら止める気じゃったからのぉ」
その止めるが入ったら、きっと今頃は俺が死んでた気がするな。
「はぁ、まったく、これじゃあ魔法学校へ入学した後でエミリアさんに苛められないか心配ですね」
俺が言うと、お爺さんが驚いた顔をした。
「お主、魔法学校へ入学する気なのか?」
「はい、今年の入学試験を受ける気です」
「そうじゃったのか。
まぁ、エミリアもあの様子なら大丈夫じゃろう。
しばらく、お主の事はトラウマになるはずじゃ」
そりゃ、命をとられかけたらそうなるか。
・・・俺の学校生活、何か不安になってきたな。
「しかし、それなら尚更何でこんな嫌われ役を請け負ったのじゃ?
まさか、金の為か?」
「まぁ、こっちにもお金が必要な理由がいろいろとあるんですよ」
「あの、アルマという子の為か?」
お爺さんが笑みを浮かべながら尋ねてきた。
何でもお見通しか、このお爺さん。
「・・・確かにアルマのこともありますね、それだけってわけじゃないですけど」
「たった一度会った名前しか知らぬ者のためにそこまでするとはのぉ。
お主はやはり、超がつくほどのお人好しじゃのぉ」
「何とでも言ってください、縁は大事にした方が良いって師匠に言われたんです」
俺はそう言って、お爺さんの隣に立つクレアを見た。
クレアは先程から俯いて黙ったままだった。
「ん?どうしたんですか?」
俺が尋ねると、クレアは静かに口を開いた。
「・・・何で言ってくれなかったの?」
「ん?あぁ、すみません。
半分演技とはいえ、殺気は高めておきたかったんです。
しかし、慣れないキャラはするものじゃないですね。
結構疲れました」
俺が苦笑いしながら言うと、クレアの肩が少し震え始めた。
「ガルファット君の・・・」
「ん?」
「・・・ガルファット君のバカー!!!」
クレアは突然顔を上げてそう叫ぶと、俺の顔面に右ストレートを放った。
「ぐはぁっ!!」
右ストレートは俺の顔面に見事に命中し、俺は数メートル後ろへふっ飛んで背中が木に当たった。
「いてて・・・」
俺は背中を擦りながらゆっくりと立ち上がった。
「お嬢ちゃんなら、ものすごいスピードで走っていったぞ。
泣いておったが、お主何かしたのか?」
お爺さんの問いかけに、俺は苦笑いしながら答えた。
「実は、クレアには俺がエミリアさんを殺すとしか言ってなかったんですよ。
多分、そのせいで勘違いしていたんでしょう」
「そうじゃったのか、お主がエミリアと戦っている時も心配そうに見ていたからおかしいと思っておったのじゃ」
「まぁ、これに関しては僕が悪いですから何も言えませんね」
「この分だと、報酬は後日払う方が良さそうじゃの」
「・・・そうですね、また明日今日と同じ時間にあのお店の前で会うって事で良いですか?」
「わしは構わんぞ、どうせ暇な老人だからのぉ」
お爺さんの言葉を聞いて、俺はゆっくり歩き出した。
「早く行ってやるんじゃな、女性は待たせれば待たせるほど機嫌が悪くなるぞ?」
お爺さんの言葉に俺は苦笑いしながら返した。
「女性を怒らせたまま待たせる男は、さすがにカッコ悪いですよね」
俺はそう言って、クレアのあとを追うように走り出した。




